黒髪少女とムニエル
翌朝、サランの実家にサランを迎えに行き、弟妹達が泣きながら抱き着いたのはサランではなく、シャオであった。
手を広げたサランはその姿のまま固まり、大きな声で弟妹達に突っ込む姿は実家という事もあり、普段瑞希達に見せている大人びた雰囲気ではなく、素のサランなのであった。
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「もうっ! 久々に帰ったのにあの子達は!」
「それでも昨日は一緒に寝てたんだろ?」
「そうですよ! お姉ちゃんと寝るって四人に抱き着かれて苦しかったのに、お別れをする時にはこれですよ!」
「パッと見て年の近いシャオは友達との別れみたいで寂しかったんだろうな」
「誰が友達じゃ!」
ドマルが御者をして走らせる馬車は山を越え、草原に広がる街道を走らせている。
早朝にオラグが獲ってきたシームカは水を入れた木箱に十匹程泳がせていた。
「シームカもあんなに美味しいとは思いませんでした! ミズキさんが料理をしている所を見るのは二度目ですが、本当に料理が出来るんですね」
「男なのに珍しいって良く言われるよ。でも昨日のシームカも俺的にはまだまだぞ?」
「あれより美味くなるのじゃ!?」
「おうっ! 調理してる時に話してた調味料を使って蒲焼にして80点って所だな」
「後の20点は何が足りないのですか?」
「これも前に言ってた米があればうな丼ならぬ、シームカ丼にできるんだ! これが作れたら99点だな!」
「それでも1点足りんのじゃ」
「料理に完成はないからな! もっと美味い調味料や食材があればより美味しい物が作れるだろ?」
「あんなに美味しいのに……」
「お客さんが満足するのは良いと思うよ? でも料理人が満足してしまったら進化は出来ないだろ? どの仕事でもそれは同じだと思うけどな」
「ミズキさんは貪欲ですね」
サランは笑顔を見せながら答える。
四人を乗せた馬車は西へ西へと走らせて行く――。
◇◇◇
瑞希達が出て行ったキーリスにある城の中では今日もミミカが不満そうにしている。
「私もマリジット地方に行きたいー!」
「ミミカ? 今はそんな事より魔法を覚える事が大事でしょ? 折角バラン様も勉強の一環として認めて下さったのですから」
「だってぇ~……」
「あなたが魔法をきちんと使えたならゴブリンに攫われた時もどうにかなったのでしょう?」
「うぅ……それはミズキ様も言ってたわ……」
「なら遠出をする前に自衛をする術を覚えるのが先よ。今頃アンナもジーニャも必死になってるわ」
「アンナは分かるけど、ジーニャも?」
「あの子はなんだかんだ筋が良いから覚えも早いらしいわよ? 貴方は守られる立場に生まれて来たけど、本当にそのままで良いの? ミズキさんにいつまでも守って貰うばっかりで良いの?」
ミミカはテミルの言葉が突き刺さり、顔を伏せる。
しかし、再び顔を上げた時の両眼には力強さが感じられた。
「じゃあもう一度魔力を体に循環させましょう」
「はいっ!」
ミミカは目を瞑り瞑想をする。
いつまでも守って貰うのではなく、瑞希達と肩を並べて旅をするため、父を安心させられるような強い娘で居られるために、テミルの教えの元、魔法を学んでいく――。
◇◇◇
――野営をしつつ、キーリスから馬車を走らせて早一週間が経とうとしていた。
本日も野営をするための準備を終え、瑞希はタープル村で貰い、道中で捌き、シャオの魔法で凍らせていたシームカを解凍し調理をし始める。
その姿を見るシャオとサランは本日の献立が気になる様子である。
「今日は何を作るのじゃ?」
「ん~シームカのムニエルにしてみようかと思ってな。後は道中の馬車で捏ねてたパン生地があるからパンを焼いて、野菜のポタージュスープにしようかな」
「パンとスープは分かるが、むにえるというのはなんじゃ?」
「ムニエルは調理法の名前だな。簡単に言えば、食材に味付けして、粉を振ってバターで焼けば良いんだよ。細かな手順もあるけどそこは一先ず置いとこう。シャオはパンを焼いてくれるか?」
「分かったのじゃ!」
「なら私は野菜の皮を剥いておきますね?」
「助かる! 下拵えが済んだらスープに取り掛かるよ」
瑞希は解凍したシームカに塩、胡椒をしてカパ粉をまぶしていく。
シャオは瑞希に言われるまま、パン生地を細く延ばして木の棒にグルグルと巻いて行く。
野営を重ねる内に覚えたのだ。
サランは、グムグム、カマチ、パルマンの皮を剥いて行く。
瑞希はサランが剥いた野菜を細かく切ると、鍋に少な目の水を入れ煮込んでいく。
シャオは火球を出し、手に持った木の棒をくるくると回しながら遠火で焼いて行く。
「ではでは、スープの仕上げは直ぐにできるからシームカを焼いて行こうかな!」
瑞希が鉄鍋にバターを落とすと、シャオが小さ目の火球を出す。
サランは既に見慣れてきたが、合図も無く行動を起こす二人の関係が微笑ましく思えた。
「パンも焼けたのじゃ! 火加減はどうじゃ?」
「ばっちりだ! バターが溶けたら皮目からパリッと焼いて行こうか」
鉄鍋にシームカを下ろすとじゅわっという小気味良い音と、バターの焦げる香りが辺りに広がる。
瑞希は鼻歌を歌いながらシームカを焼いていると、シャオがピクリと反応し、声を出す。
「そこの近づいて来る奴! 何か用があるのじゃ!?」
その声に、瑞希とサラン、ボルボの側に居たドマルが反応し、シャオの向いている方向に目を凝らす。
暗闇の草原の中から、ずるずると這いつくばった黒髪の少女が現れた。
「……お腹空いた……ええ匂いがするから……来た」
「腹減ってんのか? じゃあお前も食べるか?」
瑞希は何の気無しに声をかけるが、シャオが怒りだす。
「ミズキ! 見ず知らずの奴に食べさせるのは危険なのじゃ!」
「こんな子供がお腹空かせて倒れてるのにほっとけるか! それに何かあっても俺はシャオを信頼してるから大丈夫だ!」
「うぬぬ……お主、わしらに危害を加えるつもりは無いのじゃろうな?」
「……無い。……御飯食べたい」
黒髪少女は瑞希の焼くシームカの香りに当てられたのか、だらだらと涎を垂らしながら瑞希達に返事を返す。
「さすがに大丈夫じゃないかな? じゃあ君もこっちに座りなよ」
「……ええの?」
「(関西弁?)良いよ。ほら、立ち上がれるか?」
瑞希は鉄鍋を置き、黒髪少女に手を伸ばす。
黒髪少女は瑞希の手を掴み、引っ張り起こされると、ドマルとサランの間に三角座りをして食事を待つ。
「じゃあスープにモーム乳とバターを加えて、シャオ」
瑞希はシャオの手を握り、ハンドブレンダーの様な魔法を使って、スープの中身をドロドロにかき混ぜてから味付けを施し、瑞希から鍋を受け取ったサランがカップに注ぐ。
さらに瑞希は作り置きにしておいたマヨネーズにリッカと言われる胡瓜に似た野菜の酢漬けを刻んで混ぜ、昼の残りの茹で卵も刻んで混ぜる。
「まよねーずに何で具材を混ぜるんじゃ?」
「マヨネーズはそのままでも美味いけど、組み合わせると美味いソースにもなるんだ。これは簡単なタルタルソースだけど、ムニエルにも合うんだよ」
焼き上がったシームカを皿に乗せ、シャクルを小さくカットした物を添え、タルタルソースをかけると、瑞希以外の前に差し出す。
「ミズキのが無いのじゃ!」
「腹空かせてる子が先に食べれば良いよ。俺のは今から焼くし、どうせ皆もおかわりするだろ?」
瑞希は旅の途中に何度も料理を作っているが、おかわりを求められない日は無かった。
それは料理人として誇らしくもあったので、見透かされている仲間の苦笑混じりな顔もまた嬉しかった。
黒髪少女は目の前に料理を置かれて、じゅるりと涎を垂らす。
「いきなり固形物を食べる前にスープを飲んで、胃を起こしてからにしろよ? その様子だと何日か食べてないんだろ?」
「……」
黒髪少女は瑞希の言葉にコクリと頷く。
「じゃあ俺も食べながら作るか。いただきます」
瑞希の言葉にシャオ達も続いて声を出す。
黒髪少女はキョロキョロと周りを見て真似をする。
「……いただきます?」
黒髪少女はカップに口を近づけて、ふぅふぅと息をかけてから啜る。
野菜とモーム乳の優しい甘味が口に広がり胃に染み渡って行く。
「……美味しい」
「そりゃ良かった! 胃が落ち着いたらそっちの魚とシャオが焼いたパンも食べな」
「……ん」
パリッと焼かれたシームカを切り分け口にする。
シャオもタルタルソースを乗せて大きく口を開いてパクリと口に入れると幸せそうに咀嚼する。
「ただ焼いた白焼きも美味かったが、ばたーの風味が付くと雰囲気ががらりと変わって美味いのじゃ!」
二回目を焼き終えた瑞希もシームカを口にする。
「うなぎをムニエルなんてレシピは見た事あったけど、実際に作ったのは初めてだ……美味いな!」
「初めてなの!? なのにこんなに美味しいの?」
「ミズキさんでも初めての料理はあるんですね」
「ムニエルって調理法は何度も作ってるけど、シームカと似たうなぎは高級食材だったからな! それにどうせならうな丼にして食べたくなるしな。どうだ? 美味いか?」
瑞希は黒髪少女に尋ねながら目をやると、既にシームカを食べ終えた様でシャオの焼いたパンを食べている。
「ミズキを無視をするとは良い度胸なのじゃ……」
シャオがゆらりと立ち上がりそうになるが、黒髪少女はボソリと呟く。
「……しい」
「なんじゃ?」
「スープも……魚も……パンも……全部……美味しい」
黒髪少女は満面の笑みで再びパンを口に運ぶ。
「くふふ。なら良いのじゃ」
「まだ食べるか? シームカならまだあるぞ?」
「……食べてええの? ……次は魚だけで食べたい」
「ありゃ? タルタルソースは苦手だったか?」
黒髪少女は慌てて首を振る。
瑞希は首を傾げながら黒髪少女の皿にムニエルを乗せる。
黒髪少女はポーチの様なバックから小瓶を取り出す。
「……魚にはこれも美味しい」
黒髪少女は小瓶から液体を垂らすと、再びシームカを食べ始める。
幸せそうに食べる黒髪少女に中身が気になった瑞希が尋ねる。
「それは調味料だよな? ちょっと貰っても良いか?」
「……外の人には教えたらあかん……やから秘密な?」
「わかった」
瑞希は黒髪少女から小瓶を受け取り、手に少し垂らす。
淡い色をした液体を口に含むと、瑞希は思わず立ち上がる。
「急に立ち上がってどうしたのじゃ!?」
「し、醤油だ……醤油だっ! そりゃ魚には合うだろ!?」
ここまでテンションが高い瑞希を見るのは初めてな三人は驚く。
黒髪少女は幸せそうに醤油に似た調味料をかけたシームカのムニエルを満面の笑みで食べ続けていたのであった――。
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