表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/18

page.1 とある従者の追憶



俺には、前世の記憶がある。



俺の前世は一般的な高校生。

…いや、少々特異な趣味は持っていた。

生まれは日本。

家族構成は、父と母。姉が二人と妹が一人の六人家族。

お涙頂戴の悲劇はなく、ただ普通の家庭だった。


ある日姉と妹に勧められて(半強制的に)乙女ゲームなるものを手に取った。


「亡国の王子と救国の歌姫…?

 なにそのコテコテなネーミング…」

「いいから!やってみてって!」


にまにまと唇の端を釣り上げ、俺を無理やりテレビの前に座らせる。

姉二人は背後のベッドに腰かけ、妹は俺の横に座り興味深そうにテレビを見つめる。




よくある物語だと思った。

平民の生まれの主人公は、実は侯爵家の娘で、特殊な力を持っていて、それは世界を救えるほどの強大な力で…

そして、その力を使って世界を救った後、素敵な王子様と結ばれてハッピーエンド。おしまい。


ため息が出る。どうしてこんなものを姉たちは俺にやらせたんだ?

くるりと背後の姉たちを見る。

すると二人そろって笑った。


「あれ、一番王道なカイリ様ルート行かなかったんだ?

 それルートが一番面白いのに!」


くつくつと楽しそうに「ねー」などと言い合っている。

妹も俺の腕を引き「それ、見てみたい!」などと言い出す始末。


「あいつらに見せてもらえばいいだろ」

「だってお姉ちゃんたち勝手に進めちゃうんだもん!

 私がいない間にやっちゃうのよ」


頬をぷくりと膨らませ、俺に寄りかかる。

なるほど。姉に虐げられているのは俺だけだと思っていたがそうでもないらしい。

ため息をつき、分かったよ、というと妹は花が開いたかのように笑った。


カイリ様とは。

主人公の父親と仲の良いローレン伯爵の一人息子。

傲慢ちきで、強い独占欲。それでいて飽き性。

だが、そのルックスと二次元というフィルターがかかったうえでの独占欲は一途に繋がるらしく、なぜか人気が高いキャラクターだった。

おそらく、攻略する中で見られるイベントでのポイントも入っているのだろうが…


ともかく、俺にとってそのルートを攻略するうえで欠かせない人物がいた。

それが、あの何様俺様カイリ様を側で見守り支える幼い婚約者 リデル・ローレンだった。

どのルートを辿っても、彼女は主人公とカイリの間を阻む邪魔者として扱われた。

彼女に用意された一枚絵スチルは一枚だけ。

婚約破棄、一途に支えてきた婚約者に命を脅かされ、彼女は遠く離れた森に逃げ込み、木の根元で孤独に息絶えたというものだった。

なんともむごい、酷過ぎる結末だ。

彼女が一体何をしたというのだろうか。

何か問題があるというのであれば、それは移り気なカイリのほうにあるのではないか。

彼女が報われるルートはないのだろうか。


後ろで見ていた姉たちにも聞いてみたが、首を横に振るだけ。

それならばと、そのまま本屋へと向かい「亡国の王子と救国の歌姫」の攻略本を購入する。

家に帰って読み漁っていると、姉たちは口々に

「そんなにはまるとは思っていなかった」だの

「本気すぎてちょっと怖い」だの

「その子はライバルの立ち位置だから無理じゃないか」だの言ってきたが聞こえないふりをした。


だってこんなのあんまりだ。

何度も何度も攻略本を読み込んだ。

ページの端がくたびれて捲りにくくなるまで読み込んだ。

彼女…リデルについての情報は、見開き一ページのうちの三分の一程だった。

簡易的なプロフィール、唯一の一枚絵スチル、そして表情差分のみの記載だった。


その日の夜、布団に潜り込み、考えた。


(もし、もしも俺があの世界に行けたなら。

 絶対に彼女を不幸にはしないのに…)


徐々に迫りくる睡魔に身を任せ、眠りに落ちる。







声が聞こえた。

暑い。熱風?

季節は秋だったはず。

こんなに暑いはずが…


「シュリ様!」


聞いたことのない声と、体を強く揺さぶられる衝撃で目を覚ます。

目をこすり体を起こすと、目の前には見知らぬ老婆。

そしてその背後は__________________















「ルカ様…?」

あぁ、夢にまで見た。

絶対に守ると誓った幼い彼女の声が聞こえる。

なぜだか右手が温かい。

閉じていた瞳を開ける。

すると、眩しい太陽の光と


「おはようございます、ルカ様。」


幼気な少女の笑顔。


夢を、見ていたんだと今更気づいた。

こちらの世界に転生したと気づいてもう10年以上経つ。

それでも今まで前世の夢を見ることなんてなかった。

おそらくきっかけは彼女、リデルの存在だろう。

本来であれば、彼女の亡骸が発見され、カイリと主人公は結ばれてハッピーエンドのはず。


だが彼女は生きている。亡骸は発見されず、今も捜索が続いている可能性もある。

すると、イベントの進行に遅れが生じて、まだストーリーが完結していないかもしれない。

すべては想像。もしかしたらの話に過ぎないが、ゲームの進行において異常バグだと判断され、この世界が彼女を排除しにかかるかもしれない。


そうなってしまわないように。

俺は前世でなしえなかった、彼女を幸せにする。というミッションを掲げ、彼女を守り抜くと誓った。

そうだ。俺は彼女を、不思議の森に迷い込んでしまった少女アリスを導くと決めたのだ。


ふと少女のほうを見やる。

すると、何も言わない俺を変に思ったのか顔を覗き込んで「大丈夫ですか?」

と声をかけてくれる。


「あぁ。大丈夫だ。

 …おはよう、アリス。」


少女が握ってくれていた右手に力を込める。

すると彼女は安心したように笑う。


あぁ…その笑顔は俺にとってまるで太陽のようだ。

かけっぱなしになっていて、ずれてしまった眼鏡の位置を調整し椅子から立ち上がる。


普通に、寝坊だ。

朝食を作って、掃除をして、花に水やりをして…

あぁもう日も高くなりかけている。

王は目覚めるのだろうか。

…いや、目覚めるに違いないか。


だって彼女がいる。

彼女も慌ててベッドから飛び降りると、俺の右手を改めて取り


「お手伝いします!」


と今の俺には甘すぎる誘惑をかける。


「アリスには敵わないな。」


思わず口元が緩む。

懐いてくれる彼女がかわいかった。


今日も手をつないで廊下を歩く。

彼女が幸せになるルートを見つけるまで、彼女のエスコートをしよう。

それまではどうか。俺のそばに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ