シームカと瑞希の調理法
オラグが獲ってきた魔物を瑞希とシャオが観察していると、オラグは不安そうに瑞希に尋ねる。
「どうですか? 心当たりはありますか?」
「私の知っている物よりは大きいですが、想像通りの魔物でしたので大丈夫ではないでしょうか?」
「昔こやつを食べた時に……むぐぐっ!」
瑞希は咄嗟にシャオの口を両手で抑える。
「昔ですか?」
「私達は旅をしながら料理をするので、妹も小さい頃に食べた事があるんですよ! とりあえず調理してみますので、やり方が決まったらお教えしますよ! 漁でお疲れでしょうから調理は私達にお任せください!」
オラグは瑞希にそう言われると、居間の方に行き、瑞希は抑えていた両手をシャオから離す。
「ぷはっ! ミズキ、何をするのじゃっ!」
瑞希はちらりとサランを見るが、キアラも知っている事だからと軽くサランに説明する。
「……というわけで、サランには説明し忘れてたけど、あまり他言もして欲しくない話だから内々に秘めといてくれ」
「はぁ……まぁシャオちゃんが普通に魔法を使ってる時点で只者ではないと思っていましたが……」
「シャオも、昔話を急にすると変に思われるだろ? それともおばあさんの様に扱おうか?」
「誰がばあさんなのじゃ!?」
シャオは笑いながらからかう瑞希にポカポカと兄妹喧嘩の様に両手を使い交互に叩く。
その光景を見ていたサランはドマルに話しかける。
「あの、先程の話をされても二人は兄妹にしか見えないのですが?」
「僕も多分二人とは一番付き合いが長いけど、最初から兄妹にしか見えてないよ。だからそれで良いんじゃないかな?」
ドマルはいつまでも続ける二人を宥め、調理にかからせた。
「という訳で、こいつの名前は分からないんだけど、シャオはわかるのか?」
「こやつはシームカという魔物じゃな。昔食べた事があるのじゃが、その時は口が腫れたのじゃ」
「お前なぁ……なんでも口に入れちゃ駄目だぞ?」
「若かったからしょうがないのじゃ! それに大して美味くも無かったのじゃ!」
「やっぱり死んでからも攻撃してくるような魔物なんですか?」
「さすがにそれは無いんじゃないかな? ミズキの見解はどうなの?」
「正解は毒だろうな。俺が知ってる鰻っていう生き物も血に毒があって、それが目に入ったり、口に入ったりすると毒が回るんだ。オラグさんの時は暴れたって言ってただろ? 捌く時に暴れて血が目に入ったんだと思うんだ。シャオはそのままかじり付いたんだろ?」
「その通りなのじゃ。じゃあやはりシームカは食べるに値しない魔物なのじゃ」
「ところが俺の故郷じゃ高級食材なんだよな! 早速調理してみようか!」
瑞希はシームカの入った籠に手を突っ込み、首元に爪を立てて引きずり出す。
にょろにょろと暴れるシームカをまな板に乗せると首筋に包丁を入れ締める。
「そうしたら次は、頭に細い釘でまな板に打ち付けて固定するんだ。後は首筋から中骨に当たるまで包丁を入れて、背中から尻尾までこうやって開いて行く……」
固定されたシームカは瑞希の手によって身が開かれていく。
瑞希はそのまま内臓を取り出すと、中骨に包丁を沿わせて綺麗に取り外した。
「ほい、これで完成! この血に毒があるんだけど、熱には弱いから捌き終わった包丁やまな板は綺麗にしてから熱湯をかけて消毒しておく事が大事だ。この中骨も骨せんべいにして食べれるし、肝は吸物……つまりスープにして食べる事も出来る。今日の所は止めておこうか」
瑞希は説明を終えると、切り取った身を水で洗い、次々と串を打っていく。
「こんな事もあろうかと串を作っといて貰って良かったよ。こうやって串を打ったら軽く素焼きをしてから、さっき火にかけて置いた蒸し器で一度蒸すんだ」
「あの、ミズキさん、蒸し器ってなんですか?」
瑞希の調理に目を奪われていたサランが我に返り、自身の知らない調理器具の説明を求めた。
「さっき竃に置いた鍋は二重構造になっていて、下から湧き上がる蒸気で食材に火を通すんだ。茹でるのと違って水に栄養とかが流れないし、焼くのと違って水分を保ちながら熱を通せるのが特徴だな」
瑞希は説明を終えると次にシームカを捌き始める。
先程とは違って腹から開く方法で捌いて行くと、それに気付いたシャオが瑞希に尋ねる。
「何でさっきは背中からで、次は腹から開くんじゃ?」
「さすがシャオ、良い所に気付いたな! 次のシームカは腹開きをして、蒸さずに直接焼いて行こうかと思ってな!」
「ミズキ、蒸す必要はないなら何でわざわざ蒸すのさ?」
「その違いを確かめるのも必要だろ? 俺の故郷でも二通りのやり方があるけど、俺は蒸した方が好きだな」
「背中から開くのと腹から開くので味は変わるのじゃ?」
「味は変わらないだろうけど、俺の故郷じゃ意味はあったぞ? 俺の故郷じゃ昔は悪い事をした人は切腹って言って自害させたんだよ。腹から開くのはそれを連想させるから背開きになったらしい」
瑞希の話を聞いた三人はぞっとした表情で瑞希を見る。
「嘘を付いたら針を飲まされ、悪い事をしたら自害をさせられる……つくづくミズキの故郷は怖いのじゃ」
「昔の話だよ! 今はそんな事ないって!」
「なら腹から開くのも意味があるんですか?」
「さっき言ったのは武士……つまり兵士の街の習わしだったんだけど、腹開きをするのは商人の街の習わしだな」
商人と言う言葉を聞いてドマルが反応を示す。
「商人が関係するの? 腹開き……腹を開く……商人……あぁわかった!」
「さすがドマル、現役の商人なだけあるな!」
「こじつけだけど面白いね! 背開きは悪いイメージを連想するのと逆で、良いイメージを連想してるのか~」
ドマルが納得してもシャオとサランは頭を抱えている。
わからなくて苛々しだしたシャオはドマルに当たり始める。
「わからんのじゃ! ドマル! 早く教えるのじゃ!」
「私も分かりません……」
「腹開き……つまり腹を割るって事だよ。商人同士は腹を割って話してお互いの情報を交換すると自分の商売で使える事があるんだよ」
「正解っ! ドマルが言った様にこじつけだけど面白いだろ? 料理の成り立ちにはその時の文化が関係するんだ。そうやって蘊蓄を覚えておくと接客する時の話題にもなるだろ?」
「すごいっ! シームカにもそういう成り立ちが生まれますか!?」
「これを食べて美味かったら皆に愛されるだろうし、愛されたら長く続いて行くだろ? そうしたら成り立ちが生まれて行くんじゃないか? 料理を遡ると歴史に繋がって行くからな。誰々が愛した料理とか、何処何処で生まれた料理とかな」
「じゃあわしが愛するはんばーぐも歴史になるのじゃ!」
「シャオが偉人になればそうかもな! そうこうしてるうちに二匹ずつ捌いたから、次は素焼きをしてから、背開きの方は蒸して行こうか」
瑞希は竃に網を置き、シャオが魔法で火を熾す。
あまり近づけ過ぎない様にシャオと喋りながら焼いて行き、表面が焼けた背開きのシームカを蒸し器に入れる。
「こっちの腹開きのはそのまま焼いて火を通すんだ。今日は仕方ないけど白焼きにして塩で食べて見ようか」
「その言い方だと他の食べ方もあるみたいだね?」
「これはこれで美味いけど、やっぱり蒲焼きが好きだな。でも作ろうにも必要な調味料がないからな……」
「それがあればどうなるのじゃ?」
「俺のレシピが解放されるな。シャオにも色々作ってやりたいな、オーク肉なら角煮、酢豚、炒め物全般。モーム肉ならこの間のシャリアピンステーキも美味しくなるしな。スープにも使えるし、バニラアイスにかけても美味いっていう人もいるし……」
瑞希が挙げるまだ食べた事のない料理名にシャオが想像しながら涎を垂らす。
「魔法の様な調味料なのじゃ! 早く見つけるのじゃ!」
「それがモノクーン地方では見つけられなかったんだよな。でも地方が変われば文化も変わるだろ? さっき言ったように文化が変われば料理が変わる。料理が変われば食材や調味料も変わるんだ。だから旅をして色々な食材と出会えるのが楽しいんだ!」
「それを手に入れたら色々作って欲しいのじゃ!」
「当たり前だ!」
シャオはぴょんぴょんと跳ねながら瑞希と一緒にまだ見ぬ料理を瑞希におねだりする。
かわいらしいその姿を見てサランはより一層本当の兄妹に見えてくる。
いや、出会いはどうあれ最早本当の兄妹なのだろうと思いながら、焼き上がるシームカの香ばしい香りに鼻腔をくすぐられるのであった――。
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