嫌な汗とペムイ騒動
ペムイの件を終えた瑞希はシャオとチサを連れてミーテルの市場にやって来ていた。
サランには老執事の元で学んで欲しい事があると伝え、キーリスへ戻るまでの間、カエラの元で給仕の仕事を手伝わせている。
ガヤガヤと人で賑わう市場には様々な魚介類や、キーリスやウォルカでは見た事の無い野菜等が積まれている。
「魚介……野菜……」
瑞希は目を輝かせながら辺りをキョロキョロと見回している。
「……ミズキがはしゃいでる?」
「くふふ。はしゃいどるのじゃ」
「うわっ! 豆もあるじゃねぇか! チサ、あれがトーチャか?」
瑞希は一角に在る店に詰まれていた豆の入った麻袋を指差す。
「……そう。後横にあるのも種類が違うパトーチャ」
「とりあえずどっちも買おう! トーチャは大量に欲しいから城に届けて貰おうか……お姉さぁん!」
「……お姉さん?」
瑞希は店に立っていた所謂おばちゃんに向かってお姉さんと言いながら駆け寄って行く。
「くふふふ。ミズキから見ればあれぐらいの女性はお姉さんなのじゃ」
「……変な話やな?」
瑞希が店のおば様を相手に談笑しながら買い物をしていると、どこかから嫌味な声が聞こえてくる。
「だからこの僕が買ってあげるって言ってるじゃないか?」
「そっちこそなんべんも言わすなや。よそ者にペムイを売っても意味ないやろ? 食べ方知ってんのか?」
「意地でも売らないつもりかい?」
「俺が丹精込めて育てたペムイを何で大事にしてくれそうにもない行商人に売らなあかんねん」
チサは村の知り合いだったのか、慌てて駆け寄って行く。
「お、チサやんか! 買い出しか? ミズキさんはどうしてるんや?」
「……あっちでトーチャを買ってる。どないしたん?」
「さっきからこの行商人がペムイを売れ言うてしつこいんや……あんたもはよ帰ってや」
「ペムイを作ってる村では流行り病に侵されて困ってるんだろう? 僕が大量に買ってあげるからその金で良い医者に見てもらったら良いじゃないか? 悪い話じゃないだろう?」
「いらんいらん。その病はとっくに治ったわ」
「ここまで言っても売ってくれないのかい? こんな穀物を今更欲しがる奴もこっちには居ないだろ? 僕なら別の地方で売れるからお互い良い話じゃないか?」
「……こんな穀物? ペムイの事を言うてんの?」
行商人の不用意な一言にチサが怒りを露わにする。
「実際そうだろう? ペムイの産地である村でしか流行り病は発生していない。それはペムイのせいじゃないかって噂を聞いたよ」
「……あの病はペムイは悪ない。悪いのはうちらや」
「何だい? 君はその村の出身かい? 大変だったろうね。病を治すのにもお金は必要だろう? 君もこの店主を説得しておくれよ」
チサはわなわなと拳を握りしめ、怒りのまま言葉を放とうと思った時、男の肩に手がおかれる。
「営業妨害だ。ペムイが欲しいなら他を当たれ」
「何だい君は? 喋り方からして君もこっちの人間じゃないだろ?」
「鋼鉄級の冒険者だよ。お前も商人ならお互いが気持ちよく売買できる商談をしろって」
「鋼鉄級? 君が? どう見たって駆出し冒険者の間違いだろ?」
「どう見られても良いからどっか行け。この親父さんはお前には売らないって言ってんだろ? それで商談は終わりだろ?」
「駆出し冒険者風情が偉そうな口を利くじゃないか?」
瑞希はめんどくさそうに頭をガリガリと掻くと、シャオが側に来たので、しゃがみ込みぼそぼそとシャオに耳打ちをする。
「なぁ、嫌な汗を掻くのは嫌だろ? 今度会ったら飯でも奢るからペムイは諦めてくれないか?」
「君に食事を奢られる謂れは無いよ。それに僕はペムイが欲しいんだ」
「どうしても諦めないか?」
「どうしてもだ!」
「はぁ……じゃあシャオ、頼む」
瑞希がそう言うと、シャオは殺気を込め行商人の男を睨む。
ただし失神してはめんどくさいので嫌な汗が溢れるぐらいの殺気だ。
「あ、あぁ、あ……」
「だから言ったろ? 嫌な汗を掻くって……わかったらさっさと帰れ。ペムイを作る人に何かあったら次は本当にぶっ飛ばすからな?」
行商人の男は声を出せず、コクコクと首を縦に振る。
男は千鳥足になりながらもなんとか店を離れて行った。
「なんなのじゃあやつは?」
「偉そうな奴だったな? 俺の大好きなペムイが無駄にならなくてすんだよ。ありがとうシャオ」
「ふふん! 御褒美に甘い物が食べたいのじゃ!」
「丁度さっき豆を買ったから何か作ってみるか……。あ、すみません出しゃばってしまって。体の御加減はどうですか?」
「わっはっは! 最初は村長から聞いた話は半信半疑やったけど、見ての通り完全に治ったわ! あの糠漬けもすっかりペムイの御供やで!」
チサは瑞希が行商人を追っ払ってくれたのが嬉しかったのか、シャオとは反対側から瑞希の腰元に抱き着き、シャオにも御礼を言っている。
「チサもよう懐いとるなほんま! ミズキさん良かったらうちのペムイも食べてみてや!」
店主はそう言うと、二十合ぐらいのペムイを袋に入れ瑞希に手渡す。
「村長んとこのペムイよりもちもちしてんのが特徴や! もちもちし過ぎて食べ辛いってチサには言われたけどな」
「……もちもちし過ぎやけど、味は美味しいで」
「へぇ~……あ、じゃあちゃんと買いますから明日にでも城に届けて貰っても良いですか!? このペムイの面白い食べ方を紹介しますよ!」
「それはかまへんけど……ペムイって普通に炊く以外に食べ方あるんか?」
「それは食べてからのお楽しみって事で! じゃあこれはありがたく使わせて頂きますね!」
「なんや分からんけど楽しみにしとくわ! ほなまた明日伺うわな!」
瑞希はペムイを受取り、その後野菜や魚介を買いながら、最後に木材を扱う店に顔を出し、瑞希はごにょごにょと相談すると快い返事が返ってきたのでそのまま市場を後にした。
◇◇◇
――翌朝、瑞希は厨房で水に漬けておいた貰い物のペムイと、市場で購入した乾燥したトーチャと、水に漬けて戻しておいたパトーチャを取り出し、作業台の上に並べている。
チサは普通にしているのだが、シャオは少しいじけていた。
「昨日は結局新しい甘い物は作ってくれなかったのじゃ……」
「だから時間がかかるから明日になるって言ったろ? それに果物がいっぱい入ったクレープをあんなに食べたじゃねぇか?」
「くれーぷは確かに美味かったのじゃ! でもトーチャを使う甘味が気になったのじゃ!」
「……それに結局ペムイも使ってないやん? くれーぷは……にへへ」
チサは初めて食べたクレープを思い出し、顔がにやけてしまう。
「ちゃんと今から作るから機嫌を直せって。ほらまずはきな粉から作るぞ?」
瑞希は乾燥大豆に似たトーチャを風魔法を使い粉々にしてしまう。
「はい終わり。後は持ってきた調理器具の濾しザルで粉を振るったら完成」
「簡単すぎるのじゃ! 絶対に甘くないのじゃ!」
「そりゃそうだよ。豆の粉だしな。でもきな粉は体に良いんだぞ? 後はペムイの水を切って蒸し器にかけて、パトーチャは鍋に移して炊いていこう」
瑞希が準備を進めていると、老執事がやって来て、荷物が届いていると瑞希に連絡が入る。
瑞希は待ってましたと急いで受け取りに出向くのであった――。
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