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1・十月の火曜日

「死にたい」

 口からそんな独り言が飛び出した。私はびっくりして、思わず口を手で覆い、周りに誰もいないことを確認した。

 よかった、近くに人影はない。駅前からはだいぶ離れた公園。女子高生の通学路にしては、いささか物騒だ。

「――ちょっと、――てよ!」

 女の人の声が、公園のほうから聞こえた。痴話喧嘩、だろうか? 最近多いな……。

 私はふぅ、とため息をついてもう一度公園のほうを見た。

 あれって――。

 一瞬、公衆トイレの明かりに照らされて、私と同じ学校のセーラー服が見えたような気がした。もしかしたら、同じ学校の子なのかも。知り合い、かもしれない。

 私の学校のセーラー服はモスグリーンをしていて珍しので、結構マニアには人気があるらしい。変態に知り合いが絡まれていたとしたら大変だ。それに、最近少し物騒だ。ここからは少し遠いけれど、殺人事件だって起きている。

 私はこっそり、音を立てないようにして公園の中に入った。暗くてよく見えないけれど、街灯に照らされて、二人の人影を確認することができた。

「あれ、って」

 リコじゃないか。リコは私のクラスメイトで、だいぶ私に嫌がらせをしてくる。この前は、トイレに閉じ込められたっけ。靴を焼却炉に捨てたり、地味に嫌な奴だ。

 そして次の瞬間、とんでもない光景が目に入ってきた。リコがもう一人の人に首を絞められていた。私の知らない人だ。リコの知り合いだろうか。そういえば最近彼氏ができたとか自慢していたし、それ関連の知り合いなのかもしれない。

 首を絞められたリコは、声を出すことはおろか、息すらできない状況だ。だんだん顔が赤くなって、そしてついに動かなくなった。

 え、死んだの。まさか、そういうプレイなのかもしれないし。

 私は必死で心臓の鼓動を抑えようとしたが、それは難しい。もしかして、本当に神様がいて、私のお願いを叶えてくれる番がきたのかもしれない。私が死にたいなんて呟いたから。次はきっと、私が殺されるんだ。

 涙が出た。咄嗟に、スマホに手を伸ばす。そうだ、私はまだ見つかっていない。このまま隠れていれば無事に家に帰れるかもしれない。

 どんな操作をしたのかわからない。私のスマホがカメラモードになっていた。

 ――そうだ、写真を撮ろう。

 そのとき、リコの首を締めていた人がこちらを振り返った。私は写真を一枚だけ撮った。カシャ、という音とフラッシュがたかれた。

 ああ、馬鹿だ私は大馬鹿だ。

 泣きそうになったが私は恐ろしいほどに肝が据わっていた。

 立ち上がって、走った。家とは反対の、駅のほうへ向かって。

 一度も振り返らなかったけれど、私を追ってくる足音は、途中で諦めたようだった。

 私はしばらく本屋で時間を潰し、塾の自習室でも時間を潰した。最後は、親に車で迎えに来てもらった。これで大丈夫、だよね?

 私の高校はお嬢様女子高として変態に狙われやすいということもあり、親はあっさり塾まで迎えに来てくれた。

 これで、いいんだよね?


  ★


 その日私はどうやって、歯を磨いたのか、パジャマに着替えたのか、次の日の学校の準備をしたのか覚えていない。

 とにかく、いつも通りに過ごせていたとは思う。

 悪夢を見ることもなく、朝がやってくる。目覚ましより少し早めに起きたことは珍しかったが、他に変わったことはない。

 テレビのニュース番組から、行方不明の女子高生がいるということが伝えられていたが、私は動揺することもなかった。

 学校へ行く電車も、一本早く乗れるなんてことはなく、いつもと同じ、遅延もしていなかった。

 学校に到着してからがとんでもない人混みがこちらにカメラを向けてきた。

 ――やっぱり昨日のことは現実だったんだ。

 足早に教室に入ると、多くのクラスメイトがこちらを見ていた。

 それもそうだ。リコはつい昨日まで私に嫌がらせをしていたのに、今日になって行方不明になっているのだから。

 あれはきっともう助かっていない。きっと今頃、あの公園には警察官が大勢いるのだろう。

 戻って確認するべきだろうか、いや、でも犯人は現場に戻ってくるっていうし……。あれそれって放火犯だったっけ?

「おはよう」

 クラスメイトの一人が話しかけてきた。なんだよ、女子怖っ! いや女子校でそんなこといっても元も子もないんだけど。

「おはよう」

 私が挨拶を返すと、相手は人好きのする笑みを浮かべてこちらを見つめてきた。

 ほーん、おぬしやるな。私に語らせようってか。

「なんか校門すごいね」

 まずは当たり障りのない会話! 我ながら頑張ったよ! 私えらい!

 自分で自分を褒めていかないと、耐えられないからな。

「うん、そうだね。なにか聞かれた?」

 かわいい顔してこっち見つめやがってなんだこいつ。なんか腹立ってきたな。

「ううん、ダッシュで逃げた」

 私の会話を終了させるテクニックを舐めてもらっては困る。

「志保ちゃんでも何か知ってそうかなーって私は思ったけどなー」

 こやつ、仕掛けてきたな。まじでなんだかわいい顔しておいてこれですよ。これだからね、うん。怖いわ。

「どうかなー、私ほら、昨日塾行ったし帰りは親に迎えにきてもらったしなー」

 必殺、話題逸らし。これで勉強の話題になれ! うなれ! 自称進学校!

「そっかー、私も次のテストやばいしなー」

 ミッション話題逸らし成功しました。やったー。

「テストの日程確認しとこー」

 そう言って、クラスメイトはスマホを取り出した。

 ――あれ、そういえば昨日なんかスマホで。

「そうスマホ!」

 私が突然大声を出したせいで、近くにいたクラスメイトがぎょっとした顔でこちらを見た。

 そんなことはおかまいなしに、私は鞄からスマホを取り出した。急いで写真アプリを開く。

 やっぱりそうだ。映っている。昨日の、あの公園。街灯のおかげで顔までばっちりだ。

「どうかしたのー?」

 お調子者の女子が私のスマホを覗き込んできたが、さらりとかわした。これあれだな、ロックかけとかんとだめなやつじゃん。あと家のパソコンに転送しとこ。

 とにかくこれは隠し通さないと。でも、隠し通しておけるのか、そもそもそれっていいのだろうか。いやダメなんだけども。

 ホームルームが始まると、神妙な面持ちの担任がリコの訃報を伝えた。

 早めに下校することが許されると、私はまっすぐあの公園に向かった。

 犯人は現場に戻ってくるという。それを信じて。


  ★


 事前に写真をよく見て、犯人の顔を頭に叩き込んだ。本当に全く知らない人だけれど、パッと見た感じ十代後半か二十代前半といったところだろうか。

 公園の前はたくさんの警察官とパトカーが止まっていた。野次馬の中で写真と同じ顔の人を探す。

「おい」

 後ろから声をかけられて、振り返る。探していた人物が目の前にいるではないか。

「話あんだけど」

 ぶっきらぼうに、視線はむこうの警察官を見つめたままその人は言った。よくみると、少しかっこいいかもしれない。いやいや、今はそんなことを考えている場合ではない。

「私もあなたにお話があります」

 思ったより低く、しっかりした声がでた。

「そう、ファミレスでいい?」

 向こうからファミレスを指定してくれたのはありがたかった。正直、車にでも連れ込まれたらかなわない。

 まぁ私も、パソコンに写真を転送してあるからお互い様なのかもしれない。

「はい」

 短く返事をすると、近くのファミレスへ向かう。

 丁度あいていた奥の席に座ると、店員さんが水を持ってきてくれる。

「俺、石川」

 メニューを開きながら相手はそう名乗った。

「志保です」

 名乗る流れなんだろうか、この状況で。いや、この状況だからこそなのかもしれない。

「そう、よろしく」

 なんだよ、やけにあっさりしてるじゃないか。私は表情には出さず、気になっていることを聞いてみた。

「あの、なんで私だって」

 そうだ。あそこの公園にいたからといって、写真を撮ったのが私とは限らない。

「だって緑だったから」

 緑って、この服のことか。でもこれ制服だし……。

「あの、ミルクティーください」

 通りかかった店員さんに注文を始める。なんだこの人。まぁ注文しないのはおかしいけれど、このタイミングで……?

「私、メロンソーダフロートで」

 メニューを見る暇もなく、注文する。まぁこういった店はメロンソーダはあることが多い。

 店員さんも、特になにも言わずオーダーを通してくれたので一安心としよう。

「いや、緑の服の人たくさんいたと思いますけど」

 話を戻して、追及を続ける。

「そんないなかっただろ、マスコミに追いかけられるし」

 たしかに、私もだいぶ逃げつつ探していたもの。だから、石川さんから声をかけられたのは、結果的によかったのかもしれない。

「で、話ってなんですか?」

 私がそう訊ねると、石川さんは余裕の笑みを浮かべた。

「お前も俺のこと探してたんだろ? そっちから言えよ」

 上から目線むかつく、なにこいつ。人殺しのくせに。

 私は、こいつを困らせてやろうと少し考えたのちに、口を開いた。

「じゃあ私と付き合ってください」

「は?」

 びっくりしてる。ざまあみろ。

「ちょっと待って、それって恋愛的な感じ?」

 私が頷くと、少し考えている様子を見せた。

「歯、見せてくれる?」

 ちょ、真面目に本気か? いや、逆にふざけてるだろこれ。

 それでも少し面白くなってきたので、私も笑顔を作って見せた。

「志保さんさ」

「はい」

 これもう笑顔やめていいかな、疲れる。

「昔、歯の矯正とかしてた?」

 真剣な表情でこちらを見つめる。え、なにこれ。てか顔がいい人って得だなおい。私は騙されないぞ!

「いえ……」

「そう」

 困惑していると、注文していた飲み物がやってきた。綺麗な緑色の液体にアイスが浮かんでいる。さくらんぼは最後に食べる派だ。

 そうだ、もっと困らせてやろう。

「明日車で迎えに来てくださいね」

 私の言葉に、石川さんは目を細めた。

「よく俺の車乗ろうと思うな」

 ボソリと呟いた声は聞こえないフリをした。

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