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チキン南蛮とほろ酔いのカエラ

 カエラは父を亡くし、領主を引き継ぎ、結婚をする事無く今年で二十六歳になる女盛りな年頃だ。

 立場上良い寄って来る男性も少なくないのだが、どうしても立場目当てと思ってしまい、寄って来る貴族達を振り払っていた。

 爺やと呼ばれる老執事も心配はしているのだが、領主として先代領主にもひけを取らぬ手腕と、気の強さも相まって、徐々にその数は減って来ていた。

 最近では会食等で笑顔を見る事はあっても、笑っている姿をあまり見ていなかったのだが、ドマルを前に食事をしているカエラは老執事から見ても心から楽しんでいるようであった。


「なぁドマルはん、次はどんな料理が来るんかなぁ?」


「ペムイを使った料理で、乳製品を使った物……さっきのエクマどりあでくりーむソースとちーずは使っていますからよーぐるとを使った品ではないでしょうか?」


「えぇ~? ここで甘い物持ってくるやろか?」


「よーぐると自体に甘みはありませんから、料理にも使えるってミズキが言ってたんですよ!」


「ほなよーぐるとを使ったソースやろか? それにしても想像つかんな……よーぐるととペムイも合わんやろし……」


「まぁまぁ、もうすぐ来ますから。もう一杯どうですか?」


「爺やもおらんから今の内やね! 頂くわ」


 ドマルは席から手を伸ばし、カエラのグラスにペムイ酒を注ぐ。

 会食用の広い部屋、広い机ではなく、ある程度の広さはあるが、八人程が座れる机の為、ドマルが手を伸ばすぐらいで届く。

 それは本来ならばサランの仕事であり、給仕の仕事なのだが、今日は堅苦しい会食ではなく、使用人達に友人達との宴会の様な物と捉えさせたカエラは、使用人達を遠ざけたのだ。

 もちろん入り口には見張りの執事が何人かいるのだが。


◇◇◇


 厨房の中ではサランが瑞希から料理の意図の説明を受けていた。


「あぁ成る程。だから次の料理はどちらの食材も間接的な使い方なんですね?」


「そうそう。それにずっとペムイが来ても飽きるからな。ドマルとカエラさんはペムイ酒を飲んでるんだろ? この料理も酒に合うから、丁度良い肴になる」


 瑞希は上新粉ならぬペムイ粉を肉に付けて油で揚げる。

 別の竃ではふつふつとタレを温めている。


「……ミズキの料理はすごいな」


「くふふ。魔法みたいじゃろ? 同じ食材でも全然違う料理が出来るのじゃ!」


「チサ、今日はお前の作った糠漬けも使うからリッカ(キュウリ)を出して刻んでくれるか? シャオはマヨネーズを作って、この刻んだ茹で卵と水にさらしたパルマン(玉ねぎ)の微塵切り、チサが切ったリッカの糠漬けを混ぜて、シャクルの果汁を少し混ぜてくれ」


「たるたるソースなのじゃ? でもこの前のとは少し材料が違うのじゃ……」


 シャオは疑問を持ちながらも瑞希に言われた通りにマヨネーズを魔法で作り上げ、チサの刻んだリッカの糠漬けと茹で卵、パルマンとシャクルの果汁を混ぜ合わせる。


「出来たのじゃ!」


「……糠漬けもこんな使い方も出来るんや?」


「今日は和洋折衷って言ったろ? リッカを酸っぱくして食べるのにも色々な方法があるんだ。俺の故郷では地域によって和食、洋食、中華……まぁ様々な料理に分類される訳だ。んで、ペムイ、出汁、ジャルなんかは和、乳製品は洋のイメージで、リッカの酢漬けを食べた時に感じたのは俺の知ってるピクルスって料理に似てたんだ。だからどちらかと言えば洋に分類される。じゃあペムイの糠を使った糠漬けはどっちだ?」


「「……和や(なのじゃ)!」」


「正解! だからムニエルの時に作ったタルタルソースは洋食向けに作ったけど、今日は和も混ぜたい。だからリッカの糠漬けを使うんだ。前も言ったけど、料理ってのは大本の構成が間違ってなければ多少材料が変わってもその料理名を名乗っても良いんだ。だからマヨネーズと酸っぱい野菜が入ってればそれは大体タルタルソースだよ。本来ならここにパセリみたいな香味野菜とか、ケッパーみたいな独特な香りをした物もまぜるしな! それが無くても俺はこれをタルタルソースって名乗るよ」


 瑞希は笑いながら三人に説明をして、揚げていた肉を取り上げると、そのまま横で作っていた甘酢ダレにさっとくぐらすと、じゅわっと小気味良い音を立てた。


「後はこれをカットして、シャオとチサが作ったタルタルソースをかけて、周りにキャムの外側の葉っぱとポムの実を添えてチキン南蛮の完成だっ!」


「……この野菜はいるん?」


「彩は大事だろ? それに揚げ物だからな。生野菜があれば口がさっぱりするだろ?」


「ミズキ! 早くわしらも食べたいのじゃ!」


「……うちも食べたい」


「私の分も絶対置いといて下さいよ!? 絶対ですよ!?」


「わかったわかった! ほら、執事さんも待ってるんだから早く運んでくれ」


 瑞希がそう言うとサランは料理を持って、厨房を離れる。

 瑞希はシャオとチサの為に次の肉を揚げるのであった。


◇◇◇


 カエラとドマルが会話をしながらお酒を飲んでいると、サランと老執事が料理を運んでやって来る。

 老執事はカエラのグラスの減りを見て、目を光らせる。


「お嬢様、飲み過ぎてはおりませんかな?」


「まだ大丈夫やて。ほんまに爺やはうるさいんやから……」


 カエラの機嫌が悪くなる前に料理を出して貰おうと、ドマルはサランに声をかける。


「心配されてるんですよ。サランちゃん、次の料理はどんなの?」


「次のお料理はちきん南蛮と言って、ホロホロ鶏を揚げた料理です! 料理の説明を先にしてしまいますと面白くないかと思いますので、宜しければ食べて当ててみて下さい! 乳製品とペムイは間違いなく使われております」


 サランは二人の前に料理を静かに運び、その場を少し離れる。


「ペムイの姿形は見えへんし……この上のソースはよーぐるとやろか?」


 以前の野営時にムニエルを食べたドマルはソースについて答える。


「この上のソースはよーぐるとではありませんよ。たるたるソースと言って、この前ミズキに食べさせて貰いました」


「ほなどこに食材を使ってるんやろか……まぁまずは食べてみよか」


 カエラは箸を使い、切り分けられているチキン南蛮を取り皿に乗せ、タルタルソースと一緒に口に運ぶ。

 ペムイ粉はサクサクとした食感を生み出し、ホロホロ鶏の胸肉は叩いた事により繊維が崩れており、ヨーグルトに漬けた事でさらに柔らかさが生まれているので、肉料理にも関わらずさくりと噛み切れる。

 甘酢っぱい全体的にかかったタレと、こってりとしたタルタルソースが咀嚼する毎に混ぜ合わさり、カエラはごくりと飲み込んだ。


「うんまぁっ! なんやのこれ!」


「ほっほ。お嬢様、はしたのうございますぞ?」


「爺やはこれ食べてへんのやろ!? 食べたらわかるて!」


「ドマル様は落ち着かれておりますな?」


 カエラ程派手な反応は見せていないが、ドマルもチキン南蛮の美味しさには顔が綻んでいる。


「いや、めちゃくちゃ美味しいですよ? ただ、ミズキの料理に対する耐性というか、驚く事に慣れたというか……」


「ドマルはん! この料理に慣れてもうたら何も食べられんくなるで!?」


「あはは。大丈夫ですって」


 カエラは二切れ目に手を付けると再び美味しいと連呼する。

 ドマルはフォークに差したチキン南蛮をしっかりと眺めてから、二口目を口にする。


「この生野菜もたるたるソースと一緒に食べると美味しいわぁ。それに生野菜があると口がさっぱりするわ」


 カエラはキャムとチキン南蛮は食べ進めるが、ポムの実には手を付けない。

 ポムの実好きなドマルからすれば、不思議に思いじっと見つめてしまった。


「どうしたんドマルはん?」


「あぁ、いえ、ポムの実は食べないのかと思いまして」


「あちゃあ……ばれてしもた? うち実はポムの実苦手やねん……折角出されたから食べようと思うんやけど、この料理の美味しさについつい後回しになってしもてん」


「ポムの実美味しいじゃないですか? 苦手なら僕が貰いましょうか?」


「ええの? 助かるわぁ……ほな、はいあ~ん!」


「えぇっ!?」


「なんやの? いらんの?」


 カエラは箸で掴んだポムの実をドマルに口を開ける様に促し、差し出す。

 当然女性とはいえ領主であるカエラにそんな事をされては断ると恥をかかすと思い、ドマルは恥を忍んで口を開けてポムの実を迎え入れる。

 慣れ親しんだポムの実の味なのだが、緊張で味がぼやける。


「美味しい?」


「は、はい……」


「んふふふふ」


 二人の光景を見ていたサランが老執事に尋ねる。


「(爺やさん、カエラ様の雰囲気がちょっと変じゃないですか?)」


「(お嬢様はお酒に酔われるとああいう風になるのでございます。誰かれ構わずああいう訳ではないのでございますが、親しい者の前では気が緩むのでしょうなぁ)」


「(それってドマルさんに気を許してるって事ですよね?)」


「(左様でございます)」


「(料理の説明をしたいのですが……入りづらいですね……)」


「(畏まりました……) お嬢様、少し飲み過ぎでございます。一度水を飲んで頂きお料理を楽しんで下さい」


 サランは老執事の言葉に合わせ、水の入ったグラスをテーブルに置き、カエラは老執事を信頼しているのだろう、文句を言いながらも水を飲む。


「いやいや堪忍やで? 全然酔っとる訳やないんやで? ちょぉっと気が緩んだだけや」


 カエラは笑顔を見せながら、ドマルに一言詫びる。


「いえいえ。御綺麗な女性にされて嫌な気持ちにはなりませんよ」


 ドマルは社交辞令のつもりで返したのだが、カエラの顔が緩む。


「それよりこの料理の答え合わせをしませんか?」


「せやった! 私は乳製品がこのソースに入ってると思うわ! やないとこんなに濃厚にはならんのちゃう?」


「僕はこの肉の衣がペムイだと思います。乳製品は……わからないですね」


「衣がペムイ? ペムイはここでも食べたやろうけど、もちもちした粒やで?」


「そうなのですが、料理を作ってるのはミズキですからね……僕等が驚くような事をしてくると思いまして」


「そんな事あるんやろか? お嬢ちゃん正解を教えてや?」


「正解は、ホロホロ鶏の胸肉をよーぐるとに漬け込んで柔らかくしてから、ペムイを砕いて粉にした物をまぶして揚げました。ドマルさんさすがですね!」


「あははは。よーぐるとまでは分からなかったけどね」


「ほんまにこれがペムイなん?」


 カエラは答え合わせをしてから残ったチキン南蛮を口に入れるが、やはりわからぬまま飲み込んでしまう。


「ペムイで揚げるとこんなにサクサクとした物が出来上がるんか……それにこの甘酢に入ってるのはジャルやな? さっきのエクマドリアより味に親しみを感じるわ……」


「後は御料理が一品と、食後の甘い物が一品ございますので、次の品をお持ち致します」


「楽しみに待っとるわ~!」


 サランは三度部屋を離れ、瑞希の居る厨房へと向かうのであった――。

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