song.4 魔王の願い
「リデル、お前に頼みがある。」
また私の足元に跪き、魔王様は私と目を合わせた。
そのまま私の左手をすくい取り、魔王様の顔の前に重ねる。
「頼み…ですか?」
「そうだ。リデル、君にしか出来ないことだ。」
私にしか出来ないことってなんだろう。
私に出来ることは限られている。文字の読み書きだってろくに出来ないし、侍女の様な働きもできない。
そんな私に…何を?
そう思っていると、魔王様は恭しく私の左手の甲にひとつキスを落とした。
「!!」
動揺から、慌てて手を引こうとすると、力強く、でも優しく手を握り直される。
そして私の目を見つめながらゆっくり瞬きをして言葉を紡いだ。
「リデル。お前にはこの城に住んで、歌を唄って欲しい。」
時間が止まる。
唄う?このお城で?私が?
「そんな!私には荷が重すぎます!私より、もっと歌の…」
「違うよ、リデル。俺はお前に頼んでいるんだ。
俺はお前に救われた。だから、これからも俺が眠りについたら目覚めさせて欲しい。」
吸い込まれそうな程の深い赤。
その中央には困惑の表情を浮かべる私の顔が映っている。
だって、しょうがないじゃないか。
今日の出来事だって、全て「偶然」の出来事なのだ。それを、永続的に続けるなんて無理に決まってる。
それを、この魔王様はしろと言うのだ。
「それでも…私にはできません。ごめんなさい…」
私の手を掴む魔王様の手に、右手を重ねる。
目を伏せ首を横に振ると、肩にぽんと手を置かれた。
後ろを振り返るとルカ様が私の肩に両手を置いていた。
彼は困ったように笑い
「アリスだって、昨日から今日にかけてのことで混乱しているんだ。王が焦る気持ちも分かるが、アリスの気持ちにも寄り添ってやれ。」
その言葉を聞き、魔王様も「それもそうだな」と言って、私にもう一度笑いかけて立ち上がった。
「急かしてすまなかった、リデル。俺はお前の決定に従おう。」
先に休ませてもらうと言い、魔王様は部屋に戻って行った。
…これで、良かったのだろうか。
魔王様のために、お城で唄うなんて私には…
でも……
「アリス」
「はっ、はい!」
先ほどの魔王様の言葉が何度も頭の中で繰り返されて、頭が混乱してきた。
私は、どう答えればよかったのだろう。
ぐるぐると頭の中でいろいろなことを考えていると、ふとルカ様と視線が絡む。
ルカ様は眉尻を少し下げて、私の肩に置かれたままだった右手の甲で、私の頬を優しく撫でた。
「きっと王は、お前の意思を尊重するだろう。お前が、よく考えて決めればいい。」
口調こそ素っ気ないが、ルカ様も魔王様もとても私の身を案じてくれている。
「私…よく分からないんです。魔王様は私の歌で目覚めたと言っていましたが、私にはそんな力ないんです。それなのに…」
「王がアリスの歌で目覚めたというのならそうなのだろう。それに、王の病は普通の病とはどうも違うようでな。」
そこからルカ様は、魔王様が侵されている病について教えてくれた。
その病は、普通の風邪や伝染病とは違い、咳が出たり、熱が出たりなどの症状が出にくいのだという。
ただ、体が重く、動かなくなりずっと眠りについてしまうのだというのだ。
そのため薬も効かず、対処方が未だに分かっていないそうだ。
どうしようもなくなり、自然に目が覚めるのを待っていたその時、私の歌を聴き目が覚めた、と言うのがここまでの流れだった。
「そんなに…重たい病なのですか?」
「少なくとも、王にとってはな。見た目では分からない病だから、王以外には分からないんだ。申し訳ないことにな。」
そうか。
ルカ様は魔王様の従者で、ずっと傍で苦しんでいるのを見ていたんだ。
きっと、ルカ様だって苦しいはず。
私だって会って数時間程しか経っていないが、お二人の優しさはひしひしと感じている。
私を助けてくれた二人をが困っているのに、私だけ何もできないなんて歯痒すぎる。
確実に助けられるという確証はないけれど、それでも…少しでも可能性があるのだとしたら。
「…私に、また夜に唄わせてください。
それで、魔王様の病が落ち着くのであれば、私にお力添えをさせてください。」
私がそう言うと、ルカ様は心底嬉しそうに、安心したように笑った。
「お前ならそう言ってくれると信じていたよ、アリス。本当にありがとう。」
頬に添えられたルカ様の手が温かくて、私も安心した。
(あぁ…私はきっと、このお二人の為なら……)