瑞希の訓練
老人に対して剣を振るっている瑞希の元に今日もミミカ達が覗きにやって来る。
「うふふふ。ミズキ様が今日も剣を振ってる……」
「ミミカ様、ミズキ殿がミミカ様の護衛をするかは分からないんですよ?」
「それでもミズキ様が勝てば私の護衛をする事になるじゃない! 毎年この競技会で勝った人に護衛をして貰ってるもの!」
「アンナ、ぶっちゃけミズキさんは強いんすか?」
瑞希の剣を軽々と捌く老人との訓練を見ながらアンナは返答する。
「そうだな……入りたての兵士よりかは全然剣を扱えているが、私の兄より強いかと言われれば……」
「ミズキ様は魔法使いよ!? 魔法が使えるなら絶対に勝つはずよ!」
「でも毎年行われる競技会って魔法は禁止っすよね?」
「いや、バラン様の魔法嫌いがあったから魔法を使うのは暗黙の了解で無しだっただけだ。今年は魔法を使っても大丈夫じゃないか? 要はミミカ様を守れる強さがあるかを計る競技会だからな」
「それならミズキさんにも勝ち目があるっすね!」
「ただ懸念するとすれば、ミズキ殿は一人では魔法は使えないだろ?」
「シャオちゃんが居てこそって話っすよね? じゃあ勝ち残るのは無理そうっすね……」
二人の会話をよそに、ミミカは瑞希を目で追いながら応援をしている。
「いけぇ! そこそこっ! 惜しいですミズキ様! ……あ! 軽くだけど一太刀入れたわ!」
アンナとジーニャはその光景を見ていなかったが、ミミカの実況が耳に入り驚く。
「アンナ……あの人に一太刀入れたのっていつっすか?」
「い、一年前が初めてだ……」
「てことはミズキさんって一年前のアンナと一緒位って事っすかね……?」
「ミズキ様ぁ! そこですっ! そこぉ! あ、また当たったわっ!」
今度は二人もはっきりと見ていた。
ミズキが老人に斬りかかると、老人はその剣をいなし、無力化しようとしたところをさらに詰め寄った瑞希は、肩で相手を押し飛ばしてたたらを踏ませると、そのまま木剣を突いたのだ。
老人も何とか体を逸らし、直撃を避け、瑞希の木剣が肩に当たると同時に、瑞希の腕に木剣を当てた。
「今の真剣なら肩に突き刺さってたっすよね?」
「わ、私も二太刀目はまだ入れれてないのに……」
瑞希は木剣を当てられると同時に痛みから右手で握っていた木剣を落とすが、空中で左手に持ち替えると、そのままの勢いで左手に持った剣で老人に対し斬り上げる。
「ミズキさん、器用な事するっすね!」
「普通なら剣を落として終わりなんだが……もしミズキ殿が一人で魔法を使えたら右手を治す事も出来るのか……」
三人はそのまま観戦を続けるが、当の瑞希は右手の痛みにテンパっていた。
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ズキズキと痛む右手を放置し、左手を前に出し、半身で構える。
「(痛ってぇ……回復魔法があるから良いけど、普通なら今日は包丁を握れなさそうだな……)」
瑞希が余計な事を考えていた隙を感じ、老人はすぐさま瑞希の距離を詰めると、今まで受け身であった老人の動きに驚いた瑞希は、何も考えずに構えた剣で斬りかかってしまう。
当然老人はおざなりになった瑞希の剣を避け、瑞希の首元に木剣を突きつける。
「参りました……」
「いやいや、左手に剣を持ち替えた時は焦りましたぞ。それに、私にこの短期間で二回も剣を入れたのは初めてですぞ?」
「とは言っても勝てませんでしたけど……いてて、シャオ~!」
瑞希が声を掛けるや否や、シャオは瑞希の手を握り、瑞希は自身に回復魔法をかける。
瑞希は右手を開いたり閉じたりして痛みを確かめ、一息をつく。
「ふぅ……ありがとう。じゃあ今日はこれまでにしようか、チサの魔力もそろそろ限界だろ?」
ふらふらとした足取りでチサも瑞希に近づいて来る。
「……も、もう無理や」
「くふふ。ミズキはここ数日で剣が上手くなったのじゃ! チサも簡単な魔法を扱える様になったのじゃ!」
「おぉ~! じゃあ明日からの飲み水はチサに頼もうかな!」
「……任せて」
「ミズキ様ぁ~!」
訓練が終わったと思ったミミカ達も瑞希の元へ走り寄って来る。
当然周りには他の兵士や、アンナの兄である男も遠くからその光景を見ながら歯ぎしりをしているが、ミミカの前では瑞希に絡まない事にした様だ。
「何だ、来てたのか?」
「はいっ! ミズキ様の御勇姿をこの目で見ていましたっ!」
「ぼろ負けだったけどな……でもまぁ、良い訓練にはなるよ」
「ミズキ殿はどこかで剣を覚えたんですか?」
「いや~? 対人で剣を振るったのなんかこの人が初めてだぞ? 人型って括りならゴブリンとかオーガがいるけど」
「ミズキ殿はその方が誰か知ってるのですか?」
「ロベルさんだろ? ここの兵士の人達は強いんだろうな……ロベルさんぐらいの歳の人でも歯が立たないし」
アンナとジーニャは驚き固まり、ミミカは何故か嬉しそうにしている。
「爺やって昔はもっと強かったんだよねー?」
「ほほほ。よる年並みには敵いませんな。今の私は当時の二割程度でしょうな」
「へぇ~! でもそうなると俺は二割以下なんですね……こりゃ競技会に出た所でしれてるな」
「ミズキ殿!? この方はその昔テオリス城の兵士を纏めていたお方なんですよ!?」
「そうっすよ! 若手の中でロベルさんと打ち合える人なんて中々いないんすよ!?」
「え?」
「ほほほ」
瑞希は二人の言葉にロベルと呼ばれる老人、今はミミカの世話役をしている男に視線を送ると、ロベルはニコニコと笑顔を返す。
「申し遅れましたな。私はロベル・バルドと申します。今はミミカ様の世話役をしておりますが、昔は剣を握って将官をしておりました」
ロベルは恭しく頭を下げる。
アンナは事情が分かっていない瑞希に補足する。
「ロベル様には私でも中々一太刀すら入れられないんですよ!? ミズキ殿は一体どういう経緯でこの方と訓練されてるんですか!?」
「えっと……剣を習うのに丁度良い相手がいないか聞いたら自分が相手をしようかと言って貰えたから……」
「爺やってば最近嬉しそうに訓練してたもんね!」
事の重大さが分かっていない瑞希とミミカにロベルはニコニコと微笑みを返す。
「ミズキ様の剣は効率を求めるのが早いですな。最短、最速で当てるにはどうすれば良いかを常に考えながら手を動かしている。だからこそ、先程の様に右手を失っても左手に持ち替えて攻撃をしてきたのでしょう?」
「バレバレでしたか……職業柄作業効率を求めるのが癖づいてるんです。それにマリジット地方への旅で道中シャオから無茶ぶりをされてましたしね」
「無茶ぶりとはなんじゃ!」
「お前今の訓練中もちょいちょい邪魔して来ただろ?」
「……し、しらんのじゃ~?」
シャオは瑞希から目を逸らし、吹けない口笛を吹きながら誤魔化す。
「どういう事ですかミズキ殿!?」
「シャオはロベルさんと打ち合いしてる時に変な間があったりすると風の球を俺に当てて来てたんだよ。旅の途中もやられてたんだけど、魔法が当たったと感じたら致命傷を負ったと思えって言われてるんだ」
「ほほほ。そしてその魔法が当たって隙が出来たら私が打ち込んで、さらに傷を負う。後半の方は何とか避けておりましたがな」
「木剣だとしても痛いですからね。幸い俺は自分に回復魔法をかけられるので良いですが、兵士の皆さんは本当に凄いですね……この後風呂に入ったら絶対染みるだろうな……」
瑞希から風呂という言葉を聞いて、へとへとのチサが何かを思いつく。
「……シャオ、髪の毛洗ったる」
「うぬぬ……。ミズキと入りたいのじゃ!」
「……じゃあミズキも一緒に入ろ。髪洗って?」
「あほか。二人で入って来い」
「あ、私も一緒に入りたぁい! シャオちゃん、チサちゃん、三人で入ろっ!」
ミミカは瑞希の凄さを理解しておらず、呑気にシャオとチサと談笑をしているが、護衛としての訓練をしているアンナとジーニャはその凄さを理解する。
「……ミズキさんって料理人っすよね?」
「当たり前だろ?」
「何でそこまで強くなる必要があるんですか……」
「ん~……旅をして分かった事なんだけど、魔物に襲われたりすると危ないだろ? 唯でさえ俺はドマルの護衛として一緒に旅をしてる訳だしな。それにシャオに何かあった時に、シャオ無しで何も出来なかったらどうしようもないだろ? だからある程度の武力は必要と感じたんだよ」
「それにしても訓練の内容が過酷すぎないっすか?」
「それはシャオに言ってくれ……こいつ、最初の頃からオーガキングのなりかけと一対一で勝負させようとしてたんだぞ?」
瑞希がジト目でシャオを見ると、シャオは聞こえていたのか満面の笑みで言葉を返す。
「ミズキが強くなるためなのじゃ! ちゃんと安全を確保して行っておるから大丈夫なのじゃ!」
「安全かもしれないけど、痛い事に変わりはないだろ?」
「痛みに慣れるのも大事じゃよ。いざという時に痛みで思考が鈍るのは良くないのじゃ! さっきの隙だらけじゃった最後みたいなのは駄目じゃ!」
シャオは瑞希に対し、両手で大きく×を作り、駄目出しを行う。
「こんな感じで旅の道中もスパルタだったんだよ……チサも大変な師匠に師事したもんだ」
「……でも少し魔法が使える様になったで」
「確かにな……」
瑞希も自身の成長は理解できているため、お互いの成長の早さに頷く事しか出来ない。
「ほほほ。シャオ様の言ってる事は的を射ていますぞ。アンナとジーニャも何かを守りたいと思うのならば精進を怠らん様にな?」
「「は、はいっ!」」
アンナとジーニャは瑞希の訓練の内容を知り、驚きつつも、瑞希の守りたいという思いが強い事を知る。
瑞希はこの世界に来てから失いたくない家族を見つけたのだから――。
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