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お詫びの卵粥

 唐突な衝撃に襲われ、意識を手離してしまった兵士は医務室に運ばれ、気が付くと目の前には憎き瑞希がお盆を手にして立っていた。


「良かった……気が付きましたか?」


 瑞希は手に持っていたお盆をベッドの横にある机に置き、話しかけた。


「ここは……お前っ! 何をしている!?」


「カッとなって魔法を使って申し訳ありません。お詫びと言ってはなんですが、消化の良い物を作って来ましたので良かったら食べて下さい」


「いらんっ! とっとと下げ……」


 ふわりと漂って来る香りに兵士が鼻をひくつかせる。


「マリジット地方で良い食材が手に入ったので調理してみたんですよ」


「こんな奴に食わせんでも良いのじゃ!」


「……ペムイの無駄」


 兵士はその声を聞くと、瑞希の後ろにいた二人の子供に視線を落とす。


「この子達はどちらもお前の妹なのか?」


 瑞希が答える前にチサが答える。


「……その通り」


「お前は違うだろ」


 瑞希はチサの頭に軽くチョップをすると、チサは頭を抑える。


「……ケチ」


「ケチとかじゃなくてだな……妹はこっちのシャオだけです。チサはシャオの弟子なんですよ」


「そうか……さっきは手を払って済まなかったな?」


「ふん。別に気にしとらんのじゃ。それよりミズキが作った料理に手をつけん方が不愉快なのじゃ!」


 シャオは先程この男が瑞希に怒鳴りながら下げさせようとしたのを咎める。


「そうか……ではお言葉に甘えて頂こう」


 シャオ達が視界に入ってからはやけに大人しくなった男は器を手に取り、匙を持ち、口をつける。

 とろりと煮込まれたペムイが柔らかく、昆布の様なマクと、鰹節の様なメースで取った出汁がペムイの甘さと合わさり、男の喉を通り、胃の中を温める。


「……美味いな」


「当たり前じゃ! ミズキが作ったのじゃぞ!?」


「先程までここにいた同僚の方から貴方が最近胃痛で碌に食事を取れてないという話を聞きましたので、消化の良い物を用意しました」


「ふん……食事が取れていないのはお前のせいだがな」


 男は悪態を吐くと、再び粥を口に運ぶ。

 男は二口目でふわりと溶き入れられた卵が、優しい味わいを生み出している事に気付く。

 瑞希の作った卵粥の美味さに黙って食事を続ける男に、事情を聞くべきか、このまま席を立つべきかを悩んでいると、医務室の扉をノックされる。


「失礼します。こちらにうちの兄が倒れていると……あぁミズキ殿。こちらに居られたのですか?」


「アンナ? ……うちの兄?」


 瑞希は先程の失態を起こしてしまってから急いでお詫びの食事を作り始めたため、アンナとの関係は聞いていなかった。

 瑞希の言葉を聞いた兵士こと、アンナの兄である男は再び瑞希への怒りを再燃焼させる。


「……人の妹迄馴れ馴れしく呼び捨てにしているのか貴様ぁ!」


「ちょっと待って! アンナのお兄さんって聞いてなかったんですよ!」


「一度ならず二度までもっ! きさ……「兄さん、やかましい」……はい」


 男はアンナの言葉に瞬時に落ち着く。


「えっと……アンナのお兄さんなのか?」


「はい。うちの兄がミズキ殿に御迷惑をおかけした様で……申し訳ございません」


 アンナは深々と瑞希に頭を下げる。


「アンナ! 何故お前がこいつに謝るんだっ! こいつはミミカ様を愚弄しているんだぞっ!?」


「兄さん? ミズキ殿は私達の命の恩人だ。以前にもちゃんと説明しただろ?」


「こいつが本当に助けたのかっ!? 実際こいつが来てからこの城でしていた事と言えば料理、料理、料理! 料理ばっかりではないか! どこの世界に剣も握らず、女の様に料理ばかりする男がいるんだ!? こいつがお前等を救ったというのは何かの間違いだろ!」


 その言葉に瑞希と連れ添って旅をした事のある三人が怒りを露わにする。


「お主……覚悟は出来たのじゃろうな?」


「……ミズキの料理を馬鹿にするとはええ度胸や」


「兄さん……一度地獄を見て来るか?」


 三人から漏れ出る殺気に瑞希も焦りを感じたのか、慌てて止めに入る。


「待て待て待てっ! 落ち着けっ!」


「こやつは何度もミズキを馬鹿にしておるのじゃっ!」


「……うちの村を救ったミズキの料理を馬鹿にしてるで!」


「兄さんは馬鹿だから一度痛い目を見なければ治らん!」


「だ、だがこいつがミミカ様を敬っていないのは確かだろう!?」


 焦った男は瑞希のミミカに対する態度を追求する。


「ミミカなど敬う必要がないのじゃ。あやつはミズキの弟子じゃからな」


「……どういう事だアンナ!?」


「シャオ殿の言葉の通りだ。ミズキ殿はミミカ様の料理の師匠だ」


 瑞希はポリポリと頭を掻きながら、どう話すべきかを考える。


「えっと……順序だてて説明しますと、ゴブリンに攫われたミミカとアンナを助けまして、その後ミミカに料理を教えているのは事実です。一度ミミカに敬う様に接しようかと聞いたのですが、本人がそれを否定したので現在の様な状況になっています」


「ミズキ殿の言う通りだ。それにミズキ殿は剣も使うぞ? 私の目の前でゴブリンメイジを真っ二つにしていたからな……ふふふ」


 アンナはどこか嬉しそうにあの時の出来事を思い返しながら説明する。

 男は妹のその表情から何かを悟ったのかポツリと呟く。


「いや、あれは……「……とうだ……」」


「へ?」


 男が呟いた言葉が聞き取れず、瑞希は聞き返す。


「決闘だっ! 俺が勝ったらミミカ様を敬えっ! そしてアンナから離れろっ!」


「えっと……お断り致します」


 男の言葉を聞いた瑞希は即答で頭を下げる。


「何故だ!? 貴様も男なら勝負しろっ!」


「勝負する理由がありません」


「では貴様はミミカ様もアンナも諦めるのかっ!?」


「えぇ~……」


 瑞希は支離滅裂な男の言葉に言葉が詰まっていると、アンナが瑞希の前に立つ。


「兄さん……とりあえずもう一度寝ていろ!」


 そのままアンナは自分の兄でもある男の顔面に拳を打ち込み、再び気絶させる。


「重ね重ね申し訳ございません……」


「えっと……とりあえずアンナの拳とお兄さんの怪我を治そうか……」


 瑞希は状況が掴めぬまま、二人の患部に回復魔法をかける。

 医務室を離れ、アンナから事情を聞くため、瑞希達はアンナの部屋へやって来ていた。


「兄さんは昔から思い込んだら暴走をするので、いつも拳で黙らせていたのですが、今回は嫉妬もあったと思います」


「嫉妬?」


「うちの家系であるクルシュ家は一応は貴族の端くれなのですが、代々テオリス家にお仕えする家柄なのです。兄と私は二人兄妹なのですが、幼き頃から私も一緒に鍛錬を重ね、私達はミミカ様が生まれてからは、ミミカ様を守る盾として育てられました」


「その割にはゴブリン如きにやられておったのじゃ」


「シャオ……もうちょっとオブラートに包めよ……」


「いえ、シャオ殿の言う通りです。私はミミカ様と歳が近い事と、ミミカ様と同性ですので、ミミカ様の幼き頃からテミルさんに侍女の仕事を教えられていました。そのため訓練自体は片手間になっていました。それでもゴブリン如きには遅れを取るつもりはなかったのですが……」


「ゴブリンメイジがいたんだな?」


「その通りです。その後はミズキ殿とシャオ殿に助けて頂けて事なきを得ました」


「……にへへ。うちの師匠はどっちも凄いんやな」


 チサは嬉しそうに、シャオはドヤ顔をしながら話を聞く。


「そして、兄は幼い頃から兵士としてテオリス家を……ミミカ様を想い、剣を振るって来ました」


「あぁ……そりゃ嫉妬するわ……」


「どういう事じゃ?」


「あの人はミミカを守る為に強くなったのに、ミミカが助けて欲しい時には側にいれず、それを助けた男はミミカに感謝されながらも、令嬢であるミミカと親しげに話すばかりか、おんぶをしながら登場した。そして無礼を働く男からミミカを守ろうと思ったのに、その男に気絶させられた……」


「別にミズキは悪くないのじゃ! 先に手を出したのはあいつなのじゃ!」


「その通りです。ミズキ殿にはなんの落ち度もないのですが……その……兄は単純でして……」


「ミミカに対して失礼な物言いをしてたと感じた訳だ……確かに分かるんだけどな……」


 どうしたものかと悩んでいると、アンナが再度話し始める。


「ただ、兄は強い者の言う事は聞きますので、出来ればミズキ殿には力尽くで兄を黙らして頂いた方が良いかもしれません」


「力尽くって言われても、実際魔法で気絶させただろ?」


「あれは兄的には不意打ちをされたと思ってますので、認めていません」


「じゃったらもう一度正面からぶっ飛ばせば良いのじゃ! 所詮アンナより弱いのじゃろ?」


「それが……兄は私にだけ弱いのです……」


「兄馬鹿か……」


 瑞希はちらりとシャオを見て、アンナは恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「その通りです……なので兄を納得させるためにも、もう一度正々堂々とぶっ飛ばしては頂けないでしょうか?」


 アンナの潔い言葉に瑞希は悩む。


「そうは言ってもなぁ……」


「近々この城で兵士達の任務を決める競技会が有りますので、宜しければミズキ殿も参加されませんか? 参加して頂ければミミカ様も喜びますので!」


「それって何を決める競技会なんだ?」


「ミミカ様の護衛です!」


 瑞希は勝っても嬉しくない勝負に挑むかを悩みながら大きくため息を吐くのであった――。

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