献立の意図
二人の前に置かれた茶碗には、少しくすんだ色のペムイの上に肉の薄切りが綺麗に並べてあり、黒茶色をしたソースが全体的に垂らしてあった。
「お待たせしました。これがモーム肉のステーキ丼です!」
丼とは言えど、一般的な丼よりは小振りなのだが、すでに二品を口にしている二人には丁度良い量だ。
「乳製品やなくて、モーム肉をそのまま調理したんか……」
「だけどモーム肉はそのまま焼いても固いはず……まぁミズキの事だから魔法がかかってるんでしょうね」
カエラは箸を、ドマルは匙を手にして同時に口に運ぶ。
モーム肉は擦り下ろしたパルマンに漬け込んだ事により、しっとりとした柔らかい赤身肉になっており、繊維を断ち切る様に薄く切ってあるため、ドマルは自身の知っているモーム肉とは思えなかった。
そして少し酸味のあるパルマンが入っているソースはジャルが使われているので、ペムイに合う。
肉、ソース、ペムイを同時に口にして咀嚼すると、ペムイに入っている細かく刻まれたオオグの実の香りがまた肉に合う。
これは丼だからこそ、同時に食べるからこそ一つの料理だと二人は思えた。
「美味しい! 話には聞いてたけど、本当にモーム肉が柔らかくなるんだ!」
「……」
カエラは我を忘れて丼を次々と口に入れる。
サランが一つ咳払いをすると、カエラがはっと我に返る。
「夢中で食べて頂けるのは有り難いのですが、宜しければ一度そちらのリッカの糠漬けで口の中を戻して貰い、お好みでスズの葉の細切りを乗せて食べてみて下さい! 味がまた変わって美味しいですよ」
カエラは糠漬けを口にすると、ポリポリと音を立て、口の中の味が流されると、思考も戻ってくる。
「恥ずかしいけど、思わず無言でかっ込んでしもたわ……お嬢ちゃんに声をかけられんかったらそのまま食べ切るまで喋れんかったわ」
「あははは。私もミズキにぴざを出された時は我を忘れましたよ! サランちゃん、このリッカは酢漬けじゃなく、糠漬けって言うの? 独特な酸味が美味しいね!」
「はい! これがヤエハト村を救った料理です!」
「ミズキはんには病の理由を聞いてたけど、ほんまにペムイの糠なんかで病が治るん?」
「はい! ミズキさんが言うには糠に含まれている栄養が重要なんだそうです! 実際にチサちゃんのお父様は日に日に元気になっていきましたよ!」
「そうか……ほんまにミズキはんには感謝せやんとな……」
「それにしてもこれは本当に美味しいね! ペムイと肉を別々に食べるんじゃこの一体感は味わえないよ!」
「ほんまやわ……けど乳製品はどこに使ってあるん?」
「ペムイにばたーが使ってあるんですよ!」
サランが答える前に笑顔のドマルが答える。
答えようと思っていたサランが役目を取られたのが悔しいのか、膨れっ面をしながらドマルを睨む。
「成る程……こっちの細切りの葉を入れて食べると味が変わるんやんね?」
カエラは茶碗に残っているステーキ丼にスズの葉を散らしてから、再びステーキ丼を口にする。
「……ええ香りやわ! この葉っぱがあるだけでガラッと雰囲気が変わるんやね」
ドマルもカエラも同じ様に食べてみる。
「本当ですね! ミズキは本当に良い食材を見つけてくるなぁ!」
二人はあっという間にステーキ丼を平らげてしまい、サランに出されたお茶を飲んで一息を吐く。
「いや〜ほんまに美味しかったわ! 最後の料理はなんて言うんやろ? 慣れ親しんだ味やのに、新しい味というか……なんや矛盾した料理なんやけど、今日の中で一番気に入ったわ!」
「私は逆に一番最初のエクマドリアが一番好きですね! ちーずとくりーむソースが濃厚で……」
「むふふ。ミズキ様の言った通りの結果になりましたね」
サランの言葉に二人は疑問を浮かべる。
「料理に何か意味があったん?」
「はい! 今回の献立は和洋折衷を意識して作られてるんです!」
「和洋折衷? どういう事やの?」
「ミズキ様が言うには、料理によって種類が分かれる様でして、マリジット地方を和、モノクーン地方を洋とすると、ペムイとジャルは和、乳製品は洋なんだそうです!」
カエラはうんうんと頷きながら、サランの話に耳を傾ける。
「そして御料理の中でその割合を変えてペムイと乳製品を使用したんですよ」
ドマルはサランの話を聞きながら一人納得をする。
「あぁ、成る程。そういう事か!」
「どういう事やの?」
「まず一品目は乳製品……つまり洋を全面に押し出して、ペムイはおまけ……中に入ってるのがペムイじゃなくても成り立つ料理だと言えます」
「せやろか? ……いやでも確かにくりーむソースの美味しさが目立ってたわな」
カエラが顎に手を当て考えていると、ドマルはそのまま続ける。
「二品目はペムイも乳製品も使用していますが、主役はホロホロ鶏で、どちらも脇役に徹しています」
ドマルが説明をしていると、カエラも三品目の意図に気付き、サランは盛り上がっている二人のお茶を汲み直す。
「ほな三品目は和を押し出すために乳製品はばたーしか使わん料理にしたんか?」
「そうだと思います。……で合ってる? サランちゃん?」
サランはお茶を汲み終えると、笑顔でカエラに返事をする。
「その通りです! ミズキ様はペムイと乳製品の割合を変えて食材の相性を楽しんで貰おうと考えたそうです」
「そして乳製品を生み出すモームを主役にして、締めくくったんだろうね」
「確かにステーキ丼は肉、ペムイ、ばたーが絡み合ってほんまに美味しかったし、三品の中でジャルの味が一番強かったわ!」
「だからこそ、カエラ様のお口に一番合ったんだと思います」
カエラはサランの話を聞き、腑に落ちたのか、大きく息を吐く。
しかし、カエラに一つの疑問が生まれる。
「でもまだペムイと乳製品を使った甘味があるんやろ? それはどんな割合の料理やの?」
「えっと……それがその……甘味はミズキさんが持ってくると言うので私もどんなものか知らないんです……」
ドマルは不安そうなサランに助け船を出すべく、言葉を挟む。
「そうだな……多分最後はどちらも別々に食べても美味しい物を出すんじゃないかな?」
「ドマルはんは何でそう思うん?」
「僕なら最後に二つを前面に押し出した料理にすると思ったからですよ」
ドマルがそう言うと、部屋の扉がノックされ、入り口に居た瑞希達が部屋に入ってくる。
その手には甘味と思わしき皿を手にしており、外で三人の話を聞いていたのか、瑞希は笑顔でこう言った。
「さすがドマル! 俺の事を良く分かってるな!」
「あははは。正解みたいだね! どの料理も本当に美味しかったよ!」
瑞希は二人の前に手に持っていた皿を置くのであった――。
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