song.12 歌姫と皆のお茶会
「さて、じゃあ改めて。
わたくし、パトリシア・アン・ヴェローネと申します。」
胸元に手を当て、凛と背筋を伸ばしながら彼女____パトリシアはにこりと微笑んだ。
金色に輝く髪と、派手に見える紅のドレスがよく映える整った顔立ちをしている。
パトリシア様は視線を自分の横に座る男性に向ける。
彼女と視線が絡むと、彼はふぅと溜息をつきテーブルに着く皆の顔を見回す。
「俺は、ロイ・ヨゼフ・ペンブローク。
一応ペンブローク公爵家の現当主だ。」
簡潔に自己紹介を終えると、椅子に深く腰掛け直す。特徴的な瞳をした男性だった。髪色と同じ橙色のボリュームある睫毛に隠れがちな瞳は、透き通るような桃色をしている。それなのに、睫毛によって落とされる影で深みのある瞳をしている。
ぴょんぴょんと色んなところが跳ねている短い髪は、右側の一房だけ長く伸ばされている印象的な髪形だった。
ロイ様が自己紹介を終え、「じゃあ最後はお前。」と小さな声で、背後に立つ長身の男性に声をかける。
今までロイの背後に控えていた男性は、すっと前に進み出る。
「私は、ペンブローク家に仕えております、セルカ・フォン・モールと申します。
どうぞお気軽にセルカ、とお呼びください。」
静かに一礼して、また後ろに下がる。
褐色肌で長身の、物静かな男性。
桃色の髪の右側をかきあげており、左側をゆったりと下ろしている。
伏せられがちな濃い青色の瞳は、強い意思を宿しているように見えた。
突然の来訪者達の自己紹介が終わり、また静寂が場を支配する。
ユリウス様もルカ様も口を開かない。
お茶を飲んだり、お菓子をつまんだり。
パトリシア様達も気にした風はなく、彼女達も各々の時間を楽しんでいるようだった。
(でもこの静かな空気…耐えられない…!)
テーブルの下でぐっと握り拳を作り、顔を上げる。私も自己紹介…した方がいいはず!
「あの…!」
「あ、リデルちゃんは大丈夫よ!
わたくし達貴女を探しに来たのだから、あらかたの調べは終えてるわ」
おしまい。
私の試みは失敗に終わった。
パトリシア様はにこりと笑う。
ロイ様もセルカ様もうんうんと頷いている。
共通の認識の様だ。
すっかり困り果ててしまい、カップに口をつけて暖かい紅茶を喉に流し込む。
(このまま、静かな空気も飲み込んでしまえたらいいのに…)
涙が出そうだ。
(ルカ様もユリウス様も、元々よく喋る方ではなかった…)
静かにお茶を嗜む二人を見て、つい出そうになった溜息を飲み込む。
…そうだ、気になることがあったんだ。
この際、答えてくれなくたっていい。
私に声を出させて…!
「あの…セルカ様は、お飲みにならないのですか?」
私の問いかけに目を丸くしたのは、ユリウス様とセルカ様、そしてパトリシア様だった。
セルカ様は私を視界に映すと、
「私は、従者ですので。」
その一言で会話が終わる。
私もあ、そうなんですね。としか返せない。
こんなことになるなら、もっと色んな人とお話をしておくべきだった。テーブルの下で握った拳に、もう片方の手を添える。
「まあ、ルカとセルカじゃタイプが違うよなぁ。名前は似てるのにな。」
楽しそうに声を上げたのはロイ様だった。
ぱっと顔を上げて彼の方を見ると、にししといじわるそうに笑っていた。
ロイ様は椅子に座ったまま、顔を上に向ける。
背後に控えていたセルカ様は大袈裟に溜息をつき、ロイ様の顔を覗き込むように立つ。
「あまり変なことを申されないでください、旦那様。
私 とルカ様では主との関係が違いますので。」
「分かってるよ、冗談だって。リデルが困ってたからさぁ?お前がツンケンした態度取るから。」
まるでお友達の様に二人は会話を続ける。
その間もお互いの瞳を見つめ合ったままだった。
従者だとセルカ様はきっぱり言い切ったが、きっとそんな簡単な関係では無いのだろう。
二人の話し方、距離感、空気…全てで伝わってくる。
「ねぇ、リデル。怖かったよねぇ?」
「えっ!?」
今までの話し方とは一変。
間延びしたようなおっとりした声で、ロイ様は私に声を投げかける。
急に話しかけられて、咄嗟に反応できない。
「ふふ、いいのよ気にしなくて。あの人達いつもああだから。二人の空間作っちゃって、急にこっちに話を振るんだから。」
パトリシア様は呆れたような表情を浮かべたまま、私の肩をぽんと叩き、気にするなと微笑む。
「なんだかんだね、わたくしだけじゃなくて、皆貴女に会いたかったのよ。」
パトリシア様の笑みに影がかかる。
笑顔はそのままなのに、なんだか…冷え込む…ような…?
「そうだ、それが1番聞きたかったんだ。何故お前達はリデルを探していた?」
今まで一切口を開かなかったユリウス様がパトリシア様に顔を向けて問いかける。
パトリシア様は何故今更そんなことを?とでも言いそうな顔をしている。
「そんなの、先日お手紙で申したではありませんか。
夜会からいなくなった少女の安否が不明。
心配だから探している…と。」
ころりと表情を変える。
まるで…そう、賭け事をしている時のような。
本心を奥底に隠した笑み…。
ユリウス様は片眉をぴくりと吊り上げる。
「俺が、そんな答えで納得するとでも?」
「…はぁ。勿論、そんな事思っておりませんわ。本当の理由は別にあります。
ですが、その理由をここで言う必要は無い…そう判断しただけですわ。」
ユリウス様の威圧するような視線を受けても、表情一つ揺らがず、背筋を伸ばしたまま、悠然とユリウス様を正面から見つめ返す。
長い見つめ合いが続き、先に視線をずらしたのはユリウス様だった。
目を閉じ、ゆっくり息を吐き出す。
それを見ると、パトリシア様はぱっと人好きのする笑顔を見せる。
ロイ様もセルカ様も、ルカ様ですら呆れたようにユリウス様を見る。
「…陛下。相手を間違えたな。」
「うるさい…お前の婚約者だろう。」
ロイ様は憐れむようにユリウス様の空いた皿に、自らが持ってきた土産のチョコレート菓子を乗せる。
「そもそも、お前はさっきかなり落ち込んでいなかったか…!?」
頭を抱え、憎々しげにパトリシア様を見る。
パトリシア様はけろっとした顔で「先程?」と可愛く首を傾げる。
そしてああ、と声を出す。
「リデルちゃんに飛びついた後の話ですか?
そんなのもう忘れてましたよ。」
決して揺らがず。
穏やかに顔に笑みを浮かべ続ける。
ロイ様はもう知らんとばかりに立ち上がり、私のお皿の上にも菓子を置く。
お礼を言おうと顔を上げると、ロイ様はぱちりとウインクをして「迷惑かけたから、リデルにはいっぱいあげるな」と、溢れる位に菓子を盛る。
「あ…ありがとうございます…!」
「いーの、いーの。今まで苦労した分、いっぱい食べな。」
緩やかに手を振って、ルカ様の元へ向かい、同じように菓子を渡すと席に戻る。
先程のユリウス様とパトリシア様の言い合いは、終盤に差し掛かっていた。
「お前のその性格、羨ましいな…。」
ユリウス様が皮肉を込めてそう呟く。
するとパトリシア様は待ってましたとばかりに、今までよりも更に輝く笑顔を見せる。
「令嬢とはかくあるべし、ですわ!」
勝負はついた。
ユリウス様は疲労困憊という様子で、椅子の背もたれに倒れ込む。
ルカ様はそれを見て立ち上がると、キッチンから熱いお湯を持って戻ってきた。
ユリウス様の分の紅茶を入れ直して、席に戻る。
新しく入れてもらった熱い紅茶を飲み込み、大きく溜息をこぼす。
そして小さな声で、敗北宣言。
「もう…好きにしろ…」
パトリシア様はまた力強い笑顔を見せた。