閑話 男達の晩酌
はぁ……女性だらけの部屋を断る理由で晩酌をする事になったが、モンドさんの甘味の食いつきが物凄い。
ウィスキーの様な蒸留酒の肴になるかと思って冷やして固めたチョコレートを持ってきたけど……これを出したらまた騒ぐんだろうな。
「いや~! 今日のぶりゅれという甘味も美味かった! それにあのふわふわの生地にかかっていたソースは何だ!? 本当にあの苦い香辛料から出来ているのか?」
「苦みに甘さを足すと、その苦さが薄れて香りが残るんですよ。苦みに隠れていた香りが分かったでしょ?」
「確かにそうだ! あれは他にはどうやって食べるんだ!?」
俺は目の前の蒸留酒を一口飲むと、観念して……もとい、俺自身もチョコが食べたくなったので、紙に包んで冷やし固めたチョコレートを差し出す。
「基本的にはこうやって冷やし固めるんです。この蒸留酒と一緒に食べると美味いですよ」
「ミズキさん! 何で早く出してくれないんだ!?」
「絶対に全部取るじゃないですか! こうやってチョコを口に入れて溶かしながら味わって、風味が残ってる内に酒を飲むと……あ~……やっぱ美味いわ」
チョコのほろ苦い甘さと香りが、酒精と一緒になり鼻から抜ける時に香りの余韻を残す。
酒が飲める様になってから好きになった組み合わせだ。
「わ、私もやってみるぞ! ……美味ぁいっ!」
モンドさんの大声に、慌てて声を下げる様に促す。
あいつらが起きて来たらここが戦場になっちまう……。
「へぇ~甘い物が酒に合うんですか? 僕も一個貰うね……あぁ、これは確かに美味しいね!」
「チョコレートは酒に合うしな、チョコの中にウィスキーっていう酒を入れて固めたのも売ってるし、俺もそれは好きで良く買ってたよ」
モンドさんが嬉々として食べようとしていたチョコを置き、真剣な眼差しでこちらを見る。
「ミズキさん。薄々感じていたのだが、ミズキさんの故郷はこっちの国ではないのか?」
「あぁ、ドマルから聞いてませんか?」
「恥ずかしながら、ドマルさんには商談の時に聞いたのだが応えてくれなくてね……そんな事を聞くならこの商談は無かった事にしてくれと断られたんだ」
何だその格好良いセリフは……。
そう思いながらドマルを見ると照れ臭そうにはにかんでいた。
「そうですね。モンドさんは懇意にして頂いてますし、話しても良いのですが、広めないで下さいね?」
「わかっとるよ!」
モンドさんに生まれ故郷の話や、自分の事を話す。
ドマルは黙って聞きながらもチョコを啄み、酒で喉を潤していた。
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「はぁ~……そりゃあ見た事も食べた事も無い料理が作れるのは納得だ」
「あれ? すんなり信じてくれますね?」
「わっはっは! ミズキさんやドマルさんの言葉なら私は信じるよ! 信じられない出来事はもう目の当たりにしてるからな!」
「そうですね。僕も最初にミズキと出会った時は隠した方が良いと思ってましたが、取り越し苦労でした。ミズキが出会った人は良い人達ばかりだ」
「いやいや。それでも、ミズキさんが最初に悪い奴に目を付けられてたらどうなったかわからんぞ? 今こうして談笑出来るのも、初めて会ったのがドマルさんだからかもしれないだろ?」
「あ~……それはありますね。俺はドマルに助けられてますし、ドマルがこっちの事を教えてくれてなかったら変人扱いされてますよ」
「あははは! ミズキが変人な訳ないじゃないか! こんなにも頼もしいのに!」
痛てて。
ドマルの奴、酔っ払ってるのかバシバシと肩を叩く力が強い。
「ミズキは凄いんですよ? マリジット地方でも村を救いましたしね!」
「ほう? そうなのかいミズキさん?」
「たまたま食事療法で治る病だっただけですよ。それならドマルの方が凄いですよ? マリジット地方の領主さんに甚く気に入られてましたからね」
「止めてよ~! あれこそミズキの料理を知らなかったら話が盛り上がらなかったんだから!」
「でも、カエラさんが見送りの時に着てた服はドマルが持ってた商品だろ?」
「そうそう。カエラ様が商品を色々買ってくれたんだ! モンドさんの香辛料も大変お気に入りでしたよ?」
「そ、それは本当か!?」
「はい! 僕が持ってる商品が気になったみたいなので、その商談をしてたんですが、最後には料理番の方も交えて御購入頂けました!」
「まさか、マリジット地方の領主様までうちの商品を買ってくれるとは……ドマルさんに商品を託して良かった……いやはははは、これはめでたい!」
「おまけに衣服まで購入頂けたので助かりました!」
そういやドマルは本当に気付いてないのか?
「それってどれが似合うか聞かれたりしたか?」
「もちろん! 僕がカエラ様に似合うのをオススメして買って貰ったよ!」
ドマルは胸を張り、得意げにしている。
「ドマルはどれが一番好きかとか聞かれたか?」
「見送りの時に着てたのがそうだね! あれが一番似合うって言ったよ?」
「そうかそうか……カエラさんとはこれからも仲良くしろよ?」
「勿論! 僕の商売ルートが増えたもんね! 大事にしなきゃ!」
駄目だこりゃ。
そうこうしている内にドマルのテンションも落ち着き、うつらうつらと舟を漕ぎ始めた。
……それにしてもカエラさんがドマルを気に入ってたのはわかったけど、商人と貴族って大丈夫なんかね?
そんな話をしていると、モンドさんがにやにやと俺を見ている。
「ごほん。ミズキさん、良い人は出来たのかね?」
「良い人ですか? ペムイを作ってくれるチサの親父さんと出会えたし、モンドさんとも出会えたのも良い御縁ですよね」
「わっはっは! そうではなくて伴侶等は見つかったのかという話だ」
「伴侶? そんな人はいませんよ。今はシャオも居ますし、目の前の仕事をしなければならなかったですからね」
「そうかそうか! ならうちのキア……「あー! 仕事って言ったらミズキそろそろお金無くなるんじゃない!?」」
急に覚醒して何を言うかと思えば……いや、待てよ? そういえば最近色々食材も買ったし、餅つきの道具も贈ったしな……そろそろ心許なくなってきたかも。
「いや、待て待て! ペムイの商談が上手くいったんだからその報奨金みたいなのも出るだろ!?」
「……そういえばそうだね。でも冒険者の仕事も少しはしといた方が良いんじゃない?」
「そうなんだよな~。最近シャオも俺を鍛えたいのかうずうずしてるんだよ。魔物討伐は無いのかなんて言ってきたりするし……」
一度キーリスに戻ってから冒険者の仕事でもしようかな。
ゴブリンとかオークなら狩れるだろうし、オークの肉が手に入ったら角煮とかも作りたいしな……。
そんな事を考えていたら再びドマルが静かになる。
「ミズキさん、うちのキア……「いつまで飲んでおるのじゃ! 早く寝るのじゃ!」」
「シャオ? キアラ達はどうしたんだ?」
「もう全員寝たのじゃ! もよおしたから起きてみればまだ飲んでるのじゃ!? 早く寝て明日に備えるのじゃ!」
「わかったよ……モンドさん、うちの妹も怒ってますし、そろそろお開きにしましょうか? ドマルも結構酔ってますし」
「あ、あぁ! そうするか! ところでミズキさんこれはどうします?」
モンドさんは紙で包まれたチョコを指差し、シャオを確認する。
「残ったのは差し上げますよ。奥様と一緒に食べて下さい。あの原材料はもう少し頂けますか?」
「良いのか!? ありがたい! そしたら明日渡そう。ミズキさんが活用法を見つけてくれたおかげで売れる物だとわかったからな!」
「ありがとうございます! ほら、ドマル、そろそろ部屋に戻って寝るぞ?」
寝そうになってるドマルに肩を貸して立ち上がらせる。
「だいじょ~ぶ! そんなに酔ってないって~」
「わはは! 酔ってる奴ほどその言葉を口にするのはこっちも一緒か……じゃあモンドさん、おやすみなさい! 美味い酒御馳走様でした!」
「わっはっは! 次にうちに来た時もまたこうやって飲もう! 次の機会を楽しみにしとるよ!」
「是非っ! ほら、ドマル歩くぞ」
「モンドさん、おやすみなさ~い!」
俺達は部屋を出て、自分達に与えられた部屋にのろのろと歩いて行く。
「全く! わしのブラッシングもせずにいつまで飲んでおるのじゃ!」
「それにしては綺麗になってるじゃねぇか? キアラにでもやって貰ったのか?」
「やってくれたのじゃが、やはりミズキにやられるのが一番気持ち良いのじゃ!」
「そうか……お、この部屋だ。んじゃまた明日な」
ドマルを抱え、部屋の扉を開けベッドにドマルを放り投げる。
短い呻き声の後に聞こえて来たのは寝息だ。
俺は体を伸ばし、そのままベッドに寝ようと思った時に、いつもの様に服を引っ張られる。
「いつの間に入って来たんだよ……」
「くふふ。寝る前に撫でて欲しいのじゃ!」
シャオはそう言うとぼふんと猫の姿に戻り、ベッドの上で寝転がる。
いつもの様にシャオを撫でていると、酒も入っているせいか眠気が襲って来る。
シャオには悪いがこのまま眠らせて貰おう。
ベットで横たわりながらシャオを撫でていると、ゴロゴロという心地良い音が聞こえて来て、浮遊感に包まれる。
今日も良い日だった……明日は何を作ろうか――。
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これで閑話も終わりです。
次の再開は四章になりますので、少し間が空きます。
7/25(土)から更新していきますので、もう暫くブクマを維持してお待ちください。