病の名前
炊き上がったペムイと、二種類の卵焼きを手に瑞希とシャオは居間に戻る。
そこではチサに教えられながら魚を一欠けら箸で持ち上げるサランが居た。
「持てたっ! 持てたよチサちゃん! あ~んっ……しょっぱいっ!」
魚を掴めた事が嬉しいのかそのまま口に入れ、しかめっ面になった顔をチサが見て笑っている。
「なんや時間かかったやないか? ペムイを無駄にしてへんやろな?」
「まさかっ! 大事なペムイを無駄にはしませんよ!」
「お、おぉ……ならええんやけど……なんや土鍋を使たんか?」
「こっちの方が慣れてますしね。後こっちはチサが作った出汁を使った卵焼きと出汁巻きです。出汁巻きはお好みでジャルをかけてお召し上がりください」
瑞希とシャオは持って来た物をテーブルに置く。
「ほな開けるで?」
親父が土鍋の蓋を開け、ぼわっと湯気が溢れる。
湯気が晴れるとそこにはキラキラと白く輝き、ふっくらと炊けたペムイが顔を出す。
「チサ、そのしゃもじ貸してくれ」
チサからしゃもじを受け取ると、瑞希は粒を潰さぬ様に切る様に混ぜ、余分な水分を飛ばしていく。
親父の食器を手に取り、ペムイを盛り付けて渡す。
同様に自分も含めた空いている食器にペムイを盛り付けて、再び瑞希は手を合わせる。
「改めまして頂きまぁす! ……美味っ!」
「わしは砂糖の入った卵焼きを食べるのじゃ!」
シャオは慣れない箸を使い、ぷるぷると手を震えさせながらなんとか卵焼きを口にする。
「おぉっ! 美味いのじゃ!」
「口に卵焼きが入ってるまま、ペムイを口に入れてみろ……って言っても急には無理か、はいあ~んっ」
瑞希は自身の器のペムイを箸で取り、シャオの口に入れる。
シャオは口の中で卵とペムイを一緒に咀嚼して飲み込む。
「美味いのじゃっ! ペムイだけで物足りないのが、卵と一緒に食べるとより美味いのじゃっ!」
「ミズキさん! 私もっ! 私もっ!」
サランも頑張って出汁巻きを口に放り込み、手を上げて瑞希にねだる。
「サランは良い歳なんだから自分で頑張りなさい」
「何で私にだけそんなに冷たいんですかぁっ!」
瑞希は笑いながらもサランの口にペムイを放り込み、サランも咀嚼して飲み込む。
「シャオちゃんの言う事がわかりましたっ! 確かにこれはペムイだけで食べるよりずっと美味しいです!」
「だろ? ペムイの味に慣れてると塩だけで食べても美味いし、ぶっちゃけペムイだけでも食えるんだけど、味覚はそこまで単純じゃないからな。ペムイはおかずがあってこそ際立つと俺は思うんだ。……あっ、感想聞くの忘れてました。どうですか?」
「……認めたくはないけど、チサが炊いた奴より美味いわ……お前これどうやって炊いたんや?」
「美味いペムイ、美味い水、適切な手順、それらが揃えば誰でも炊けますよ」
「俺らの手順が間違ってる言うんか?」
「私はあくまでも自分の知識でやっただけですから、間違いを指摘してるわけでは無いですよ」
「お前の手順はどんなのや?」
「ペムイを研ぐ時から良い水を使って研ぐ。この時に押し潰してペムイを割らない様にする。その後吸水させるために水につけます。時間は気温によりけりですが、暑い日なら三十分ぐらいで、寒い日なら一時間ぐらいですね。今日は少し短縮しましたけど。後は良い水を使って適切な温度で炊けば出来上がりますよ」
「吸水させる……?」
「他にももっと拘るならペムイの粒を合わせる人もいますよ?」
「あんな細かい物をか!?」
「拘り出したらキリがないですからね。水だってペムイとの組み合わせによっては今日のより美味しくなるだろうし、ペムイ自体を別の特徴を持つペムイと一緒に炊くと美味くなる場合もあります。もうここまで来れば好みですね」
瑞希は説明を終えると、卵焼きを口にしてペムイを再びがっつく。
親父は瑞希に説明を受けると、何故目の前の若者がここまでペムイについて詳しいのかと、考え始め、何の気無しに瑞希が作った出汁巻きを口にする。
「なんやこれ……美味いわ……」
「あ、良かったらジャルをかけてください。ペムイに合いますよ!」
親父は出汁巻きにジャルをかけて再び口に入れる。
そのままペムイをがつがつと口に頬張り込み、咀嚼する。
チサは甘い卵焼きが気に入った様だ。
「……こっちのも美味しいで?」
チサは親父に卵焼きを差し出す。
親父は咀嚼している物を飲み込むと、差し出された卵焼きを口に入れる。
オカズ感のある味があり、柔らかく焼き上げた出汁巻きより、少ししっかりとした感触の卵焼きは甘いのだが、出汁とジャルのおかげか、あまじょっぱさでペムイが進む。
親父は再びペムイにがっつく。
シャオも再び卵焼きを口にするが、ふとこの香りが何か引っかかる。
「これは、どっかで作ってくれたのじゃ?」
「いや? 俺も久々に作ったぞ?」
「この匂いどこかで嗅いだような……ま、どうでも良いのじゃ! くふふ。美味いのじゃ」
シャオは食器を口につけてペムイを押し込む様にしてなら箸も使える様だ。
そのかわり口の周りがペムイ粒だらけになるのだが。
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食事を終えた瑞希は、シャオについたペムイ粒を取りながら自身の口に運び食べる。
「シャオ、食器にも粒が残ってるぞ」
「張り付いて上手く取れんのじゃ!」
「まぁまだ箸も使えないし、しょうがないか……」
瑞希はシャオの食器を手に取ると、ペムイ粒を寄せ集め食べてしまう。
「ミズキはペムイの事になるといやに綺麗に食べるのじゃな?」
「お米の一粒に七人の神様が宿ってるって言うからな。残すとバチが当たるぞ?」
瑞希の言葉にお茶を飲んでいた親父が反応する。
「今の話はどういう意味や? 七人の神様言う奴や」
「うちの爺さんもペムイではないですが畑を持ってて、御飯時になるとそう教えられたんですよ」
「七人の神様ってのはどういうのや?」
「太陽、土、雲、風、水、虫、そして作り手。以上の七つが宿ってるって聞きましたね。要はこれを育てた人にも、これを育てた場所にも感謝を忘れてはいけないと」
チサは瑞希の言葉にうんうんと何度も頷き、親父は静かに涙を流す。
瑞希は脈絡もなく、大の大人が涙を流した事に驚く。
「いや……すまん。お前の話聞いてたらなんや泣けてきたわ……なぁ、この病はほんまに治るんか?」
「後で簡単な検査をして、それで分かれば治りますよ」
「やっぱりペムイが悪いんか?」
「ペムイ自体には問題ないですよ」
「そうか……そうかぁ……くっ」
「……おとん」
ペムイを作る地域だけで流行る病のせいで嫌な思いをしてきたのか、それとも瑞希のペムイに対する心意気に感動したのか、瑞希にはその心情まではわからないが、親父が落ち着くまではそっとしておこうと押し黙る。
「……すまんな。チサ、この兄さんを連れて来てくれてありがとうな。この兄さんの話やったら信じれるわ」
「……うちもミズキを信じてる」
「兄さん、悪いけどさっき言うてた簡単な検査言うんをしてくれへんか?」
「わかりました。では、そこの縁側に移動して貰って、腰をかけて足をプラプラと自然に浮かした状態にしてください。健常者との違いをわかってもらうためにも、チサとサランも同じ様に座ってくれるか?」
三人は縁側に移動し、座り込む。
瑞希はシャオと手を繋ぎ、座り込んだ三人の前に立つ。
「今から三人の膝に軽く衝撃を与えます。まずは実験台としてサランから……」
「ミズキさん! 最近私になら何しても良いと思ってませんか!?」
「いや、俺も魔法でやるのは初めてだからな……もし怪我をしたら直ぐに回復魔法使うから!」
「ちょっとの間でも痛いのは嫌ですよっ!」
「大丈夫大丈夫! もし失敗したら好きな物作ってやるから!」
「あ、じゃあ米というかペムイもあるので、シームカを使ったミズキさんの言ってた奴が食べたいですっ!」
「うな丼だな! 俺も食いたいっ! よし、じゃあ失敗しても良いって事で……」
「しないでくださいよ!?」
本来ならばゴムの様な物で衝撃を与えるのだが、当然そんな物は今この場に無い。
だからこそ瑞希は魔法を使い、ゴルフボールの様な風球をイメージする。
サランの膝と試しに自身にその風玉を当ててみる。
「うん。感触はこんな感じだな。痛く無かったろ?」
「自分にも当てるなら何で脅したんですか……これで何かわかるんですか?」
「いや、お前が足に力を入れ過ぎてて反応が無かったから次は力を抜いてくれ。チサと親父さんにも一度試しに当てますね……とまぁこんな衝撃が膝に来るので足の力を抜いといて下さいね?」
「わかった」
「……了解」
瑞希がサランとチサの膝に風球を当てると、当てた方の足がぴょこんと反応し、爪先が少し上がる。
「……勝手に足が動いた」
「私もです。何故親父さんには当てて無いんですか?」
「今から当てるよ。じゃあ親父さんにも当てますね?」
「おう。やってくれ」
瑞希が風球を当てても親父の足は反応を示さない。
もう一度当ててみるがやはり無反応だ。
「やっぱり動きませんね」
「どういう事や? これで検査は終わりか?」
「終わりです。やはりこの病は『脚気』という病気です。体の怠さから足の麻痺、最後は衰弱して死に至ります」
親父は立ち上がり、瑞希の肩を掴み迫る。
「兄さんの言う通りや! そうやって亡くなった奴もおる! 今も倒れてる奴もおる! 何が原因や!? どうやったら治るんや!?」
「原因はペムイです……でも「そんなあほな……」」
瑞希の肩に乗せている親父の手から力が抜けるが、瑞希は力強く親父の肩を掴む。
「最後まで聞いて下さい。この病気を治すのにもまたペムイも必要なんです」
「どういう事や?」
瑞希はより詳しく説明を始めるのであった――。
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