カエラの条件
――瑞希はマスギ家の厨房で今日も糠床を混ぜていた。
中からは胡瓜に似た野菜のリッカや、辛味大根の様なデエゴ、人参に似たカマチが顔を現す。
「よしよし。そろそろ食べれるかな」
「……これ食べてたら病は治るん?」
「しっかりビタミンB1もとれるから大丈夫だよ」
瑞希は糠床から野菜を抜き出し、糠をこそぎ落とし、水で洗い落とす。
食べやすい大きさに切った糠漬けを食べてみる。
ポリポリとした小気味良い食感と程良い酸味が口に広がる。
「うん。上手く出来た」
「……めっちゃ美味しいって訳やないけど……なんや後引く味やな」
「この前食べた天ぷらとかの箸休めにあると嬉しいんだよ」
「……それはわかるなぁ。口がサッパリするわ」
チサもポリポリと糠漬けを食べ続ける。
しかしデエゴを食べた時に手が止まる。
「……ミズキ、これ」
「どうした? ……あぁ、駄目だなこれ」
食感は良いのだが辛味が強すぎてそのまま食べるには難しいのだ。
「これは失敗だな。糠床から抜いとこうか」
「……ふふふ。ミズキでも失敗するんやな」
「料理は失敗の積み重ねだよ。デエゴは火を通したら辛味が抜けるから漬物炒飯にでもするか……あ、もしかしたら軽く茹でてから漬けると美味いかもな」
「……ちゃーはんってどんな料理やの?」
「炊いたペムイを炒めた料理だよ。昼食にささっと作ろうか!」
「ミズキ、此処にいたのじゃ?」
「糠漬けの様子を見てたんだよ。もうすぐ昼食にするからシャオも手伝ってくれ」
瑞希はパルマンとデエゴの糠漬けを刻み、余っていた蛙肉も同じ様に細かく刻む。
シャオに強火を出してもらい、鉄鍋に油を入れ、具を炒め、卵を入れたらペムイを投入する。
「そしたら塩と胡椒で味付けをして、鍋肌からジャルをかけたら完成だ!」
「すぐ出来たのじゃ!」
「……早いなぁ」
「炒飯はスピード料理だからな。作るのも食べるのも簡単なんだよ! 火力が決めてだな」
瑞希がシャオの頭に手を乗せ、シャオが喜ぶ。
チサにとっては見慣れた光景である。
「……うちも早く魔法が使いたいな」
「チサは水と土が得意そうじゃからな。まずは水を呼べる様になるのが大事じゃ」
「そんなのあるのか?」
「あるのじゃ。ミミカなら火と風。ヒアリーは火と光といった風なのじゃ。光は癒しにも使えるからヒアリーも多少の傷なら治せると思うのじゃ」
「その割にはシャオはなんでも使えるんだな」
「得意というだけなら風と水が得意じゃよ。でも訓練すればどの魔法でもある程度は使えるのじゃ」
「……水と土かぁ」
「俺は何だろうな?」
「……全部じゃ」
「まじか!」
「裏を返せば得意系統が無いのじゃ。ミズキは早く自分の魔力を感じる事じゃな!」
「寝る前とかにイメージしてるんだけどな……それより今は炒飯を食べようか!」
瑞希達は居間に炒飯と糠漬けを運ぶと、丁度親父とサランも戻ってきた。
皆で手を合わせて声を揃えて食べ始める。
「……ペムイがパラパラ」
「ペムイはこないしても美味いんやな」
「この料理食感が楽しいですね!」
「良かった。辛味も抜けてるからデエゴを無駄にしなくて」
「無駄に? ミズキが失敗したのじゃ?」
「まさか。ミズキさんですよ?」
ポリポリと糠漬けを頬張っていた瑞希は何の気無しに答える。
「ん? 失敗したぞ? なぁチサ?」
「……ふふ。あれは美味しくなかった」
その言葉にシャオとサランが驚く。
「食べてみたかったのじゃ!」
「ミズキさんの美味しくない料理が気になります!」
「今食べてるぞ? 炒飯に刻んで入れた」
瑞希は炒飯を指差し説明すると、シャオとサランは再び炒飯に口を付ける。
「美味いのじゃ……」
「すごく美味しいです……」
「お前らな……美味いなら良いじゃねえか?」
「貴重な体験じゃないですか!」
「そうじゃそうじゃ」
「……ふふふふ」
「その内嫌になるぐらい失敗もするから安心しろ……いや、失敗して食材を無駄にしたくないからやっぱり安心するな」
糠漬けをポリポリと食べる親父はその酸味が気に入ったのか、次々に口に運ぶ。
「これ美味いな! ついつい食べ続けてまうわ。酒にも合いそうやな」
「もちろん酒のつまみにも合いますよ」
「これを食べてたらとりあえずは大丈夫なんか?」
「はい。糠床から野菜に栄養分が移りますから、ペムイのお供に食べる様にして下さい。後は村の皆さんにも教えた自然薯や、カパペムイ等を食べると自然と病は良くなります」
「糠を飲んだりし始めて早一週間か。おかげで俺の体の怠さと足の痺れも取れて来たし、村の奴等も軽症やったやつは治ったみたいやわ!」
「重症の方もこの糠漬けを細かく刻んで、お粥に乗せればサラサラっと食べれますからね」
「チサがミズキを連れてきてくれてほんま助かったわ! ……そろそろ戻るんか?」
「はい! 糠漬けも出来て、近隣の家に配りながら説明と作り方も教えましたし、もう大丈夫でしょう。次はカエラさんにペムイの苗の許可を貰わないと行けないですからね」
「そうか……ほなチサ、頑張って来るんやで!」
「……おとんも一人で寂しがったらあかんで? 糠床は毎日混ぜや? 一人やからって飲み過ぎたらあかんで? 三食きっちり食べや? 洗濯もちゃんとしいや? 掃除も毎日やなくて良いからするんやで?」
「どっちが親かわからんのじゃ……」
笑い声に包まれながら食事を終え、世話になったマスギ家を後にする。
村から出る途中に村人から何度か呼び止められ、涙ながらに感謝されつつ、村を後にした。
◇◇◇
場所はミーテルにある領主であるカエラが住まう城に移る。
ドマルとカエラは話し合いの末、ペムイとの交換条件に一つ条件を加えた。
カエラの仕事の手が空き、ドマルもちょうど手が空いていると、お茶の時間と称してドマルを呼び、会話をする。
これがミズキがヤエハト村に行ってからのウィミル城での日常である。
「……ミズキはんはいつ帰ってくるんやろか? もう一週間はすぎたで?」
「一度戻って来たミズキが言ってたじゃないですか。病の状況とそれに効く料理が完成したら戻るって」
「……早く帰って来んかな」
「十日ぐらいで完成するって言ってましたし、もう二、三日で戻るんじゃないでしょうか?」
「ドマルはん、ペムイの苗の条件は忘れてへんやろな?」
「毎日聞かされてるから嫌でも覚えてますよ……乳製品とペムイの相性の証明でしょ?」
そう……何の事はない。
カエラもドマルと会話をしていると、話の端々で出て来る瑞希の料理の虜になったのだ。
カエラは甘い物より酒を好む。
すでに食べたヨーグルトやアイスより、ドマルの話に出て来た料理が食べてみたくなったのだ。
だが、瑞希がヤエハト村の病を治してしまうのは喜ばしいのだが、ペムイの扱いも出来るという証明になってしまい、話に出て来た料理を味わう事が出来なくなってしまう。
そこでカエラは、乳製品とペムイが料理として成り立つのか、成り立たないなら交換に値しないなどと難癖をつけて来たのだ。
「どんな料理を食べさせて貰えるんやろ? ペムイと乳製品やで? さすがに合わんやろ?」
「はぁ……カエラ様。正直これに失敗してもペムイの苗は渡してくれるんでしょ?」
「勿論や! うちの領地を救ってもろてるし、ドマルはんとの商談も面白かった! こっちにも利があるしな! ……せやけどミズキはんが帰って来て、ほなさいなら……ってのは嫌やないか! うちかてミズキはんの料理が食べてみたいわ!」
「じゃあもう条件とか突きつけずにミズキに作って貰えば良いじゃないですか……」
「それやと面白ないやろ? もちろん美味い料理を食べさせてくれたらもう一つ上乗せしたる!」
「上乗せ? ミズキが喜ぶ物ですか?」
「そうやっ! ジャルやっ! ドマルはんの話やったらミズキはんは、ジャルに出会えて大層喜んだそうやないか? そのジャルをモノクーン地方の街までしっかり卸すルートを作ったる!」
「でもあれはチサちゃんの話だと外の人には秘密だって言ってましたよ?」
「それは作り方や。作った物を領地内で卸すのはかまわへんよ。実際ヤエハト村以外でも多少作っとるしな。元々ジャルはペムイと並ぶヤエハト村の特産物やったからな。うちが許可出すまでは、他の地方や行商人への販売を禁止してたんや。それがモノクーン地方でも買える様になるんやで?」
「それならまぁミズキも喜びますね」
「せやろ? ……あぁ早く戻ってこうへんやろか?」
二人がいつも通りに談笑を続けていると、執事の男が部屋に入って来て、カエラに瑞希が戻って来たとの報告を入れる。
カエラはすぐさまここに呼べと執事に言い渡し、嬉々としてその姿を待つ。
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「お待たせしてすみません。只今戻りました!」
瑞希は扉を開けて、開口一番にそう伝える。
瑞希の後ろからはシャオを始め、サランとチサも入って来て、カエラに促されドマルが座る椅子に腰かける。
「待ってたでミズキはん! ……チサちゃんも居るっちゅう事は病は良うなったんやな?」
「はい! カパの件も助かりました!」
「何言うてんのや! 助かったんはこっちやで! ほんまおおきにな! チサちゃんも良かったな……何も力になれんでごめんな?」
チサは首を振り言葉を返す。
「……ペムイばかり食べてたうちらも悪い。……それにカパ……ありがとうございました」
「ええんよ……うちにはそれぐらいしか出来ひんかったんやから……」
カエラはチサの手を取り、チサもまたカエラの手を握り返す。
ドマルはごほんと一つ咳ばらいをして事の経緯を伝えるのであった――。
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