シャオの怒り
ドマルは瑞希と出会えた事で、最近ついていなかったという事を忘れていた。
馬車の事もあり、老父を馬車に乗せ、宿に向かっている途中に爺さんが馬車の後ろで干していたウテナに興味を持ち、ぐにゅぐにゅと握ってしまっていたのだ。
宿に到着し、ドマルが気付いた時には何個かのウテナが柔らかくなってしまっていた。
これを知った瑞希が怒るかもしれない、仮に瑞希に許されたとしてもシャオには殺されるかもしれない。
吊るしていたウテナを回収し、宿の中でまだ帰って来ない二人を待つドマルは生きた心地がしなかった。
「どうしよう……なんて謝れば……」
「ウテナなんぞそこら中に生えておるじゃろが! 大体こんなくそまずい果実は元々食えんじゃろ!」
ウテナを食べる習慣のない爺さん、もとい、タバス・クロッタはしくしくと泣くドマルに大声を浴びせかけていた。
「うっうっ……タバスさんはシャオちゃんの怖さを知らないから言えるんですよっ!」
「幼子をそれだけ恐れるとか、どんだけ臆病なんじゃ……」
そう……。
タバスは知らないのだ。
もちろん魔法の事は説明してないが、幼子の見た目をしながらもシャオから感じる圧は歴戦の戦士を彷彿とさせる事を……。
ましてや今回は瑞希の作った物なのだから、楽しみにしていたのは自分も同じだが、シャオはそれ以上に楽しみにしていた事を……。
「ここかな? お邪魔しま~す。」
「そう言えばウテナはどうなってるじゃろな?」
二人が宿に到着して早々、ウテナの事が話題に出てしまった。
その話題が出たのもシャオからだ。
嬉しそうな声で瑞希に話すシャオの声を聞くと、ウテナを楽しみにしている事がわかってしまったドマルは、シャオの言葉に椅子の上で体を跳ねさせた。
「どうしたんだドマル? そんな暗い顔して?」
「ミ、ミズキ……シャオちゃんごめん! そこに吊るしてあるウテナを何個か駄目にしてしまったんだ!」
その言葉を聞いたシャオから目に見えぬ圧が溢れ出す。
「……どういう事じゃ?」
その一言でドマルは目に見えぬ圧に、大量の冷や汗が噴き出す。
「そいつは悪くない。わしが馬車に乗った時に吊るしてあるウテナが気になって何個か握って柔らかくしてしまったんじゃ。」
ドマルの後ろから彼の弁明をするタバスに向け、シャオは目線を合わせる。
「お主……覚悟はできておるじゃろうな?」
さすがのタバスも目に見えぬ圧をかけられ、言葉に詰まっていると瑞希が窓に吊るしてあるウテナを揉みながら能天気な言葉を吐く。
「おぉ~! ちゃんと柔らかくなってるな。あ、お爺さん! ウテナを揉んでもらってありがとうございます! 久々に作ったんでこの作業忘れてました!」
瑞希は笑いながら、全てのウテナを揉んで柔らかくすると三人の方に振り向いた。
「ミズキ! お主せっかく干したウテナを揉んで潰してしまうとは何事じゃ!」
「潰してないよ。こうやって破けない様に揉んでやると甘みの偏りがなくなるんだよ」
瑞希はそう言うと、シャオにウテナを触らせ、感触を確かめさせた。
「柔らかくなってきてるだろ? 表面が乾燥したらしっかり揉んで中を柔らかくするのも大事な作業なんだよ」
「本当じゃろうな? あいつらを守るために誤魔化してるのではなかろうな?」
「誤魔化す?」
瑞希がふと視線をドマル達に向けると滝の様な冷や汗を掻いた二人が目に入った。
「それ……大丈夫なの……?」
ドマルは泣きながら瑞希に確認を取ると焦った瑞希が説明をしだす。
「大丈夫! 大丈夫だから! 元々これは干しながら揉むんだよ! 俺も久々に作ったから説明するの忘れてたんだ!」
「良かった……良かった……シャオちゃんに殺されるかと思った……」
「そんな大袈裟な……って大丈夫ですかお爺さん!?」
タバスはシャオの怒りの圧を受け気を失っていた。
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「うちの婆さんも怒ると怖かったが、嬢ちゃんはそれ以上じゃ! こやつがびくびくするのもわかるわい!」
タバスは先程の出来事を振り返り、笑いながら席を立つとどこかへ行ってしまう。
それに、ドマルがびくびくしているのは元来の気の弱さであり、シャオに限った事ではないのだ。
「ふん! お主達が悪いんじゃ! 人が作っておるウテナに手を出すからじゃ!」
「こら! ドマルは気を使って宿に移してくれたんだし、タバスさんも悪気があってしたわけじゃないだろ? むしろ思い出させてくれたんだから感謝するぐらいだ。」
「本当にほっとしたよ~! 瑞希達は外套を買えたみたいだね! 似合ってるよ! シャオちゃんもその髪型とリボンすごくかわいいね!」
シャオは瑞希に纏められた髪型を褒められ気を良くしたのか、ぷいっと顔を背けながらもドマルに声をかける。
「ふん。今回は問題がなかった様じゃから許してやるのじゃ」
「お前は何で素直に謝れないんだよ……。ごめんなドマル……それと、シャオにも外套が買えたから、借りてたのは返すよ。」
瑞希はそう言うと、畳んでまとめた外套をドマルに手渡した。
「別に良かったのに! ……でも二人がお揃いの外套を着てる方が良いかもね!」
ドマルはニコニコと二人の恰好を見て、仲の良さを確認していた。
「お揃いと言っても、この外套の種類しかなかったけどな」
そんな会話をしていると、きゅうぅぅ……とお腹の音が聞こえてきた。
「ところでミズキよ、腹が減ったのじゃが、料理はまだ作らんのか?」
「バタバタしてて忘れてた。そういや今日一日何にも食べてないから腹減ったな……ちょっと厨房を借りれるかタバスさんに聞いてくるよ。」
と、瑞希が立とうとすると、タバスが料理を運んできた。
「うちの料理じゃ! たんと食え!」
三人の目の前には焼いた肉と野菜の入ったスープとパンが置かれていく。
シャオは瑞希の方を見るが、瑞希は首を振り、本日の調理を諦めさせるのであった。