表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/18

song.8 歌姫と従者の買い物



「そうだリデル、ルカと一緒に街に下りて買い物をしてくるといい。」

「街に買い物…ですか?」


先ほどまでうなだれていたユリウス様がぱっと顔を上げた。

なんだか疲れてるみたい…?


「しかし王。俺とアリスが出たらこの城に一人だぞ。

 …一人で留守番はできるのか…?」

「待て、ルカは俺のことをなんだと思っている?」


二人そろって真面目な顔をしてそんなことを言うから笑ってしまう。

でも確かに、私とルカ様が出かけたらユリウス様は一人になってしまう。

誰かが侵入してこないとも限らないのに、危険なんじゃ?


そんな私の顔から何かを感じ取ったのか、ユリウス様は席を立った。

そして、広間から出て行ったかと思うと数分後一枚の紙を手に戻ってきた。


「ルカ、これが今不足しているものだ。なかなかに困るだろう?」

「ふむ…確かに、食品のみに気を取られていたが、生活用品があったか。

 うん…なるほどな。よし。」


ユリウス様は持ってきた紙をルカ様に渡す。

ルカ様は内容を確認すると、私のほうを向いて不気味なくらいににこりと笑った。


「さて、行くかアリス。」



ルカ様はお城から出るときにポンチョを着せてくれた。

森を抜けたら絶対にこのフードを脱いではいけないと言って私を抱き上げて森の中を進んだ。

ルカ様に抱き上げられてこの森を歩くのは二度目だ。

はじめは何が起こってるのかわからなくて、ただただ怖かったことを覚えている。

でも、今では。


「アリス?もし嫌だと思ったらすぐに言うんだぞ。

 恐らくお前を追っていた奴らはいないだろうとは思うが…」


眼鏡の奥のエメラルドグリーンの瞳を心配そうに細める。

…いや待って?

私結構序盤からルカ様のこと信頼しきってた気が…?

あれ…私…


(ちょろすぎ…!?)


「アリス?どうした。やっぱり外出は控えて…」

「いえ!違うんです!ただ…ちょっと…自分のことで…悩んでたというか。」


まあ、無理をしていないならいいが…と心配そうに私の顔を見る。

えぇ本当に。無理はしていないんです。

ただ自分に絶望していたというかなんというか…



ルカ様に抱き上げられたまま揺られることおよそ十分後。


「さぁ、森を抜けるぞ。フードを握っておけアリス。」

「はい、ルカ様。」


目の前がまぶしく光り輝いている。

もう森を抜けるんだ。

ぎゅっとフードを握る手に力を込める。

もしこのフードが脱げてしまったら。

私の顔を知る人がいたら。


やっと居場所を見つけられたのに。

また私は逃げなければいけない。殺されるかもしれない。

目を閉じると、昨夜見た夢の女性の声が反芻される。

「殺さなきゃ」

どうしてこんなに鮮明に覚えているの…!


「アリス」


名前を呼ばれる。

ぱっと目を開きルカ様の顔を見上げると

ちゅっとおでこにキスを落とされる。


「は…!」


驚きで口をぱくぱくさせていると、ルカ様は優しく微笑んだ。


「何も怖がることはない。俺がそばにいるだろう?」


優しさの次に見せたのは自信と力強さだった。


「…はい、ルカ様!」


そうだ。大丈夫。

今はもう一人じゃない。

ルカ様がいてくれる。それにきっと…


(ユリウス様だって…)



街のざわめきが聞こえる。

シレジア王国の街はいったいどんなお店が並ぶのだろう。

ルカ様の腕の中から、ちらりと街の様子をうかがう。


「わぁ…!」


その街は活気にあふれていた。

行き交う人も、お店の売り子をする人も、皆笑顔だった。


「すごいですね…!」

「そうだな。ここはいつ来てもこんな感じだ。

 さぁ、買い出しに行こうか。」


ルカ様は私にユリウス様からもらったメモを渡し、それを上から読み上げていくように言った。


「それだったら…隣の通りからか。」


ルカ様はくるりと方向をかえ、するすると人の間を通り抜けて違う通りに入る。


「気になる店があれば声をかけてくれ。少しくらい寄り道をしたって怒られやしないさ。」


まるでいたずらを思いついた子供のような無邪気な笑顔でルカ様は言った。

私もフードをもう一度深く被り、楽しみで高鳴る胸を押さえながら、力強く頷いた。














同時刻。魔王の居城では。




「あぁ…足音が聞こえてしまった…」


魔王は一人になった城で大きくため息をついた。

先ほど、ヴェローネのご令嬢に手紙を送った。

するとものの数分後に「すぐそちらに行く」という旨の手紙が届いた。


あの活動的なご令嬢のことだ。今日中には来るのだろうと思っていた。

だがそれは間違いだったとすぐに気づく。


「まだ手紙を出してから二時間しか経っていないのだが…!?」


早い。あまりにも早すぎる。

あちらの住居とこちらの住居はそこそこ離れた場所にあったはず。

それなのにこのスピードはなんだ。

前々から待機していたとか?

いやそんなことはないはずだ。

だって、こちらだって気づいたのは昨日今日の出来事。

なんだってそんなに……


「失礼いたします、シレジア様!」


あぁ、来てしまった。

玄関の戸をたたく音と、よく通る女性の声。


痛む頭を押さえ、玄関の戸を開けるため立ち上がる。

…やはりルカを外に出したのは失敗だったか…?

だがリデル一人を外に出すわけにはいかなかったし…


いや、今更そんなこと考えたって仕方ないか。

首を振り、気持ちを切り替える。


「シレジア様!もし開けていただけないようでしたら、この扉ごと爆破_____」

「待て、開ける。開けるから!!」


この女性は城の中の移動時間というものを考慮していないのだろうか。

玄関を爆破されてしまってはたまらないと、慌てて玄関の戸を開ける。


すると目の前には、吊り上がった目尻はそのまま。

唇を悔し気に噛み、手を体の前で組んだ令嬢の姿があった。

彼女はついと顔をあげ、俺の目を見る。と同時に


「ごきげんよう、シレジア様。さあリデル・ローレンはどこ!?」


と挨拶もそこそこに俺のほうへ詰め寄る。


「あの…ひとまずおちつ…」

「落ち着けるわけありませんわ!何のためにわたくしが急いで来たと思ってますの!」


きっと吊り上がった目尻をさらにつり上げ睨み付ける。

もうお手上げだと思い、両手を上げると、彼女の背後に疲れ切った男性二人の姿が見えた。

そのうちの一人、背の低い鮮やかな橙色の髪を持った青年と目が合う。

これ幸いと目で助けを求めるが、俺と同じように両手をあげ静かに首を横に振った。

さらにその横、褐色肌のもう一人の青年に目を向けるが、彼に至っては目すら合わせてくれない。


(どうしたものか…)


天を仰ぐ。

俺には女性のリードは無理かもしれない…

自信を無くし諦めかけていると、やはり見捨てることは良心が咎めたのか、橙色の髪の青年が近づいてきた。


「おい、パトリシア。お前が急ぐ気持ちもわからんでもないがとにかくその手を放していったん離れろ。」

「ん…?あら、ごめんなさいシレジア様。こんなに近くに寄っていたなんて。」


パトリシアと呼ばれた令嬢はあっさりと俺の胸元を掴んでいた手を離し、俺から距離をとる。

そしてこほんと一つ咳払いをして、佇まいを直して俺に向き直る。


「さぁ。改めてシレジア様。リデル・ローレンをこちらに。先ほど手紙でこちらにいると伺いましたわ。」


真剣な目。

おふざけでもなんでもない。この令嬢は本当にリデルを探してここまで来たのだ。

だが生憎。


「すまないが、リデルはつい先ほどうちの従者とともに街に下りたところだ。」

「…は?」


そういうと、令嬢は毒気を抜かれてしまったのか、はーーーーーーーと大きく息を吐く。

そして顔を上げると


「先ほど手紙をお送りしましたわよね?

 …すぐ伺いますと…」


静かに、怒りの表情を浮かべていた。

後ろの二人もさすがにこれはフォローできかねると踏んだのか素知らぬ顔だ。

褐色肌の青年に至っては既に積み荷をほどく作業に取り掛かろうとまでしている。


「…それは、すまなかった。

 お詫びと言っては何だが…ぜひ中に入って二人の帰りを待っていてはくれないだろうか。」


そういうと、金色の睫毛をぱちりとまたたかせ、「シレジア様がそう言ってくださるのなら!」とにこやかに笑い、馬車から自分の手荷物を取り上げ俺の後につく。

橙色の髪の青年は「ご迷惑をおかけする…」と申し訳なさそうに頭を下げ、令嬢の後に続いた。

そして褐色肌の青年は、馬車の置き場や持ってきた荷物のあらかたの説明をして、橙色の髪の青年の右後ろにつく。


(あぁやっぱり…)


二人を送り出したのは失敗だった…と魔王は一人になった玄関で空を仰いだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ