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song.9 歌姫と運命の出会い



魔王が空を仰いでいるそのとき、少女と魔王の従者は順調に買い物を続けていた。

魔王の従者ルカは片腕に少女リデルを抱え、反対側の腕に荷物を沢山ぶら下げていた。


「あの…ごめんなさいルカ様…私の靴がないばっかりに…」


フードをぎゅっと握りしめる。

逃げる途中でなくしてしまった私の靴。いったいどこに落としてしまったのだろう。

靴がなければ歩かせるわけにはいかないと、ルカ様は私を抱き上げて運んでくれる。

申し訳なくなって俯いてしまう。


「気にするな。それに、前も同じようなことを言った気もするが俺はお前に頼られるのがとても好きだ。

 だからもっと頼ってくれたってかまわないんだぞ?」


ルカ様は片腕にかけた荷物を腕を高く上げて見せて、私の頭をぽんぽんとしてくれる。

ルカ様の手が温かくてほっとする…


「まあ、それにしても靴がないと不便ではあるか…」


ルカ様はうーんと考え込んでしまう。

そしてしばらく。


「ああ、そうか。」


と何か思いついたようだった。

そして私の顔を見て、一言。


「いい店があった。」


薄く笑い、ルカ様は回れ右をして、歩いてきた道を引き返す。

いいお店…?

話の流れ的にはおそらく靴屋さんなのだろうけれど…

今度は私が首をかしげる番だった。



「失礼する、子供用の靴が入用なんだが何かいいのはあるか?」


お店のドアを開けて中に入るなりルカ様はそういった。

フードの下からちらりと店内を覗く。

お店の中には、若い女性が一人。

薄い緑色のストレートのロングヘアーが印象的な女性だった。

急に声をかけられた女性はどんな反応をするのか不安に思っていると、女性はぱっと顔を上げた。

そしてこちらを見て、すぐに笑顔を見せた。


「あら?ユリウス陛下の従者さんじゃない!

 子供用の靴なんて、どうかされたの?」


レジカウンターの側で椅子に座り読書をしていたようで、テーブルの上に本を置いて立ち上がった。

その女性はどうやらルカ様のことを知っているようだった。

にこやかにこちらへ近づいてきて、私の姿を視認すると一言。


「……人攫い…?」

「そんなわけあるか。」


体を半身後ろに引きながら静かに問いかける。

ルカ様は間髪入れずに否定していたが、なるほど確かに。

パッと見では人攫いに見えるのも無理はない。


女性は「冗談よ~」と笑いながら、ルカ様から目をそらし、私のほうを向く。


「あなたの靴を見繕えばいいのね?」


ふわりと、まるで花が綻ぶように女性は微笑んだ。

近くで見た女性の瞳はまるで湖のように穏やかで、それでいて力強さを秘めていた。

そしてふいと体を翻すと、お店の真ん中でぱっと腕を広げた。


「貴方ならこのお店の靴、なんでも似合うと思うわ!」


腕を広げたままくるりと一回転する。

回った時に広がるスカートが花が開く様子を彷彿とさせる。

一回転して私たちの方向へ向き直った後「でも…」と口元に手を当てて呟いた。


「貴方の今の足の状況じゃパンプスやメリージェーンなんかじゃもっと足を痛めちゃうだろうし…

 かといってウェッジソールなんかじゃせっかくの綺麗な足がもったいないし…」


目を閉じて、首を左右交互に傾けながらうんうんと唸っている。

ルカ様はその様子を見て、何か考えが浮かんだのか私をゆっくり地面におろした。


「アリス、一度店内を見回ってくると良い。それでお前の好みの靴があればそれにしたらいいんじゃないか?」


「それだわ!」


女性はポンと手をたたき、弾かれたようにそう言った。

そして私をちらっとみると、地面に膝をついて私と視線を合わせてくれる。


「人と人の出会いに運命があるように、人と物にも運命があるって私は思ってるの。

 だから、貴方も是非運命の靴を見つけてあげて?」


今まで唸っていたのが嘘のように、女性は晴れやかな笑顔でそういった。

人と物にも…運命が。

とくりと心が温かくなるのを感じる。

お店の中をぐるりと見まわすと、壁いっぱいに並べられた綺麗な靴の数々。

靴や服を新調する機会なんてあまりなかったから、どうしても胸が高鳴る。


ルカ様も荷物を端に寄せて、店内を回り始めた。

私も見させてもらおうと思い、とりあえず端の方から見ていくことにした。


「ところで…ねえ、どうして今靴を履いていないのか、伺っても?」


机の上に置きっぱなしにしていた本を、レジカウンターの後ろに置かれている本棚に戻しながら女性はそう言った。

これって…どう言えばいいんだろう…

「逃げてる最中に失くしました」なんて素直に言えるわけもないし…

どう答えればいいかわからず、目でルカ様を探す。

するとお店の奥、棚の反対側から声が聞こえた。


「彼女は訳ありでな。走っている最中に脱げてしまったんだよ。」

「まあそうだったの。それでこんなに足が傷だらけなのね?痛々しいわ…」


ルカ様が助け舟を出してくれる。

訳ありっていうだけで納得してくれた女性にも感謝だ。

そして女性はぱっと私の方へ振り替える。


「だったら、ブーツなんてどうかしら?

 ブーツだったらそんなに簡単には脱げないし…中敷きを厚いものに変えれば、傷もそんなに痛まないと思うのだけど。」


女性は近くにあった長めのブーツを手に取る。


「こんなのなんかは、貴方にはちょっと長いかもしれないけど。

 こっちらへんのなんかは貴方でも合うんじゃないかしら?」


私の手を柔らかく掴んで、ブーツが多く置かれている場所に案内してくれる。

そしてしゃがみ込んで、私が質問したことに全部答えてくれた。


そして私は一つのブーツを手に取った。

すると初めて持ったはずのブーツが、なぜか手にしっくりと馴染む。

不思議な感覚だった。

その話を女性にすると、嬉しそうに目を輝かせながら


「まぁ!きっとそれが運命なのよ!

 ふふ、羨ましい。私その感覚味わったことがないから。」


そう言って笑った。

そんな話をしていると、棚の奥からひょこっとルカ様が顔を出す。


「ん。いいものが見つかったか?」

「はい!とっても運命的なものが!」


これです!と言ってルカ様にそのブーツを見せると、ルカ様の瞳が動揺に揺れた。


(え…?)


ルカ様の顔はすぅっと青ざめてしまっていた。


「ルカ様…?」


名前を呼んで手を伸ばすと、ふっと顔に赤みが戻る。

そしてルカ様はこちらを向いて微笑んだかと思うと、とても似合うと思うぞ、と先ほどの表情とは正反対の言葉を吐いた。


なにか、あったのだろうか。

もしかしたら物凄く高い靴だったりとか…!?

もしそうだったらどうしようと思って狼狽えていると、その間にルカ様はレジに向かう。

私が、やっぱり他のものにします、と言いかけるその前に「会計を」と財布を取り出していた。


女性はぱちりと瞬きをして、すぐ私の顔をみるとにっこり笑った。

そして私の顔とブーツを交互に見て立ち上がる。

そのままレジに向かう…と思いきや、レジカウンターの横、奥の部屋へ通じる扉に手をかけながら振り返る。


「お代なんていらないわ。その靴は出会うべくしてその子に会ったんだもの!

 きっともともとその子の物になるために出来た靴だったんだわ。だから持つべき者の処へ帰るのにお金なんて必要ないのよ!」


そういうやいなや、その女性は扉を開けてその中に滑り込み、ぱちりとウインクを一つ残してばたんと扉を閉めてしまった。

それっきりその女性は扉から出てくる気配はなく、何度扉をたたいても声をかけても無反応だった。


私がどうしようとブーツを持ったまま悩んでいると、ルカ様が私の足元に座る。

そしてそのまま私に近くの椅子に座るよう指示し、私は言われたとおりに椅子に腰かける。

すると私が持っていたブーツを手に取り、私の足に通す。


「!」

「アリス、動くな。傷口に当たってしまうかもしれないだろう。」


そんな事言われたって…!

足に触れられたことと、靴を履かせてもらったという恥ずかしさで思わず足を引く。

するとルカ様に片手で足をやんわりと制止させられる。


「…うん。いい感じだ。」


あまりに恥ずかしくて、履かせてもらってる間はずっと顔を手で覆ってしまっていた。

ルカ様の声が聞こえて、ふと顔を覆っていた手をずらし足元を見る。


「わ…かわいい!」


思わず声が出る。

私が選んだのはベージュのレースアップブーツ。紐を通すところが花の形になっているのに目を惹かれた。あとは…手に持った時のしっくり加減?

あれが本当に運命というものなんだろうと思うレベルで手に馴染んだ。

まるで何年も履き続けた靴みたいに。


ふと顔を上げると、こちらをずっと見ていたらしいルカ様と目が合う。

ルカ様はふっと笑って「よく似合うぞ。」と言ってくれた。

その表情には先ほどのような動揺はもう見えなかった。


そのままルカ様は立ち上がり、床に置いていた荷物を再び持ち上げると、私のほうに手を差し出す。


「さあ、もう少し買い物が残っている。行こうか、アリス。」

「…はい、ルカ様!」


ぎゅっと伸ばされた手を繋ぐ。

ルカ様の体温を感じる。

お店を出る前に店内を振り返ってお礼を言った。


聞こえていないかもしれないけれど。

こんなに素敵な靴を頂いたのだから、お礼を言わなきゃいけないと思った。


すると店内からふわりと風が吹いた…ような気がした。

なんだか嬉しくなって、繋いだルカ様の手をもう一度握りなおす。

ゆっくり歩いてくれるルカ様と一緒に、また街の喧騒の中へ繰り出した。


買い物は、まだ続く。



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