閑話 アンナの回想
日々の業務とは別に、護衛としての訓練を増やす様になり生傷も増えた。
あの日からジーニャも参加する様になったのだが、元々の才能なのかメキメキと上達をしており、近接格闘では接戦をする様になって来た……。
武器を持った状態なのであれば、まだまだ負けはしないのだが……
お互い、日々の業務に支障をきたさぬ様に訓練後は浴場で湯に浸かり、疲れを癒してから就寝するのを徹底している。
「いたた……。ジーニャの奴、最初から訓練すれば良かったのに……」
誰も居ない浴場で、本日の訓練を振り返り独り言ちていると、扉が開いた。
「アンナ~、まだ入ってるっすか?」
「入ってるぞ~。お前にやられた箇所に染みてイライラしてた所だ」
「そんな事言ったらうちなんかもっと染みるっすよ! 素人相手に本気出すんじゃないっすよ!」
ジーニャはかけ湯をすると、声にならぬ声を上げて悶えている。
ジーニャがこちらにやって来て爪先から湯に浸かって行くと、身が解放される気持ち良さからか、はたまた傷に湯が染みるのか再び唸り声を上げる。
「ぐぅぅ……痛いっす!」
「我慢しろ。その内慣れるから」
「毎回こんな思いしてたんすか?」
「いや……普段の訓練の時はここまで傷は出来なかったな。やはりあの日から訓練の量を増やしてるからだな」
「うちら何にも出来なかったすもんね」
「そうだな……」
ジーニャは元々護衛志望ではなく、ミミカ様の付き人だ。
護衛と付き人を兼用する様になった私とは違い、戦闘において何も出来なかった事を恥じる事はない。
「ジーニャは護衛じゃないから仕方ないだろ?」
「それでも時間稼ぎすら出来ないのを分かって、うちを逃がしたのも……悔しかったっす」
「でもそのおかげでミズキ殿に知らせる事が出来ただろ?」
「それはそうっすけど……」
「そのおかげで今こうしていられるんだから感謝しかないさ」
湯船の中で伸びをすると、不思議と疲れが溶けて行く気がする。
これでお風呂を出た後に……。
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「お風呂上りってあいすくりーむ食べたくならないっすか?」
こいつは何で私の考えてた事が分かるのか……。
「……なる」
「火照った体に冷たくて甘いあいすくりーむは絶対により美味しく食べる方法っすよ!」
「止めろ……食べたくなって来ただろっ!」
食べたいのに食べられない……大体、自由に作れたとしても毎日食べてたら高価な砂糖で破産するしなぁ……。
「ミズキさん達は今頃何を食べてるんっすかね?」
「きっと食べた人が幸せになれる様な料理を作ってるだろうな」
「いやいやわかんないっすよ? 旅をしてるんっすから、ゲテモノ食材を使って料理してるかもしれないっすよ?」
「……それでも美味いんだろうな」
「あ~……それは否定できないっすね……」
ミズキさんの話をしていると逆上せそうになってきた……そろそろ上がるか。
「あ、待つっす! うちももう上がるっす!」
浴場を出て脱衣所で髪の毛を拭いていると、ジーニャがにやにやとした笑みでこちらを見ている。
「髪……切らないんすか?」
「……もう少し伸ばす」
「ぷぷぷ……やっぱりあの時後悔したんすか?」
「う、うるさいっ! 伸ばしたい気分なんだっ!」
ジーニャがからかうのはあの時の事だ。
昔から髪の毛を肩まで以上に伸ばした事も無い私が、ミズキさんに初めて髪の毛を乾かして貰った時――。
◇◇◇
朝の鍛錬を終え、汗をかいた私は、汗を流し部屋に戻ろうとした時、シャオ殿と手を繋いだミズキ殿とすれ違う。
「お、アンナも朝風呂か?」
「はい。もう上がりましたけどね」
「髪の毛濡れてるけど乾かさないのか?」
「え? あぁ、基本は自然乾燥ですね。すぐに乾きますよ」
「あぁそっか。いつもシャオの髪の毛乾かしてるから忘れてた。こっちにはドライヤーなんか無いもんな……もうすぐ仕事だろ? ここで乾かしてやろうか?」
「い、いえ! 時間を取らせると悪いですし!」
「アンナの髪の毛ならすぐ乾くぞ?」
「あの……その……」
勇気を出せ私っ! 皆の事を羨ましがってただろっ!?
「……お願いしても宜しいのだ……ですか?」
「わはは。別に構わないよ? じゃあ立ったままで悪いけど、後ろを向いてくれるか?」
緊張するな……ただ髪の毛を乾かして貰うだけだ!
「んじゃ行くぞ~?」
「ひゃわっ!」
暖かな風が勢いよく髪に当たると、ミズキ殿の手がわさわさと髪の毛を混ぜる。
でも、これ……確かに気持ちいいな……。
徐々に風が当たる場所が移動していくと、ミズキ殿の手が前髪に回って来る。
目の前にミズキ殿がいるというのが気恥ずかしくて思わず目を瞑る。
あれ? これって他の人から見たら私が……。
「ほい。終わりっと」
「え? も、もう?」
「アンナは髪が短いからすぐ乾くな。シャオとか大変なんだぞ?」
「ミズキが乾かすのは気持ち良いのじゃ。長くやって貰う方が嬉しいのじゃ!」
そんな……待ちに待った機会なのにもう終わり……?
「あの、ミズキ殿! ついでに髪をいじってくだしゃ……下さい!」
「良いけど……櫛はあるか?」
見ればシャオ殿が唸りながら櫛とブラシを両手に抱えている。
「あ、櫛ならここに! あと留め具もあります!」
「あぁ、ならささっとやろうか? じゃあその櫛を貸してくれるか?」
ミズキ殿に櫛を渡すと、素早く髪を梳き、細い留め具を止めて行く。
「こうやって七三ぐらいで分け目を作って……片側サイドの髪の毛を外側にねじりながら耳の後ろでピンで留めてっと……こんな感じかな。これなら可愛さもあるし、アンナなら恰好良いって見られるかもしれないし似合ってるよ」
持っていた手鏡を見ると、片側だけ細い留め具を使い髪の毛を纏められている。
×になる様に留め具を止めるのを見ると、単純に止めるより少し御洒落な気がする。
「早い……」
「まぁショートヘアだとピンで留めるぐらいしか思いつかないからな」
「もう少し長ければ色んな髪形も出来るんですか?」
「出来るぞ。そうだ、前髪は少しボリュームを出して横に流すか……ちょっと目を閉じてろよ?」
はわわ。目を閉じたらまた暖かな風で前髪を触られた。
折角留め具で留めたのに崩れないのだろうか?
「お待たせ。こうやってピンで留めてない方は櫛で梳くよりふわっとボリュームを出した方が良いかな? ワックスとかあればもうちょっと全体的にくしゃくしゃっと出来るんだけどな」
再び鏡を見るとふわっとボリュームが出てるのに、留め具で止まった所は耳を出してピタッと止まり、その非対称な感じに新鮮さを感じる。
「ありがとうございます! 気に入りました!」
「なんのなんの。アンナの髪ならすぐできるからやりやすいよ。シャオの髪は結構時間が取られるからな……」
「うぬぬ! 瑞希に髪を触って貰うのは必然なのじゃ!」
「わかったから怒るなって……」
「今日は三つ編みが良いのじゃ!」
「はいはい。じゃあ今日は大きな三つ編みにしような」
「くふふ。それで良いのじゃ!」
「じゃあまた後でな!」
「あ、はい! ありがとうございました!」
ミズキ殿達は浴場に歩いて行き、私が反対方向に歩いて行くと、曲がり角からジーニャが顔を出して覗き込んでいた。
「見たっすよ見たっすよ! ついにアンナもやって貰ったんすね! 気持ち良かったっすよね!」
「い、いつから見ていたんだお前は!」
「アンナが目を閉じて……って所からっす!」
「変な所で言葉を止めるなっ! ……でも気持ち良かった」
「そうっすよね! 良いなぁ~その髪型も恰好良いっすね!」
「ふふふ。さぁ、早くミミカ様を起こしに行くぞ!」
恰好良いか……私は可愛いだと思うんだけどな――。
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「お早うございますミミカ様」
ミミカ様はいつも通り眠気眼を擦りながら、ぼさぼさの髪の毛を揺らしている。
「おはよ~……」
「髪の毛を直しますからじっとしてて下さいね……」
「はぁい……」
ミミカ様に鏡の前で座って貰い、櫛を梳いていると、鏡越しから視線を感じる。
「アンナ……今日の髪形可愛いわよね……」
「え? あぁ……そう見えますか?」
「普段は軽く纏めてるだけよね……」
ミミカ様は徐々に意識が覚醒してきたのか、鏡越しに私の髪形を見続ける。
布団を直して戻って来たジーニャが会話に混ざってきた。
「アンナはさっきミズキさんに髪の毛をやって貰ったんすよ!」
「やっぱりぃ〜! ずるーい! 私なんか最近シャオちゃんが怒るからやって貰ってないのに!」
「それはお嬢がシャオちゃんの憩いの時間を急かすからじゃないっすか……」
「良いなぁ〜その髪型も可愛いなぁ〜」
「えぇ〜? 恰好良いじゃないっすか?」
ミズキ殿が言ってた様にどっちとも取れる髪型なんだろうな……。
「アンナにやにやしてるわね……」
「やっとやって貰えたから嬉しいんすよ」
「でも今日は大変よね……」
「そうっすね……」
「何が大変なんですか?」
「「だって今日が終わったら髪を解かなきゃならないのよ(っすよ)」」
「あっ……やだ……」
至極当たり前の事だが、失念していた。
そうか……今日が終わったらこの髪型ともお別れなのか……。
「大丈夫よ! 今日はまだ始まったばかりだもの!」
「そうっすよ! 他の人にも見せに行くっすよ!」
「わざわざ見せに行かなくても良いだろ! さぁミミカ様髪の毛が直りましたよ!」
「じゃあ今日は皆で朝食よねっ! 今日の朝食は何だろうね~?」
ミズキ殿が朝食を作ってくれる日は皆で朝食を食べる。
テミルさんは勿論、バラン様までも交えての朝食で、表向きは乳製品の研究という程だが、ミミカ様のちょっとしたわがままだ。
ミズキ殿は今日何を作ったんだろうか……。
甘い物があったら嬉しいな――。
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