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song,6 歌姫の決意



ユリウス様の目覚めから、はや一時間。

あれからどうなったかというと…



「あの、ユリウス様。大変ご迷惑をおかけしてしまったというのは重々承知なのですが…



 そろそろ下ろしていただきたいんですけど…」



そう、あれから一時間。ずっと抱えられたままなのだ。

抱えられたまま広間へ戻り、抱えられたまま話をして、なんならソファに座ったにも関わらず膝の上に乗せられ…


(私は…どうしたら…)


「すまない。あまりにも嬉しくて…

 この気持ちをどうしたらいいか分からなかったんだ。

 迷惑になったようならすぐやめよう。」

「迷惑じゃないです…!」


…ん?

私は下ろしてもらいたかった。

なら今の答えは不適切だったのでは…?

でもでも!今のはユリウス様がよくない…!

あんな顔で…整った顔で眉尻を下げてしょんぼりされたら…

聞くしかないよね?…ね?



「さて王よ。楽しんでいるところ申し訳ないが、アリスはもう就寝の時間だ。

 こちらに渡してもらおう。」

「ん?もうそんな時間か…そうか。」


ユリウス様の腕の中で頭をうんうん悩ませていると、ルカ様がユリウス様に声をかける。


(神様…!)


どう切り抜けようか思っていたところに、神の手…!

まさに救世主メシア

ありがとうルカ様!


「…ん?」


ちょっと待って。

今ルカ様は何と言った?

「渡してもらおう」?



「私、自分で歩けます!!」




「リデル、部屋に足りないものはないか?

 過ごしにくいようであればすぐに言ってくれ。すぐに用意しよう。」

「アリス、毛布は1枚で足りるか。もし寒いようなら、部屋のクローゼットの中にブランケットが入っているから、それを使ってくれ。」



どうして。

確かに私は自分で歩けるといった。

そしてお二人は私を地面に下ろして歩かせてくれてる。

歩かせてくれてる。

だけど…


(どうして私は両手を握られているのだろう…)


右手にルカ様。

左手にユリウス様。

…どうして…


お二人はずっと声をかけてくれる。

足りないものはないかとか、寒くないかとか。

でも頭に入ってこない。

だって、こんなにも顔が整った二人に挟まれて歩いているんだもの…


(心臓が壊れてしまいそう…)


声をかけられ続けながら歩くこと数分。

私がお借りしている部屋にたどり着く。

お二人の手がゆるりと私の両手から離れる。


私は扉に背を向け、お二人のほうへ振り返る。


「あの、ここまで連れてきていただいて、ありがとうございました。」


ぺこりと頭を下げお礼をする。

頭を上げるとお二人は少し困ったようにこちらを見ていた。

首をかしげてお二人を見ると、ユリウス様が口を開く。


「リデル、あの時の答えは決まっただろうか。」


あの時の、答え。

きっと、初めに会ったときのユリウス様の「頼み」

「この城に住んで、歌を唄ってほしい。」

この頼みに対する答えのことだろう。


ユリウス様は答えを待つと言ってくれた。

ルカ様は私がよく考えて決めればいいと言ってくれた。


そして、夜になり唄わせてもらった。

無事ユリウス様を目覚めさせることもでき、私の歌とユリウス様の目覚めに関係があることも分かった。

ユリウス様の孤独も、ルカ様の苦しみもわかった。

そしてそれが、私がいることで少しでも軽減されるということも。


きっと、今答えが出なかったとしても、優しいお二人のことだ。

いつまででも待っていてくれるのだろう。

でもそれでは。お二人のやさしさに甘えているだけだ。


私は、決めたんだ。


「お二人のためなら」


「リデル?」

「アリス…?」


「私、決めたんです。

 一度救っていただいたこの命。お二人のために使いたいんです。

 もし私のこの歌がお二人の役に立つのなら、私にこれからもお傍で唄わせてください。」


胸の前で手を組み、お二人に笑顔で言葉を送る。

これが私の今のすべての気持ち。

私を救って下さったお二人にお返しをしたい。

だから、私にできることを。

私にしか、できないことを。

精一杯やってみようと思った。


お二人の顔を見上げると、ルカ様は嬉しそうに微笑み、ユリウス様は口元に手を当て、嬉しいような、泣きそうな複雑な顔をしてこちらを見ていた。


「アリス、ありがとう。

 結局急かすようになってしまってすまなかったな。」


「…!リデル、本当にありがとう。

 だが、どうか無理はしないでほしい。

 俺は、俺たちはお前が幸せであることが一番の望みなんだ。」


ルカ様の言葉に背中を押されるように、ユリウス様も言葉をくれる。

ユリウス様が目覚めた時、涙はすでに枯れ果ててしまったと思った。

でも体は不思議なことに、気持ちに引きずられて新たな涙を作り出す。


「リデル…!?」


ユリウス様は慌てて私の前にしゃがみ込み、私の肩を持って顔を覗き込む。

次から次へと流れ出る私の涙を、ユリウス様は右手で拭い取ってくれる。

ルカ様も慌てているようで、どうしたものかと右往左往しているのが見えた。


「…ふふ」


涙はこぼれ続けるけど。

なぜか嬉しくなって笑ってしまった。

お二人とも私とは初対面なのに。こんなに思ってくれてる。


「…ありがとうございます。ルカ様、ユリウス様。」


そういうと、お二人はホッと息をついて安心したように笑った。





あれから扉の前で少し話をした。

もう遅くなってしまったから、ということで続きの話はまた明日ということになり、お二人とおやすみの挨拶をして部屋の中に入った。

お二人は私が部屋の中に入って扉を閉めるまで、微笑みながら手を振ってくれた。


部屋におかれたベッドに飛び込む。

昨日から今日にかけていろいろありすぎた。


愛していた人から冤罪を着せられて婚約破棄、やってもいない罪の償いをさせられる前に伯爵領を飛び出し、一晩中追手から逃げるために走り続けた。

夜も明け、日が高くなったころ逃げ込んだ深い森の奥で、魔王の従者であるルカ様に拾われた。

魔王の城に案内され、歌を唄ったところ、病に侵され眠りについた魔王様を目覚めさせることに成功。

そこから、魔王の城に住み込み、歌を唄うことになった。


「私、一生の運を使い果たしてしまったんじゃ…?」


ベッドの上で仰向けになり、今までの出来事を思い起こす。

濃度が高すぎる。今になって思うと、とんでもないことになっているのでは…?


でも、あの時死ぬはずだったこの身。

救っていただいたのは確かなのだ。

だからこれでいいんだ。

不思議と心が満たされる。

目を閉じると、今まで忘れていた眠気が押し寄せてきた。


(あぁ、明日は。ルカ様とユリウス様にご挨拶をして、一日の流れを聞いて、それで____)


気づけば、深い眠りに落ちていた。








「どうしてあの子が。」

「どうして私じゃないの。」

「私が、私こそがヒロインなのに。主人公なのに。」

「どうして私に歌姫としての力がないの。」

「………様は手に入れた。あとはあの力だけなのに。」

「こんなの嘘よ。話が成り立たないわ。」

「すべてを知っているのは私だけのはずなのに。」

「戻さなきゃ。物語を正しくしなきゃ。」


「殺さなきゃ。」




頭の中で、誰かの声が渦巻く。

嫉妬、羨望、殺意。

私に向けられる感情の数々。

頭を直接殴りつけられたかのように響く。


やめて。やめて。


この感情は誰のもの?

わからない。

物語って?正しくって?

殺すって…誰を?


やめて。私は____________





「…!!」


がばりとベッドから起き上がる。

体中に汗が伝い、気持ち悪い。

頭が痛む。ぐらぐらする…


目を閉じて長く息を吐く。


(今の夢…なんだったんだろう)


今でもはっきりと覚えているあの明確な殺意。

私に向けられていた?

誰から…?

確かに覚えているのは、女性の声だったということと、どこかで聞いたことがある声だということだけ。

体に寒気が走る。

今までに感じたことがないほどの大きな恐怖。


目も覚めてしまった。

このままここに一人でいるのは怖すぎる。

誰にも会えなくたっていい。

とにかくこの部屋から出たい。


(…そうだ。お庭に…)


あのお庭は花がいっぱい咲いていたはず。

それを見れば少しは心が晴れるかもしれない。


「とりあえず、行ってみよう…」


静かな部屋が怖くて、一人ごちる。


扉を開き廊下に出る。

自分の足音だけが響く空間はなかなかに怖かった。


外に出るべく、足を速める。




ようやく外に出れたころには、心もかなりすり減ってしまった。

無心で廊下を歩き続け、やっとお庭に辿り着いた。


あぁ、やっぱり素敵な庭…


すんと息を吸い込むと、花の素敵な香りがする。

辺りを見渡すと、月に照らされた花々が輝いている。


すり減った心が少し満たされた。

目を閉じると、またあの声が聞こえたような気がした。


(大丈夫…大丈夫よ…)


花に囲まれた庭で大きく深呼吸をする。

大きな月に見守られていれば大丈夫な気がした。


お庭で風を受けながらすこし気を落ち着かせていると、足音が聞こえた。

思わず身構える。

もし、あの声の女の人だったら?

私は……

息を詰めて、その人の姿が見えるのを待った。



「…アリス?」


月明かりに照らされて、浮かんで見えた人影はルカ様だった。

城の中を見回っていたら、こんな深夜の庭に人影が見えて慌てて降りてきたのだと言った。


「ごめんなさい、ルカ様…」

「謝ることはない。好きに動いていいと言ったのは俺だしな。」


それにしても、とルカ様は言葉を続ける。


「こんな時間まで起きているなんて、悪い子だな、アリス?」


私の隣に座り込み、こちらを覗き込むようにして、ルカ様は意地悪気に微笑んだ。

ルカ様の顔を見たら今まで私にまとわりついていた、あの言葉たちが振り払われたように感じた。

今まで奪われていた体の熱も戻ってきたように思う。


ルカ様もきっと私が変なことに気づいてる。

それでも触れずに、ふざけるようにして気をそらしてくれる。


「…ありがとうございます」

「お礼を言われるようなことはしていない。さあ、夜は体が冷える。眠くなるまで話に付き合うから、中に戻ろう。」


ルカ様は足についた土を払い、こちらに手を差し伸べてくれた。

ルカ様の手を借りて立ち上がる。

やっぱりルカ様の手は温かい。


広間に通され、ホットミルクを手渡される。

あの時飲んだものよりもほのかな甘さがあるような…?


「アリスがよく眠れるように。はちみつを混ぜてある。」

「あ、だから…おいしいです。」


落ち着く味。体が芯から温められる。

ほうと息をつくと、不安や恐怖も一緒に吐き出されたように感じる。


「さて、話をしようかアリス。まずはお前の好きな食べ物を聞こうか。」


ルカ様は片肘を付き、こてんと首を傾げる。

本当に話に付き合ってくれるようだ。


「私の好きな食べ物は_________」












幼い少女は喋り疲れたようで、静かに眠りについた。

すでに脱力しきった少女の体を抱き上げ、彼女の部屋まで運ぶ。

歳と見た目に合わない体の軽さ。

初めに抱き上げた時から思ってはいたが、あまりにも軽すぎる。

軽すぎて、中身が全部あるのか不安になるくらいだ。


彼女の部屋につき、軽すぎる体をベッドに横たわらせる。

体に毛布を掛けてやると、すこし身じろいで、また静かな寝息を立て始めた。


ベッドのそばに椅子を持ってきて、眠りについた彼女の様子をしばらく見つめる。

月明かりが差し込む部屋で彼女の顔を見ると、目の下にうっすらと隈ができている。

昨日の夜から走り続けていたのだから仕方がないのだろうが。

こんなに幼い子供にこんな思いをさせて、あのボンクラ共は一体何を考えているのだろうか。


ぎりっと親指の爪を噛む。

幼い少女に被せられた冤罪。

あの二人の独善的な幸せのために見捨てられた哀れなアリス。



正規の物語では彼女は現時点で死んでいるはずだった。

主人公になりえない、ただ話を盛り上げる為のスパイスのような彼女。

でも今この少女は生き残り、主人公しか持ちえない「力」をもっている。

それもそのはず。俺が彼女が生き残るように仕向けたのだから。

俺がそうするのには理由があった。





俺には、前世の記憶がある。

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