song.11 歌姫と従者の帰城
森の中を手をつないで歩く。
こうやってゆっくりこの森を歩くのは初めてだ。
初日は追手から逃げるのに必死で回りを見る余裕なんてなかったし、そのあとはルカ様に抱き上げてもらって進んだから…
改めて見回すと、とても綺麗な森だった。
木々は綺麗な緑で輝いているし、木の根元には花が咲いたりもしている。
(全然気づかなかった)
それに、地面をしっかり踏みしめて歩くと、まるで森が受け止めてくれているように土がやわらかく沈む。
私が森を歩くことを楽しんでいると、ルカ様は話すのをやめてゆっくり歩いてくれた。
やがて木が少なくなってきて、大きなお城が見えてくる。
すると、入り口の近くに何かが見える。
「あれ…入口の近く…出発する前はなかったですよね?」
ルカ様を見上げて問う。
するとルカ様は何か思い当たることがあるのか、ふぅと息を吐いた。
そして私のほうを見ると、私の被っていたフードをそっと脱がした。
「いいか。俺から離れないように。」
玄関の扉がまたゆっくりと開く。
「俺から離れないように」ってどういうことだろう…?
入り口近くにあったのは馬車だった。
でも今このお城にいるのはユリウス様と私たちだけのはずだし…
買い出しに行っていたから、何か荷物が届くなんてこともないはず…
うーんと首をかしげるけれど、分からないものは分からない。
ルカ様に手を引かれ、広間の前に立つ。
ルカ様は扉に手をかけたまま止まり、私を見た。
私もルカ様の顔を見上げると、ルカ様は言った。
「…何があっても驚かないように…」
気のせいか疲れているようにも見える。
そういえば最近同じような表情を見たような…あぁそうだ。
(今朝のユリウス様と同じ顔をしている…?)
それに、広間に入るのに何を驚くことがあるのだろう。
頭上にはてなマークがいっぱい浮かんでいる気がする。
ルカ様は自分を落ち着かせるように、目を伏せて何度も頷いた。
そしてゆっくりと扉を開ける。
瞬間。
「リデルちゃん…!」
衝撃。
前方から、何かが…いや、誰かが物凄い勢いで飛びついてきた。
自分よりも大きい人に飛びつかれて、衝撃で後ろに倒れこむ。
「リデル!!」
ぼすんと大きな音がしてしりもちをついた。
後ろからユリウス様の驚いたような大きな声が聞こえた。
「…いたた…」
床に打ち付けてしまったお尻が痛んで、声が出てしまう。
すると、私のおなかあたりに顔を埋めていた私に飛びかかってきた女性の顔がぱっと上がる。
その人は橙色の瞳に涙をいっぱい浮かべて、嬉しそうに笑った。
「よかった…!リデルちゃんが生きてて…
本当によかった…!」
私の背中に手を回し、ぎゅうと抱きしめられる。
私は突然のことに頭がついて行かず、ただただされるがままになっていた。
どこか見覚えのある、金色の髪が美しい女性だった。
どうしようもなくなって、困り果てていると私の正面、女性の背後からぬっと腕が伸びてきた。
そしてそのまま女性の首元にたどり着いたかと思うと、襟元をつかんでぐいと引き上げた。
その勢いで、抱き着かれていた私まで体が浮く。
すると、その腕を伸ばした男性、女性の瞳と同じ色の髪を持った男性が少し戸惑ったような表情を見せた。
「うわ…ごめんリデル。まさかリデルまで浮くとは思わなかった。」
私が一緒に浮いたことに驚いての表情だったようだ。
私の足が地面についたことを確認すると、ずっと掴みっぱなしだった女性の襟元から手を離す。
私がぽかーんとしたままになっていると、ユリウス様が慌てて私のところに駆け寄ってきてくれた。
私の肩に手を置いて、大丈夫だったかと聞いてくれる。
そして私の無事を確認すると、ちらりと女性たちのほうを向く。
「…どういうつもりだ、ヴェローネ嬢。
今は無事だったからよかったが、怪我をしていたらどうするつもりだったんだ。」
初めて聞く声だった。
地を這うような、ユリウス様の低い声。
顔が見えなくたってわかる。これは…
(怒ってる)
目の前に立つ二人の表情がさっと変わる。
ユリウス様が立ち上がって言葉を続けようとしたその時。
(あれ…?)
思わずユリウス様の袖口をぎゅっと掴んでしまっていた。
「リデル…?」
「あ…えっと…」
なんで私、こんなことを…!?
自分でもわからなくなって、顔に熱が集まるのを感じる。
ただ…ユリウス様が怖くなってしまうのが…恐怖の対象にされてしまうって思ったら、勝手に手が動いていた。
「あの、私大丈夫です!ちょっとびっくりしちゃっただけで…」
とにかく必死に伝える。
ユリウス様の表情が見えなくて、少し不安だけど…
でも、ユリウス様が怖がられるのだけは…絶対いや…!
「リデルが、そういうのなら。」
やっと見えたユリウス様の表情。
目は閉じられているけど、先ほどみたいな威圧感はなくなっている。
部屋の空気もふっと軽くなった。
その言葉を聞いて、目の前の女性、ヴェローネ様は私の前に膝をついた。
「リデルちゃん、ごめんなさい。
わたくし、貴方が生きているって分かったらどうしても気持ちが抑えられなくて…
ほんとにごめんなさい。」
そう言い終わると深く頭を下げる。
私が「顔を上げてください!」と言ってもずっと下げたまま。
どうすればいいのかわからなくて、おろおろしていると、その後ろに立っていた男性もヴェローネ様の横に膝をついて座った。
「私の婚約者の無礼、心から詫びよう。
すまなかった、リデル。」
ヴェローネ様の婚約者といった男性まで深々と頭を下げる。
(私、どうしたらいいの…!)
なんだか泣きそうになってきた。
だって、私ちょっと痛かっただけで別に怒ってもなんでもないのに…!
困り果ててしまって、横にいたユリウス様を見上げる。
ユリウス様はため息をつく。
そして「リデルがもういいと言っているんだから、もういいんじゃないか。」と一声かける。
すると二人はゆっくり顔をあげ、もう一度謝罪の言葉を述べる。
私がもう大丈夫だと声をかけると、二人はゆっくり立ち上がった。
しんと静まり返ってしまった部屋。
それを打ち破ったのは、部屋の奥、キッチンの扉が開く音と、そこから香る紅茶のいい香りだった。
扉から出てきたのはルカ様で、部屋をぐるりと一周見回す。
そのあと私の姿を見とめると
「リデル、こっちにおいで。」
と言った。
私は何か手伝うことがあるのかと思って、小走りでルカ様のほうに向かう。
すると、後ろからユリウス様が小さな声で「えっ…」というのが聞こえた気がした。
私が近くに来たのを見ると、私の頭を優しく撫でてくれた。
「王がいながら、リデルにこんな顔をさせるとは…何事だ?」
ルカ様はにこやかに問うた。
部屋の空気が急激に冷えるのを感じる。
ぞわりと背筋が震えた。
もしかしたらこの部屋で一番怖いのは……
(いや…考えちゃだめだ…きっと…)
首を振って自分の頭に浮かびかけた答えを消した。
そんな空気のまま、ヴェローネのご令嬢とその婚約者、婚約者の従者を交えた奇妙なお茶会が始まった__________