表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/18

song.14 公爵家の思惑



パトリシア様に手を取られ、ドアの前に立つ。


「あぁ、そうだわ。リデルちゃん、ドアをノックしていただける?」


パトリシア様に言われるまま、コンコン、とドアをノックする。

すると、すぐに音を立ててドアが開いた。

そのすぐ先には不機嫌そうに腕を組んで立つルカ様と、待ちくたびれたといわんばかりに壁に凭れ掛かったユリウス様の姿が見えた。


「どうも、お待たせ致しました。」


パトリシア様はそんな二人の様子を見ても意に介さず、にこりと微笑んだ。

そのまま私の両肩にそっと手を添えて、隣に立っていた私を二人の前に押し出す。


「わ、わわ…!」


意図していなかったタイミングで肩を押され、少しよろけてしまう。

何とか足に力を入れて、転ばないように踏ん張って、先ほどパトリシア様に教えてもらったように背筋を伸ばす。


「…あ、あの…

変ではない…でしょうか」


緊張と恥ずかしさから、顔に熱が集まるのを感じる。

今までこんな上質でおしゃれな洋服を着たことがないから、似合わないのではないか。

視線を前に立つ二人に向けると、はっとしたように口々に似合うと褒めてくれた。

なんだか照れくさいような、嬉しいような、いろんな気持ちが混ぜこぜになって、小さくお礼を言うことしかできずにいた。


そんな私を見て、パトリシア様は笑みを浮かべて、それからそっと目を伏せた。











「結局、手紙にはなんて書いてあったの?」


お世辞にも広いとは言えない馬車の中、外で馬を走らせる褐色の彼に声をかける。

彼はふと視線を馬車内に向け、わたくしの姿を写すとまたすぐに視線を前に戻す。

その視線はこれから向かう、陛下の城へと続く道へと向いていた。


「陛下より、リデル・ローレンと思われる少女を保護している…と。」

「なんですって!?」



思ってもいなかった朗報。

それを聞いて思わず腰を浮かせる。

馬車の天井が髪飾りに当たり、慌てて腰を下ろす。保護している?つまりは、生きている?


「…よかった…」


身体中から力が抜ける。

部屋に置かれているクッションとは比べ物にならないぐらい固い馬車の椅子の感触が今は有難かった。

今まで用意してきたものが無駄にならなかった。

洋服も、雑貨も


(わたくしの、この気持ちも)


目を閉じ、この気持ちを噛み締める。

すると、正面に座るロイ様が口を開いた。


「それで?なんて返したんだ、手紙は?」


ロイ様が視線をセルカに送る。

すると、今までまっすぐ前を見つめていた瞳がつい、とロイ様に向いてそして…



「…あ。」




と一言こぼした。



「もー…お前はいっつもそうやって変な所が抜けてるー…」


「申し訳ございません、旦那様。」



もしもセルカに獣の様な耳が生えていたとしたら、きっとぺたりとへこたれてしまっているだろうと安易に想像がつく。

そのくらいしょんぼりしていたのだ。


「まあまあ、いいではありませんか。

返事の手紙も書き終わりましたわ。」


揺れる馬車の中書き上げた、陛下への返信の手紙。

それを三つ折りにして封筒に入れる。

封をする道具が用意出来ていないから、そのままにする。


「ロイ様、御前失礼致しますわね。」


ロイ様に一言断りを入れて、馬車の窓を開ける。

ばたばたと激しい風が中に入り込んでくるが、それを塞ぐように窓から身を乗り出す。

「危ねぇなあ」と言うロイ様の声が聞こえた気がしたが気にしない。

ぴゅうと口笛を鳴らす。


すると、一羽の鳩が馬車に寄ってくる。


「これを陛下の所へ届けてくれるわね、賢い子?」


指先に鳩を止まらせ、嘴に先程の封筒を近づける。少しふっくらとしたその鳩は、任せろと言わんばかりに自分から封筒を嘴で挟む。

そしてわたくしを見て瞬きを一つすると、音も立てずに飛び立った。

向かう先は馬車と同じ、あの森へ。


「これでよし、と。」


するりと窓を抜けて、椅子に腰を落ち着かせる。

余程風が冷たかったのか、ロイ様はすぐに窓を閉めた。


「ありがとうございます。」

「あら、いいのよこの位。

たまにはあの子達にも仕事を与えなきゃだし。」


セルカは申し訳なさそうにこちらを見るので、いつもの様に文句の一つも言えない。

それに、あの鳩を動かさなければいけないのは事実だ。

いくら寒くなってきたとはいえ、あの体型は見過ごせない。

それにあの子が優秀なのもまた事実だから、早死にさせる訳にはいかないのだ。


不意に体が重たくなったように感じた。

次いで、欠伸がでる。

セルカはそれに気づいたようで「到着次第お声かけしますので、どうかお休みください」と言ってくれた。

では、有難く。と目を閉じるとすぐに体が心地好い重さに包まれる。

こんなに心が落ち着いた状態で眠りにつくのは久しぶりかもしれない。


ロイ様とセルカの小さな話し声を聞きながら、パトリシアは眠りに落ちた。


















「…どうして。」

「どうしてあの人があの子の味方につくの。」


「私が主人公なのに。それは絶対に変わらないルールなのに。」

「どこで間違えたの。」

「…………様達は私達の前に立ち塞がるライバルキャラよ。」

「だけど、それはここじゃないのに。」

「どこからずれてしまったの。」



「やっぱり、殺さなきゃ。」

「あの子を、あの子供を、」





「殺さなきゃ。」





頭で声が響く。

ぱちりと目を開けると、そこは暗闇だった。

自分の姿も視認できない。

暗闇、と言うよりは…


(無、かしら。)


四方八方から暴力的な言葉が行き交う。

でもどうやらこの殺意は…


(わたくしに向けて…じゃないわね。)


明確な殺意は自分に向けられていない。

それならば胸を張っていられる。

言葉を客観的に捉えることが出来る。

体の感覚はあるから、足を前に進めてみる。

ひたり、と足が床のようなものに触れる。


歩けるのならば、歩くしかない。

何もない空間を歩き始める。

その間もずっと声は響き続ける。

その声は、悲痛で、苛立ちで、憎しみで…

様々な感情が渦巻いていた。

これが自分に向けられていたらと思うと、体が震える。


だが、歩き続けて気づいた。

この声の主が恨んでいる人物はきっと


(リデルちゃんだわ。)


しかし、彼女を恨むような人物などいるだろうか?

それに、時々聞こえてくる「主人公」や「物語」と言った言葉達。



(どういうことなの?)


まるでその声の主は、これが物語の中の出来事であるかのように話している。


考え続けて、そして一つの答えに辿り着く。



(…待って、それじゃあ、この声って…)



リデルちゃんを恨む声。

そしてリデルちゃんに向ける殺意。

自らを主人公だと信じて疑わず、物語を正そうとする姿勢…。


リデルちゃんを殺すことが正しい物語だと言うのならば、彼女を窮地に陥れた人物は?


そんなの……!









「パトリシア!」


がくんと体を強く揺さぶられる。

慌てて目を開いて辺りを見回すと、馬車は既に止まっていた。


「…ごめんなさい、わたくし結構深く眠ってしまっていたのね。」


目を擦り、髪についた癖を手ぐしで直す。

ロイ様は足を組んで座っていたが、何度も足を組み直しては窓の外を見つめる。


そして、目はこちらに向けないまま小さな声で


「…ようやく、休めたようだな。」


と言った。

不器用な彼の優しさを感じて、胸が温かくなる。


「ええ。おかげさまで。」


ぽかぽかする胸は、次第に棘が刺さったかのように痛みだす。

胸の辺りに手を当て、息を吸い込む。

これはわたくし達 皆で決めたことだから。

(今更、こんな…)

目を閉じて、息を整える。


そして馬車の扉に手をかけ、彼を振り返る。


「さ、ロイ様!わたくしはお先に失礼しますわ。

あまり遅くならないようにしてくださいませね。」


「は、おい、パトリシア!」



馬車の扉を開け放し、飛び下りる。

後ろから静止の声が聞こえるが気にしない。


だって今彼の顔を見たら。


(泣いてしまいそうになる)



きゅっと唇を引き締め、荷馬車の縄を解くセルカの姿を見つけ駆け寄る。


「さあ、てきぱきと下ろしてしまいましょう!

わたくしもお手伝いしますわ!」


縄に手をかけて、えへんと胸を張る。

その時にはもう、あんな夢の事なんて忘れてしまっていた。




後に後悔することになるなんて思わないまま。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ