糠床の作り方
瑞希は厨房に入ると、シャオに熱湯を出して貰い、そこに塩を混ぜる。
塩が溶けたのを見計らい、再びシャオの魔法で冷まして貰い、次の準備に入る。
「チサ、今日食べさせて貰ったスープの出汁を取った魚ってまだあるか? 後は海藻なんかも入ってたろ? 後はあればトッポも欲しいな」
「……こっちがマク、魚がメース。どっちも天日で干してるんやて」
チサは白っぽく天狗が持っているようなヤツデの葉の様な形をしているマクと、切り身にしており、固いメースを瑞希に見せる。
瑞希は渡された物を少しだけ割って口に含む。
「やっぱり鰹節と昆布みたいだな! こっちに来てから欲しい食材ばかり手に入るよ! ありがとうなチサ! ところでこのメースってのはどうやって使ってるんだ?」
「……? そのまま金槌で割って鍋に入れて煮込むだけ」
「それじゃ出汁が出にくいだろ? 削って使わないのか?」
「……どうやるん?」
「カンナみたいなのがあれば良いんだけど……あ、俺の鞄に調味料を入れてた瓶が空いてたな! ちょっと待ってろ」
瑞希は自分の鞄をごそごそと探し出す。
待っているチサはシャオに話しかける。
「……ミズキは色々知っててすごい。いつもこんな感じなん?」
「ミズキはお人好しな上に料理にうるさいのじゃ。でもうっかりはしてても、人として間違った事はそうそう言わんのじゃ」
「……そうなんや」
瑞希は小さな空き瓶を持って来ると、チサに金槌を借り、空き瓶を割ってしまう。
「……何で割るん?」
「本当はカンナで削れば良いんだけど、探すのも時間がかかるだろ? ガラス片でこうやって削るんだよ」
カチカチに乾いたメースにガラス片を押し当てスルスルと削っていく。
「……すごい薄い。これで出汁をとるん?」
「いや、これは糠床に混ぜて旨味を出すのに使おう。マクは適度な大きさに割れば良い。じゃあ塩水も冷めただろうから糠床を作って行こうか。こっちのボウルに糠と塩水を入れて混ぜる。糠と水の量は同量で、塩の量は一割~二割の間で調整してくれ」
瑞希が糠を混ぜると、水を吸って粘りが出て来る。
「こんな感じで混ざったらメース、トッポを入れてさらに混ぜたら一先ず完成だ」
「これで終わりなのじゃ? もう食べれるのじゃ?」
シャオは瑞希の後ろから覗き込み、ぬか床を指に着け口に入れる。
「不味いのじゃっ!」
「あほ。これはそのまま食べる物じゃねぇよ。チサ、カマチとかデエゴの皮とか、キャムの葉っぱみたいな捨てる野菜はあるか?」
「……さっきスープに入れた野菜の皮ならそこにあるで?」
チサが後で捨てようと思っていた野菜のくずが籠に入れて置いてあるのを瑞希が確認する。
「どうせ最初は食べれないから捨てる部分を有効活用しよう。出来上がった糠床を壺に半分だけ移して、野菜くずとマクを入れ。そしたら残りのぬか床を入れて、上からこうやってしっかり押して中の空気を抜く」
瑞希は残りのぬか床を壺に入れ、ぎゅっぎゅっと力を込めて空気を抜いて行く。
「後は今日の夕方ぐらいに底からしっかりと混ぜてくれ。一日二回、朝と夕方に混ぜて、四、五日したら野菜くずを新しいのと入れ替えてくれ。その時に漬かっていた野菜はしっかりと絞って、出た水分はぬか床に入れる事。大事な旨味だからな」
「変な料理なのじゃ。いつ食べれる様になるのじゃ?」
「十日ぐらいはかかるな。言った様にこれは白米を美味しく食べるための料理で、今後この辺りで脚気を出さないための料理だ。十日経てば糠床は完成するし、糠床が出来ればリッカとかカマチみたいな野菜を漬けて行くんだ。そうすれば糠漬けの完成だ! 出来た糠床は分けて、新しい糠を足せば増やす事も出来る。だからチサは今の内に糠床を作っといてくれるか? 多分他の家に分ける事になるからさ」
「……分かった。ミズキは今からどうするん?」
チサは瑞希達が居なくなると思い寂しそうな顔をする。
「とりあえずミーテルに戻って粉にする前のカパを持って来ようと思ってる。糠漬けが完成するまで糠をそのまま飲むのも嫌だろ? ペムイにカパを混ぜて炊けば麦飯が出来るからな。それまでは玄米を食べるか、麦飯を食べれば脚気の改善は出来る。食べ物が変われば自然と良くなるはずだからな」
「その後はどうするのじゃ?」
「とりあえず糠漬けが食べれる様になるまでここに止まろう。ドマルも仕事でミーテルに滞在はするだろうし、今食べられる食材で治らなかったら他の食材も探したいからな」
「……何でそこまでしてくれるん?」
「ペムイ……米ってさ、俺にとったら隣に在って当たり前な存在なんだよ。七人の神様の話はさっきしただろ? 俺の故郷にしてみても米は神様への貢ぎ物でもあるし、子供から大人まで食べた事無い人が居ないぐらいだ。故郷では昔から育てられてる作物で、もちろん今でも大事にしてる作物でさ、そんな米が急に食べれなくなってたんだ。でもチサに出会えて、親父さんがペムイを作ってくれてて、こっちでも米を食えたのが嬉しくてな。言わばその恩返しみたいなもんだ」
「……うぅ~御礼を言うのはうち等や!」
チサが瑞希に抱き着き泣き出す。
シャオもチサが泣き止むまでは引き離そうとはせず、瑞希はポンポンとチサの背中を優しく叩く。
しばらくして泣き止んだチサと一緒に、もう一度糠床を作っていると親父とサランが戻って来た。
「ただ今戻りましたっ!」
「おつかれ。どうだった?」
「皆さんお父様の言葉に半信半疑でしたけど、涙ながらにミズキさんが信用できる人物だと説明したら納得したみたいです!」
親父は慌ててサランの言葉を止めようとしたが間に合わず、サランの言葉を聞いたチサが親父を見ながらニヤニヤとしている。
「チサ、なに見とんねん? 別に泣いてへんぞ!」
「……目が赤いで?」
「こ、これは、さっきここで泣いてしもたからやっ! お前こそ目が真っ赤やないか!」
「チサもさっきまでわんわん泣いておったのじゃ」
「……泣いてへん!」
「良く言うのじゃ……お主等はそっくりなのじゃ!」
絶望している所に差した希望の光が二人を照らしているのだろう。
チサも良く笑う様になり、親父もどこか憑き物が落ちた顔をしているのであった――。
◇◇◇
時間は遡り、ヤエハト村の集会所では親父が声をかけ集まった村人でざわざわとしていた。
「集まってもらったんは他でもない! 今皆を苦しめてる病の事も、治し方もわかった!」
村人達の声はより一層大きくなる。
ざわざわとする中、村人達から誰に教えて貰ったのかという質問が聞こえて来たので、親父がそれを拾う。
「今日チサが連れて来た冒険者が教えてくれたんや! 名はキリハラ・ミズキ言う奴なんやけど、こいつの話は信用できる!」
何故何も知らない、今日来たばかりの奴の言う事が信用できるのか、前に来た医者もペムイを悪だと馬鹿にしたではないかと文句が出始める。
「ミズキはチサより美味いペムイを炊いた! 俺もそれを食うたし、それにあいつは……ペムイには七人の神様が宿ってると言ってくれたんや! ミズキが言うには太陽、土、風、雲、水、虫、それと俺等作り手が神様って言うてくれたんや!」
村人たちはしんと静まり、親父の言葉を聞き始める。
親父は瑞希にされた話がよほど心に残っていたのか、また涙を流し始める。
「俺等がペムイを作っとる事に感謝してくれて、ここらの村の風土にも感謝してる。一緒の地方に住んどる奴等からはここらでしか出てない病やから、ペムイを侮辱されたりもしたやろ? あいつはそんな事は言わず、俺等の事を神様や言うてくれてるんやぞ!?」
親父の言葉に胸を打たれたのか、村人達も涙を流し始める。
「それにや! ミズキは俺等以上にペムイを知っとる! 俺の言葉を信じれへん奴はいっぺんあいつの料理を食うてみてくれ! 俺が知っとるペムイやのに、俺が知らんペムイを見せてくれた! あいつを信じれへんなら誰を信じるんや!? それでこの病は治るんか!? 違うやろ!? 誰かの言葉を信じな治らへんねやったら、ミズキを信じた俺を信じてくれや! 頼むっ!……」
親父は涙を拭きながらも頭を下げ、皆の心を動かし始める。
村人達からは村長にそこまで言わせる人物ならばと、承諾し始めた。
それを聞いた親父からは、瑞希に聞いた病の事を話し、村は動き始めるのであった――。
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また、目標にしていた数値を超えたのがありますので、近々閑話を作りたいと思います。
詳しくは活動報告に書いておきます。