マリジット地方
ウィミル城の中庭では瑞希が何か面白い事をしていると、兵士や使用人達がわらわらと集まって来ていた。
そんな中瑞希は木材を扱う商会で作って貰った杵と臼を準備し、蒸しあがった餅米ならぬ餅ペムイと小豆に似たパトーチャを煮込んだぜんざいと、デエゴを擦り下ろした物や、大豆に似たトーチャを粉にしたきな粉等を用意していた。
そんな中、瑞希に頼まれた餅ペムイの製作者であるヤエハト村の男がペムイを乗せた馬車で城にやって来たのだが、まるで催し事でもあるかの様な賑わいを見せていたので、門番である兵士に事情を聞くと、瑞希が何やらペムイを使って面白そうな事をしていると聞き、事情を話し城に荷物を積み込み、瑞希の元へ走って行く。
男が瑞希の元へ到着する頃、瑞希は湿らした杵と臼で蒸しあがった餅ペムイをすり潰しており、サランが手を水に付けながら臼の中の餅ペムイを混ぜたりもしていた。
「こんなもんかな……じゃあサラン、俺が餅をこの杵でつくから、ついた餅は下から上に持ち上げる様に混ぜてくれるか?」
「絶対手を入れてる時につかないで下さいよ!? 絶対ですよ!?」
「お前な……それはフリか? 大丈夫だって! 最初はゆっくりやるし、さすがに怪我をさせる様な事ではいじらないって」
瑞希は笑いながらサランを説得すると、餅つきを開始する。
杵の重さを利用し、餅ペムイ目掛けて杵を下ろす。
サランは突かれた餅から杵が離れると、くるりと餅を混ぜる。
ペッたんぺったんと何回かやっていると、チサとシャオもやってみたいと名乗りを挙げる。
「中々重たいのじゃ」
「チサ、シャオちゃんが突いたらくるっと混ぜるんだよ?」
「……大丈夫。サラン姉のを見てた」
シャオが重そうにしているので、瑞希が一緒に杵を持ち上げ、餅に下ろす。
チサが濡らした手で餅を混ぜる。
ぺったん。
ぺったん。
ぺったん。
その光景が微笑ましかったのか兵士たちや使用人達も自然に笑みが溢れる。
ヤエハト村の男が瑞希に声をかけたのがきっかけに、瑞希は近くに居た兵士と、使用人の女性に代わって貰い、男と会話をする。
「一体これは何をしてるんや?」
「餅つきですよ! 昨日頂いたペムイを使って餅をついてるんです!」
「もち? ペムイから作れるんか?」
手を洗ったチサとシャオも瑞希の元へ寄って来る。
サランは使用人の女性を手伝いながら楽しそうにしている。
「チサが普通のよりもちもちしてるって言ってたでしょ? 俺の知ってるのにもそういう食材があって、ああやって餅にしたりするんですよ」
「へぇ~……それにしても何でこんな大掛かりな調理をしようと思ったんや?」
瑞希は側に居たチサの頭に手を乗せ、理由を説明する。
「この子が願った村の病を治すというのも概ね達成はできたでしょ? そのお祝いです」
「祝い?」
「俺の故郷では祝い事がある時に餅をついたり、食べたりする風習があるんですよ。餅は食べる時に伸びますから長生きをする様にと願掛けみたいなのもあります。それに餅は力が付くとも言われますし、神様にお供えをする時にも使います。あの時このペムイに出会えた時に、チサの願った事が叶ったお祝いをしなくちゃと思ったんです」
チサの頭を撫でながら照れ臭そうに瑞希は説明をしていると、ヤエハト村の住民はプルプルと震えながら何とか言葉を返す。
「……ミズキさんのおかげで病の治し方がわかったのに……俺達が治った事を祝ってくれるんか? 俺のペムイがそんな素晴らしい料理に使えるんか?」
「はい! 普通のペムイとは違っても、その生かし方を考えるのが料理人です。貴方がこのペムイを作ってくれてるおかげでこんなにも楽しそうにお祝いが出来ます。ありがとうございます」
その言葉が男の限界だった。
ヤエハト村の事を願い、行動してくれたチサと、それを叶えてくれた男が自分のペムイを褒め、御礼を言ってくれた。
その言葉を聞いた瞬間に男は大声で泣き始めてしまう。
チサもその声を聞き、男の肩に手を置きながら自身も泣いてしまった。
「……ミズキは……ほんまにずるいわ」
「そんなつもりはねぇよ。シャオとの約束もあるしな?」
「くふふ。新しい甘い物が楽しみなのじゃ!」
「ミズキさぁん! これぐらいで完成ですか~!?」
「今、見に行く~! じゃあ是非つきたての餅を食べて下さい!」
男は泣きながらも瑞希の言葉に頷き、瑞希達はサランの元へ歩いて行く。
「ほんまに堪忍え? うちはあんたらのために何も出来んかった……」
男は後ろから声を掛けられたので、何とか涙を止め、顔を拭いて後ろを振り返るとそこにはカエラとドマルが立っていた。
「あれ、あんたが作ったペムイなんやてな? うちも食べさせてもろてええやろか?」
「ぜ、ぜ、ぜ、是非っ!」
「おおきに」
カエラはそう言い残すと、ドマルと共に瑞希の元に歩いて行く。
ここはウィミル城で、その当主がここに居るのは当たり前の事なのだが、まさか自分がその本人に声を掛けられるとは思ってもみなかった。
男は茫然としながらも、瑞希の言葉を心に刻むのであった。
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餅を取り出した瑞希は濡らした布を敷いた台の上に餅を乗せ、一口大にちぎり皿に乗せると、きな粉をまぶしてシャオとチサに渡す。
「うぬぬ……。豆の粉をまぶしただけでは絶対に美味しくならんのじゃ……」
「そう言わずにまずは食べてみろって!」
「……腐ってもペムイ。不味い訳ない」
シャオとチサが箸を使って餅を掴み、口に運び噛み切ろうとしたが切れない。
ならばと箸を遠ざけてちぎろうと思うと面白いように伸びるのだ。
ある程度の所で千切れ、口の中に入った物を咀嚼すると、きな粉の味の他に甘さとわずかにしょっぱさも感じる。
「美味いのじゃっ! 豆の粉なのに甘いのじゃ!」
「わははは! きな粉に砂糖と塩を入れて混ぜたんだよ。餅に合ってて美味いだろ?」
「……ペムイ……餅……美味いな!」
「ミズキさん! 私も食べたいですっ!」
「ミズキはん何を楽しそうな事してるかと思たら……うち等も欲しいわ!」
「これはまた面白い料理だね?」
瑞希はきな粉餅を次々に配ると、所々から美味いという声が聞こえてくる。
餅を初めて食べたヤエハト村の男も慌てて駆け寄って来る。
「こ、こ、こ、これが俺の昨日渡したペムイなんか!?」
「そうですよ? 美味いでしょ?」
「こんな食べ方があったんか!? これならもちもちしてるのが生かされてるわ!」
「是非ヤエハト村でも流行らせて下さい」
瑞希はにっこりと笑顔を見せると、カエラが会話に混ざる。
「ミズキはん、これはどういう時に作る料理なんや?」
「基本的には祝い事ですね! 餅つきって一人じゃ出来ないでしょ? 皆で祝う時に周辺の人と一緒に餅をついて団結力に繋がるとも聞きます。後は新年を祝う前について、神様を迎えて餅に宿らせるっていう祝い方にも使います」
「ええやないのっ! これはこの辺でも広めるわ!」
「俺の村でも絶対流行らせるでっ!」
「じゃあ快気祝いに杵と臼を何個か送りますよ! ヤエハト村でも使って貰おうと作っといて貰ったんですよ」
「そんなっ!? 唯でさえお世話になっとるのに!」
「大丈夫ですよ! 村の皆さんが治ったら皆で餅つきを楽しんで下さいね」
瑞希が会話をしていると、シャオが瑞希の服を引っ張る。
「もっと食べたいのじゃ。結局あのパトーチャはどうしたのじゃ?」
「シャオ、きな粉餅はまだ序章に過ぎないんだぞ? きな粉餅、辛味餅、そして今から食べて貰うのが約束の甘い物……ぜんざいだっ!」
瑞希はそう言うと、深めの鉢に一口大の餅を二つ入れ、温めていたぜんざいをかける。
「ほい、お待たせ! これが約束してた料理だよ。熱いから冷ましながら食べろよ?」
「くふふふ。頂きますなのじゃ!」
シャオはふぅふぅと息を掛けながらずずっとぜんざいを飲み、まだ粒の残ったパトーチャと共に餅を口に入れ咀嚼し、飲み込む。
「甘いのじゃ! 温かく甘いのもまた美味いのじゃ!」
「だろ~? 餅が無かったら団子を入れようと思ってたけど、餅があって良かったよ」
シャオの姿を見て、チサも瑞希にねだる。
「はいはい。熱いから気をつけろよ?」
「……にへへ」
シャオと一緒に餅を伸ばしながら楽しそうにぜんざいを食べるチサは幸せそうだった。
瑞希もその姿を見ながら嬉しそうにしていると、周りからの視線が集まっている事に気付く。
「……えぇ~っと……皆さんも食べます……よね?」
食べる食べると連呼されながら皆にぜんざいやらきな粉餅やらを振る舞う。
中には甘い物が苦手という者も居たので、瑞希はデエゴの擦り下ろしとジャルをかけた辛味餅を振る舞うとその美味さに飛び上がっている者も居た。
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「カエラさん、これも食べてみて下さい」
「唯のジャルがかかった餅? ……な訳ないわな。ほな食べてみるわ」
カエラが餅に齧り付くと、中からじゅわっと溶けたバターが溢れて来る。
「っっ! 美ん味ぁ!」
瑞希のちょっとした悪戯にまんまとかかったカエラは思わず大きな声で叫んでしまう。
それが面白かったのか瑞希を始め、ドマルやチサも釣られて笑ってしまう。
瑞希が祝い事として始めた餅つきは、これからもマリジット地方で広がっていくだろう。
当の本人は自分が年々受け継がれていく文化の発端になった事を知る由もないのであった――。
これにて第三章は終わりです。
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