幕間 酒場にて
ガヤガヤと賑わう酒場で一人の男性は唸りながら食事を噛み締め、もう一人の女性は酒が入ったコップを片手に、テーブルに座らせた動物に肉を与えていた。
「本当に可愛いなぁ君は~!」
「みぃ?」
長い尻尾を持つ白い動物は首を傾げながらも、もぐもぐと肉を口に詰め込んでいく。
食べ終わると、うんうんと唸っている男が気になったのか、可愛らしい手の肉球で男の手に触れる。
「みぃ!」
「ん?」
「折角の料理をしかめっ面で食べてるから心配されるんだよ」
「みぃ」
「悪い悪い。この料理が美味しかったからさ。どうやったらこんな味が作れるのかと思ってな」
「お兄は料理の才能無いんだから考えても無駄だって! この間の野営の時のスープだってひどかったじゃん!」
「みぃ~……」
男が以前作ったスープの味を思い出した白い動物は項垂れながら返事をする。
「だから美味い物が作れる様になりたいんじゃねぇか!」
「じゃあ適当な食材を入れて煮込むとか、いかにも不味そうな魔物を食べようとするのを止めなよ!」
「あれは未知への探求心というか……食ってみなけりゃわかんねぇだろ!?」
「それに私達を巻き込むなっ! お兄の挑戦料理は食べたくないよね~?」
「新しい味覚に挑戦してみたいよな?」
「み、みぃ~」
今日も仲良く兄妹喧嘩に発展し、いつもの様に板挟みを食らっている白い動物はおろおろとしながら戸惑うのだが、いつもの事なので肉に鼻を近づけおねだりをする。
そうすると兄か妹のどちらかが肉を与え、その可愛らしさに毒気を抜かれる。
ここまでがこのパーティの一連の流れなのだ。
二人の兄妹と一匹の動物がいつもの様に騒ぎながら食事を続けると酒場の扉が大きな音を立てて開かれる。
「ここに二人組の男女の冒険者がいるはずなのだが、誰か知ってる者はおらんか!?」
身なりを着飾った少年が、御付きの兵士と共に店の入り口に佇んでいる。
その姿を見た兄妹冒険者は顔を隠し、身を縮こませる。
「(おいおいおい。また来たぞあのバカ王子)」
「(お兄は何であんなのに懐かれたのよ!)」
「(知るか! たまたま会ったのがあいつが魔物に襲われてる時だっただけだ)」
「(どうする? あいつに捕まったら城を出るのにまた時間がかかるよ?)」
「(めんどくせぇよなぁ……良し。このまま逃げよう! 俺は気ままに竜を探したいんだ)」
「(賛成! 高すぎるお酒も口に合わないしね)」
二人が小声で相談をしていると、兵士達が酒場を見回しながら兄妹を探す。
二人は店の者が入る厨房に移動をすると、店主に声を掛けられる。
「まぁた逃げんのか? いい加減王子のわがままを聞いてやれや」
「あ、おっちゃん! 今日の代金はツケといて! ここの料理は好きだから絶対に払いに来るから!」
「それは構わねぇけどよ……」
「お兄! 早くっ!」
「じゃあおっちゃんまたね! 今日の料理も美味かった!」
二人は店主との会話もそこそこに厨房から裏口へと渡り、店を抜け出す。
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店から出た二人はそのまま走っていると、急に妹が立ち止まる。
「あぁっ! 忘れて来たっ!」
「何をだよ!? 買える物ならそのまま店に置いとけ!」
「違うの! あの子を店に置いて来ちゃったのっ! ほらっ!」
妹がいつも白い動物を入れているフードを兄に見せると、兄は空っぽなフードを確認して項垂れる。
「お前こんな時に……ていうかあいつを残しとくとあの店が心配だ……しゃあない。戻るぞ!」
兄妹が元来た道を走り、店に戻ると、兵士がバタバタと倒れ、眠っていた。
「あぁ……やっちまってた……」
「あの子怖がりだからね~……どうしようこれ」
「どうするもこうするも……あいつを回収して逃げるぞ」
兄妹が店を覗くと身なりを着飾った少年と、一匹の白い動物が対峙していた。
「みぃみぃ~!」
「新手の魔物なのか!? こんな時にうちの兵士共は……」
店の中で兄妹を探していた王子達は席で肉を食べていた一匹の動物を目にした。
見た事もない姿の動物を見て、もの珍しさに兵士達に命令を下し、白い動物を捕まえようとしたのだが、動物に近づいた兵士達はふらふらと千鳥足になり、バタバタと倒れて行ったのだ。
「誰か!? こいつを捕まえてくれ!?」
「みぃ!」
周りに居た客達は殆ど冒険者であり、兄妹の飼っている動物だと知っているし、兄妹の強さと怖さを知っている。
力任せに捕まえようとしたのがバレたら、兄の作るくそ不味い料理の実験台にされる事が分かっていたので、皆聞こえないふりをする。
「誰かっ……「やかましいっ!」」
入口から入って来て、王子の後ろに立った兄が王子の頭にげんこつを落とす。
「人の家族を怖がらすんじゃねぇよ」
「みぃみぃ!」
王子が頭を押さえて蹲ると、白い動物は兄に走り寄って肩に乗る。
しかし、尻尾と手を使い、家族と言うなら何故置いて行ったと抗議するかのように兄の頭をぷにぷに、ぺしぺしと攻撃なのか、愛情表現なのかわからぬ行動を起こしている。
「痛いではないかっ!? そいつが余の兵を攻撃したのだぞ!?」
「お前等が急に来てこいつを怖がらせるからだ」
「置いて行ってごめんね!? 怪我してない!? こっちにおいで」
「みぃ~……」
妹に抱きかかえられた動物は一頻り兄に抗議して満足したのか妹の手によって定位置であるフードの中に入ると一息をついた。
「何だそいつは!? 新手の魔物か!? ……痛っ!」
「人の家族を魔物呼ばわりすんな」
兄は再び王子にげんこつを落とす。
「痛いではないかっ! 余は王子だぞ!?」
「そうかそうか。俺は自由を生業とする冒険者様だ」
「余が命じればお主達だって危うくなるんだぞ!?」
「そんな事したらどうなるかわかって言ってんのか?」
「うぐっ……」
「お前もあの兄さん達みたいに大人しく城で勉強でもしてろよ」
「兄上達は関係ないではないかっ! 余はお主達を招き入れたいのだ!」
「何度も断っただろ? あの時城に行ったのは美味い料理が食えると思ったからで、お前の兵士になろうなんざ思ってないの」
「兵士じゃなくても良いのだ! 余の話し相手になってくれ!」
「あほかっ! 尚更面倒くさいわっ! さっさと兵士を起こして城に帰れ」
「こんなに頼んでも駄目なのか?」
「そんなに頼んでも駄目だ! 俺はこいつらと気ままに冒険してんだよ。それに世の中にある美味い物を食い回るんだ!」
兄のその言葉にお前の料理は不味いけどな~等の野次が飛ぶ。
「誰だ今言った奴? 俺の特製スープを食わせるぞ?」
周りからの野次がピタッと止み、静寂が訪れる。
「ったく。お前もわかったらさっさと帰れ」
「なら余をお主達の旅に連れてってくれ!」
「あほかっ! それこそ俺等が犯罪者じゃねぇか!」
「じゃあどうすれば余はお主達と一緒にいれるのだっ!」
「ん~……じゃあまずは強くなれ。こんな兵士達に守って貰わなくても一人で生きていけるぐらい強くなれ。まだまだお前はガキなんだから今から頑張れば絶対に今より強くなる。俺達に守って貰いながら旅をするより、俺達と肩を並べて旅をする方が楽しいだろ?」
「強くなれば連れてってくれるのか!?」
「そうだな……少なくとも城で一番強いって言える様になったら考えてやる」
「本当だな!? 約束だぞ!?」
「おう、時々覗きに行くからさぼるんじゃねぇぞ?」
兄はそう言うと兵士達を揺り起こし、店主に少し多目の金を渡して店を後にする。
「お兄ぃ~、良いの? あんな約束して?」
「強くなったかどうかの判断は俺次第だろ? 例え城で一番強くなっても、俺から見たら弱いかも知れないじゃねぇか?」
「あ~! ずるいんだ~! 幼気な少年を騙して!」
「騙してないだろ? 強かったらちゃんと連れて行ってやるさ。竜討伐にな」
「連れてって貰えるのが死地とか少年が可哀想だわ……ねぇ~?」
「みぃ~」
数年後、約束通り天才剣士と謳われる王子が現れる。
その王子は二人の兄妹冒険者と出会い、惹かれ、鍛錬をする。
年に二、三回覗く度に成長していく王子に兄妹冒険者は驚き、また嬉しくもあった。
竜が現れた時、兄妹冒険者に付いて行く冒険者の姿があったとか、無かったとか――。
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