二人の昔話
糠床をチサとサランに託し、ミーテル迄馬車で戻って来た瑞希は、行きしなとは違い、荷物も無く軽いのでウェリーにお願いをしながら急いで走らせた。
当然ウェリーは疲れ果ててはいたのだが、シャオが魔法で水をやり、瑞希が回復魔法をかけた事により体力を取り戻して瑞希とシャオに甘えていた。
夜分にミーテルに戻った事で緊急性を感じたカエラは、瑞希から事情を聞き、その日の内に小麦に似たカパを集め瑞希に託し、翌朝、瑞希とシャオは再びヤエハト村に向けて馬車を走らせていた。
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ヤエハト村に向かう途中、荷物の重みでウェリーが潰れない様に休ませるために、野営をしている二人は焚火を囲んでいる。
「なんかあれだよな~。シャオと二人旅してるのってこっちに来てから最初の頃を思い出すよな!」
「それもドマルに会うまでじゃったから、二人だけで夜を明かすのは初めてかもしれんの」
「あの時は右も左もわからなかったのに、今こっちの人のために働けてるなんて不思議な話だよ……こうやって好きに働いてるといかに自分が仕事人間だったか考えさせられるな」
「そんなに凄かったのじゃ?」
「今でこそそう思うって話だけど、基本的には毎日店に行って朝から晩まで働いてたな。たまの休みはセミナーって言って勉強しに行ったりで、こんな風に旅をするなんて思っても無かったよ。でもまぁおかげで知識は身に着いたし、元々料理は好きだったから天職だったんだろうな」
二人の目の前にある焚火がパチリと爆ぜる。
「本当に後悔はしておらんのじゃ? ……わしのせいでこの世界に来る事になって」
「無いよ? 故郷に居ても基本的に一人だったしな。親父の顔は知らないし、おふくろは子供の頃に亡くなったしさ。その後引き取られた爺ちゃんも俺が高校に……まぁ十五歳を過ぎたころに病気で亡くなったしな。今はシャオが本当に妹みたいに思えて来てさ、家族ってこういうものだったかって思えてるぐらいだ」
「……くふふ。わしも同じじゃ」
「それに後悔って言うならおふくろが亡くなった時が一番後悔してるよ。あの時は親父もいないから反抗期ってのかな? おふくろについきつく当たってたんだよ。昨日食べた卵焼きあるだろ? 甘い方。あれってさ、おふくろが教えてくれたんだよ。昔からめちゃくちゃ好きでさ、こっちに来る前に故郷で食べた最後の朝食でも作ってたんだ」
「ミズキの母親も料理が上手かったのじゃな……」
「そうなんだよな……。味覚ってさ子供の時に覚えた味が好きになるんだよ。子供の時って親の料理を良く食べるだろ? だからそれが当たり前になってありがたみが無くなって来るんだけどさ……本当に食べたい時には二度と食べられなくなるんだよな……」
シャオは以前に瑞希がミミカの父親であるバランに怒っていたのが少しだけ分かった気がした。
「でもな、昨日の卵焼きみたいにどこかでその味を追いかけて作れる事もあるんだ。そんな時にふっと顔を思い出して思うんだよ。俺もシャオみたいに馬鹿みたいに喜んでやれば良かったなって」
「誰が馬鹿なのじゃっ!」
瑞希はクスクスとシャオの顔を見ながら笑いだす。
瑞希はシャオに手招きすると、鞄からブラシを取り出す。
シャオはむくれた顔をしながらも素直に瑞希の側に移動する。
「怒るなよ。俺はシャオが喜んで食べてくれるのが嬉しいんだぞ?」
「くふふ。そういう事にしておいてやるのじゃ。……チサの村の連中は本当に治るのじゃ?」
「大丈夫だよ。ヤエハト村を出る前にある程度の村人を検査して皆同じ症状だったからな。食べる物が変わったら良くなるって」
「ミズキは他の病についても詳しいのじゃ?」
「全然詳しくねぇよ。俺は料理人であって、医者じゃないからな。今回のはたまたま知ってただけだよ」
「……そうなのじゃ」
「なんかあるのか? 知り合いが病気とか」
「なに……昔の話じゃよ。昔世話になった奴が病で死んだのじゃが、その時にミズキが居れば違ったかもしれんと思っただけじゃ」
「どうだろうな……俺が出来るのは料理だけだよ。その人がいたとしても、食べれそうな料理を作る事しか出来なかった筈だ。それでもどうにかしようとは思うけどさ」
「そうじゃな……」
シャオがうとうととし始めたので、瑞希は布団をかぶせて共に横になる。
シャオの寝顔はどこか寂しそうにしていた――。
◇◇◇
――お前、魔族だろ! 俺達を騙しやがって!
――違う! 魔族じゃない!
――うるせぇ! ちかよんなこの魔族がっ!
――っ痛! 止めてっ! 痛いっ!
――辞めるのじゃっ! お前等よってたかってこんな子供を虐めるてどうするんじゃっ!
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――薬草取ってきた……のじゃ。
――わしの真似をしなくても強くなるのじゃよ。お前さんが使える魔法は神様からの贈り物じゃ。大事にするのじゃ。
――こんなのがあるせいで人から虐められる……のじゃ……それに私は人なのか魔物なのかわからない……のじゃ。
――しかし、魔法があるおかげで助ける事もできるのじゃ。人が恐れるのは弱いからじゃ。弱いから自分に向けられるかもしれんと想像してしまうのじゃよ。
――でも、私がいるせいでお爺さんまで虐められてる……のじゃ。
――わしは前から変人扱いされとるからの。お主が居ても居なくても変わらんよ。むしろこんな可愛らしい子がいてくれるだけで人生に張り合いがあるのじゃよ。
――ふふふ。変なの……じゃ。
――お主の喋り方の方が変じゃよ。
――ふふふふ。
――ほっほっほ。……こふっ……。
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――誰かっ! 誰かお爺さんを助けてほしいのじゃ!
――まだいたのかよ魔族が……!
――あいつ魔族だから成長しねぇんだぞ。
――お爺さんが死んじゃうのじゃっ! 誰かっ!
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――なぁシャオ……お主は人が嫌いじゃろ?
――大嫌いじゃ……。
――わしが死んだら、好きに生きるのじゃ。しかし、人を傷つけてはならんのじゃ。
――あいつらのせいでお爺さんは死んでしまうのじゃ! あいつらが助けてくれればっ!
――ほっほっほ。なぁに遅かれ早かれわしは死ぬのじゃよ。でもシャオは優しい子じゃ。目の前に困ってる奴がいれば手を差し出してやるのじゃ。
――それなら先にあいつらがわしに手を差し出すのじゃっ!
――順番じゃよ。良い事も悪い事も順番に回って来る。シャオに取って嫌な事があったのじゃから、良い事も必ず順番が来る。初めてわしがシャオの手を握った時は良い事じゃったろ?
――嬉しかったのじゃ!
――そうか……でも、差し出したわしもシャオが喜んでくれて嬉しかったのじゃよ。
――くふふ。病が治ったらまた手を繋いで山に一緒に行くのじゃ!
――そうじゃな……。
――それから木の実も取るのじゃ! 川で魚を取っても良いのじゃ!
――……。
――寝たのじゃ? わしも一緒に寝るのじゃ……。
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――おいっ! 居たぞ!
――人なんか皆居なくなれば良いのじゃっ!
――気を付けろっ! あいつは魔法を使って――
――探しましたよシャオ~。この世界はどうでした~?
◇◇◇
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――ふと嗚咽に気付き目が覚めた瑞希はシャオが寝ながら涙を流しているのが分かったので、優しく抱きしめる。
何故か瑞希はシャオが手を握って欲しそうな気がしたのでそのままシャオの手を取り握る。
シャオは瑞希の手を握り返すとどこか安心したような寝顔になる。
珍しく人の姿のまま眠りについたシャオは、無防備に瑞希に甘える様に体を委ねていた。
瑞希はそのままシャオが深く眠れる様に意識を起こしたまま手を握り続けるのであった――。
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