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6・モブ女視点(数年後の話):家事をするヒモはいらない

「え、うそ……」

 暗闇の中、街灯に照らされていたそれを見て、夜衣花は思わず後ずさった。残業で遅くなった帰り道。自宅マンションの駐車場で血を流した人が倒れていた。

「あの、もしもし、えっと人が倒れてて。えっ、いやよくわからくて……場所は――」

 震える手でスマホを取り出し、救急車を呼ぶ。駐車場に一台車が入ってきたけれど、動転していて気に留めることはできなかった。

 第一発見者として警察に色々聞かれることになり、帰宅時間が大幅に遅れてしまった。防犯カメラはシステム点検で写っていなかった。これは、一週間ほど前からお知らせのチラシが貼ってあったからマンションの住民なら知っているはずだ。

 早く帰りたい。足早に家を目指す。救急車や警察車両が敷地に入ってきたせいか、多くの住民が共有スペースに出ていた。

「あ、夜衣花さん。大丈夫ですか?」

 そう声をかけてきたのはお隣さんの女子大生、志保だった。とてもいい子で、話によると彼氏と同棲しているらしい。

「え、あぁ。うん、なんか大変なことになってるみたい」

 そう答えると、志保の後ろから石川がやってきた。彼は公務員をしている志保の彼氏である。

「最近物騒ですからね」

 夜衣花は石川のことが少し苦手だった。非の打ち所のない素敵な人なんだろうけど、なんというか、よくわからないが苦手なのだ。

 石川はあくまで優しい目をしている、眠そうな、そんな。

「なに?」

 鋭い視線に変わる。急に、そう普通の人みたいな。いやいや、普通の人なんだけどね!

「いえ、じゃあこれで」

 そんなにじろじろ見ていたわけではないのに、咎められたような気がして夜衣花は目を伏せた。そしてすぐに、自分の部屋を目指した。

「ただいまー」

 台所には風呂敷に包んだままのお弁当ある。

「おかえり!」

 リビングから玄関に迎えにきてくれる。姿を見せたのは長身のイケメン、夜衣花と一緒に住んでいる乃絵留だ。

「ねー、お金足りなくなっちゃったから千円貸して!」

 そう、ヒモである。しかもドM。夜衣花はため息をつきながら財布を取りだした。

「そういえばなんか外騒がしいね」

 リビングはそこまで散らかっていない。戦隊ヒーローのDVDを見ていたのか、それが出ているくらいだ。

「あーなんか、色々あって……」

 掻い摘んで説明するが、乃絵留はあまり興味がないようだ。

「ふーん」

「これ見てたの?」

 夜衣花がテレビの前に置いてあるDVDを示すと、乃絵留は照れくさそうに笑った。

「戦隊ヒーロー、昔やってたから懐かしくて」

「そう?」

 ヒーローごっこの話だろうか。男の子はよくやるよね。夜衣花はふふっと笑った。



「お金返すよ」

 乃絵留がお金を返してきた。こんなことは初めてだ。

「なんで?」

 夜衣花は困惑した。たしかに一緒に暮らし始めたのは最近だが、お金に困っているわけではない。

「給料入ったから」

「仕事してたの?」

 ぶっきらぼうな乃絵留の言葉に、とてつもなく失礼な疑問を投げかける。

「まぁ」

 乃絵留はそれだけ言って、どこかへ出かけていった。休みの日だというのに、どこに行くのだろう。

 夜衣花は買い物のために、昼前に外出した。すると、近くの扉の前にどう見てもキャバ嬢の女が立っていた。もっといえば扉をガンガン蹴っている。

「開けろや! さっさと寄越せ!」

 言葉もかなり悪いようだ。あそこはたしか、國塚さんの家だ。あまり会ったことはないけれど、たまに仕事帰りにすれ違うことがある。おとなしくて、小柄な男性だ。キャバ嬢の知り合いがいるのは驚きだ。

 夜衣花はできるだけ気配を消して、そこを通り過ぎようとした。

「あ、あの! そこのお姉さん!」

 気づかれた! キャバ嬢怖い!

「あの私こういう者なんですけど」

 突然に名刺を渡される。彩葉さんというのね。ん? 編集者? それってつまり――。

「先生がドア開けてくれなくて、締切今日なのに」

意外にも礼儀正しい人だな。人を見た目で判断してはいけない。

「あの、でも私――」

「インターフォンでちょっと話すだけでいいんです! 私だと返事してくれないので!」

 し、仕方ない。ここまで頼まれたら。でも、ちょっと話すだけだぞ!

 夜衣花はインターフォンを押して、おずおずと話しかけた。

「あの、近所の夜衣花です。えっと――」

 彩葉のほうを見るとなにか目配せで伝えようとしている。たぶん、彼女のことは隠して話しかけたほうがいいのだろう。

「大丈夫ですか? あの、事件があってから色々大変ですし」

 これは本当だった。いまだに警察は出入りするし、マスコミもたまに取材にくる。

 インターフォンの接続がぶつりと切れる。ダメか……、と落胆する彩葉の言葉を嘲笑うかのように扉が開いた。

「なんか用あるんでしょ、上がって。早く!! 日に当たったら溶ける主に脳が……ゲッ」

 彩葉の姿を見て、國塚は露骨に嫌そうな顔をした。彩葉は扉を足で挟んで閉じられないようにしている。抜け目ない。

「早く原稿寄越せゴルァ、出来上がるまで待つからな!」

 夜衣花はそろそろと気づかれないようにその場を離れた。すると、マナーモードにしていたスマホがポケットの中で振動した。乃絵留から、メッセージが入っている。

『弁当忘れたから持ってきて』

 なんだよ、かわいいところあるじゃないか。場所が添付されている。ここからほど近い劇場? だ。バイト先とかだろうか?

 一度家に戻って弁当箱を手にする。指定された場所に行くが、物凄い人だ。若い女の子が多い。なにかのイベントでもやっているのだろうか。人混みそんなに得意じゃないし、さっさと渡して帰りたい。聞きたくはないけれど、彼女たちの会話が聞こえてきた。

「てか昨日の日替わり乃絵留様やばくなかった?」

「わかる、軽率に語彙力なくすしドSすぎた」

 ん? 聞き間違いだろうか。きっと気のせいだ。

 再びスマホが振動し、メッセージが入る。裏口に来いとのことだ。警備員さんなどを経由して楽屋? のようなところに案内された。

「わー、ありがとう! やっぱり夜衣花の弁当ないと始まらないからさ!」

 かわいいことを言っているが、なんだかキラキラした衣装を纏っている。まって、どういうこと。

「芸能人じゃんやめて! 私ファンに刺されたくない!」

 夜衣花の叫びに、乃絵留はきょとんとしている。

「言ってなかったっけ?」

「聞いてない!」

 夜衣花は再び叫ぶが、乃絵留はどこ吹く風だ。

「戦隊ヒーローやってたみたいな話、前しなかった?」

「ガチのほう!」

 ヒーローごっこかなとか思ってた自分が恥ずかしい。そこで、さっきの女子たちの会話が蘇った。

「てか様付けで呼ばれてるの? しかもなんでドS設定なの?」

「いやなんか成り行きで?」

 なぜ疑問形?

 てか、買い物しなきゃ。



 買い物をして帰ったら、思ったより遅くなってしまった。休みだというのに、なんだか疲れた。

 暗闇の中、街灯に照らされて一台の車がマンションの駐車場に入ってくる。あれ、そういえばこんなこと前にも……。

 夜衣花はぼんやりと、その車を見つめた。駐車を終えた車からでてきたのは、石川だった。

「なに?」

 そんなに見つめていただろうか、いや、わりとそうかもしれない今回に関しては。

「あの、そういえば石川さんあの日……いましたよね」

 そうだ、この車。あのとき通りがかった。

「は? あの日は疲れてて、早く帰りたかったから」

 そう言って、足早にマンションに入ってしまった。取り残された私は買い物袋を持ち直した。

「ねぇ」

 うわ、びっくりした。突然うしろから声をかけられた。振り返ると、國塚さんだ。締切は大丈夫だったのだろうか。

「あれ、自殺なんじゃないかな」

 ぼそりとそう呟くように言う。なんでそんなことを私に言うのだろう。もしかして、昼間のあれ、気にしているのか?

「どうしてそう思うんですか」

「見たから」

 曰く、夜の散歩は國塚さんの日課らしい。夜しか外に出られないなんて、変わった人だ。でもまぁ、あの手の職業の人は変わった人が多いイメージもある。

「それ警察に――」

 私の言葉を遮るように、國塚さんが口を開く。

「俺、一時間以上外出ると死ぬから」

 なんじゃそりゃ。あとで警察に話そう。

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