シャオの存在
瑞希がシャオのもふもふをして双方ともに癒されていると、御者をしているドマルが話しかけてきた。
「ミズキさん。僕が今目指してる街は、このモノクーン地方の北にあるキーリスという街なのですが、今日は途中にあるココナ村で一泊しようかと思います」
「結構歩いてたんですが、人がいる所まで結構かかるんですね?」
「とりあえずその村にも小さいですが冒険者ギルドもありますし、ゴブリン討伐のお金でミズキさんの防寒着を買いましょう。それと、僕とミズキさんの仲なんですから敬語は良いですよ!」
「じゃあお言葉に甘えて。ドマルも楽に話してくれて良いよ?」
「ありがとうミズキ……。あはは、なんか照れ臭いね!」
お互いが照れ臭さを噛み締めながらにやにやと会話をしていると、シャオが人間の姿になり会話に参加してくる。
「あの果実は売れんのか?」
「ミズキ、果実って何の事?」
瑞希はごそごそとリュックの中から渋くて食べれなかった果実を取り出す。
「これなんだけど、ドマルはこれが何の果実かわかるか?」
ドマルは瑞希に差し出された果実を御者をしながら確認する。
「あ~。これはウテナの実だね。渋いから誰も食べないし、これを食べるとのんびりモームが走り出すってぐらい不味いんだよね」
「加工して食べたりしないのか?」
「モノクーン地方では結構どこでも取れる実だし、他にも食べる物はあるし誰も食べないんじゃないかな?」
「てことは、取る奴もいないし、美味しく食べられる様にすれば行商で売れる商品になるかもしれないか……」
瑞希はシャオに聞いた食べられるという言葉を思い出していた。
食材として考えられるなら何とか美味しく食べれる様にしたいのが料理人の性というものだ。
「ドマル、何か紐みたいなのもらえないか? シャオ、後で魔法で熱湯作ってくれ」
そう言うと瑞希はリュックの中の包丁ケースからペティナイフを取り出し、シュルシュルとウテナの実の皮を素早く剥いていく。
「ほ~! すごい早さで剥いていくもんじゃの!」
「これぐらいできないと、俺が働いていた店では仕込みが終わらないからな」
「ミズキ、紐はそこの奥の袋に入ってるから自由に使っていいよ」
瑞希は皮を剥き終えると、紐を取り出しウテナの実を次々と紐で結んでいく。
「出来た。シャオ、水の球体を出してから、そこに火を足して熱湯に出来ないか?」
「出来るのじゃ! ちょっと待つのじゃ」
シャオは左手で水球を出すと、右手で火球を出し、水球の中に入れぼこぼこと沸騰させる。
「言ってはみたものの、本当にシャオってすげぇな……」
瑞希は紐で縛ったウテナの実を数秒ずつ順番に漬けていく。
「これは何か意味があるのじゃ?」
「保存食の基本で殺菌だよ。これをしないとカビたりするんだ。代わりに酒で洗っても良いし、中には殺菌しなくても良いってレシピもあるんだけど、俺がばあちゃんに習ったやり方は熱湯だったんだ。ドマル、これ馬車の後ろで干しといても良いか?」
「良いよ~! 聞いたこともない方法だね! 出来たら僕にも食べさせてよ!」
「わしも! わしも食べたいのじゃ!」
ドマルとシャオの二人は興奮が抑えきれない様なのだが、瑞希から残酷な言葉が放たれる。
「そりゃもちろん真っ先に食べてもらいたいのは山々なんだが……。出来上がるのに十日間ぐらいかかるぞ?」
ドマルとシャオはがっくりと肩を落とした。
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衝撃の事実を告げられ、ふてくされたシャオは猫の姿になり瑞希の膝の上で丸まっていた。
そんなシャオを撫でながら瑞希は一つ面白い事を思いつく。
「要はウテナの水分が飛べば良いんだよな……。シャオ? このまま干していても時間をかければできるんだけど、魔法を使えば早めることは可能かもしれないぞ?」
瑞希が作ったものを食べてみたいという純粋な好奇心が折られたシャオは、瑞希の言葉に耳を傾ける。
「俺の世界にはフードドライヤーっていう食べ物を乾燥させる便利な物があるんだけど、要は温かい風を食材に当てることでさっさと乾燥させちまえって物なんだ。シャオならさっき熱湯を作ったみたいに、風と火で温風を作る事ができるんじゃないか? まぁそれをしても三日間ぐらいはかかるかもしれないけど……」
ぼふんっ。
「やってみるのじゃ!」
そう言うと、シャオは干ウテナの方に手を突き出し、魔法を発動させる。
「おぉ! あったかいな! 理想は温かい風の中でくるくるとウテナが回る様にしてくれたら良いんだけど……」
「こんな感じかのう?」
シャオはいとも簡単にぶら下がっているウテナを取り、自身の前でくるくると回し始めた。
「本当にシャオってばすごい子……」
瑞希は半分呆れながらシャオの頭に手を乗せる。
「ふふん。元の姿の方が魔法は使いやすいんじゃが、これぐらいどうってことないのじゃ」
「フードドライヤーの場合は温風にあてながら三日間ぐらい放置してりゃ出来るんだけど、ずっと魔法を使う訳にもいかないし、暇な時に魔法で乾かしたら、普通に干しとくよりはぐっと早く出来るはずだ」
「三日間ぐらい余裕で続けられるのじゃ」
「だ~め! ココナ村に着いたら魔法は使わない約束だろ?」
むむむ、とシャオはうなるのだが、瑞希はさらに声をかける。
「それに、村に着いたらまずは食事にしよう! 俺も腹減ったし、シャオの好きな食べ物とか、嫌いな食べ物とか知りたいしな。猫が食べれないものとかもあるだろ?」
「お主が猫と言っておる動物をわしは知らんのじゃが、人間が食べれる物は何でも食べれるのじゃ!」
この見た目で猫じゃなかったらなんなのかと思い、瑞希はドマルに話しかけた。
「ドマルに聞きたいんだけど、シャオみたいな動物か魔物に心当たりはあるか?」
「ん~。エチュっていう動物に似てはいるけど、エチュには尻尾がないし、大体喋れないよ。喋れる魔物っていうのも聞いた事がないね……」
「エチュなんかと一緒にするでないわ! この人間め!」
「ごめんなさいっ!」
びくっとしたドマルは馬車を蛇行させてしまう。
「じゃあシャオはなんなんだよ?」
「わしにもわからんのじゃ。物心がついた時にはもうあの人に拾われておったしの。あの人も教えてくれんかったし、わしも別段気にしておらんかったのじゃ。一度あの人の気まぐれでこの世界に放置されたが、生まれがこの世界なのかもわからんのじゃよ。」
「う~ん……。俺の世界にはさ、猫っていうシャオにそっくりな動物がいっぱいいたんだよ。そいつらが長生きすると化け猫になって、尻尾が二本になるんだよ。でも空想上の生き物だしな……」
「お主はわしが何者か知りたいのか?」
「いや、ぶっちゃけ別にどうでも良い。シャオが何者であってもシャオには変わりないんだろ? 便宜上はもふもふが好きな猫だと思っとくよ」
「ぐぬ……。わしもそれで良いのじゃよ」
シャオは先程行われたもふもふの感触を思い返すのであった――。