1結び目 出会いの縁
日本神話における神々が現代日本においてどういう存在なのか考えていくことを前提に、現代における混沌とした事情を縁という意味を含めてかんがえていく作品ですが、内容は1話目以降ほのぼのと解決していく内容となっております。お暇があればひとまず1結び目に目を通してみてください。
吾輩は猫である。名はアオ、魂7つ目の神獣、猫又であると同時に家猫でもある。
長年生きた吾輩でも、今目の前で起きた光景は驚愕である。吾輩の主が、自身の影から現れた怪異に心の臓を一突きされ倒れておられる。
「あ…え?」
彼女がその怪異に気が付いたのは、自身の左胸を一突きされた瞬間だった。音もなく、気配もなくソレは現れた。
彼女の黒い飼い猫を連れて、商店街の路地に入ったその瞬間だった。
「おい!貴様何者だ!主に何をした!」
声を上げたのは黒い猫だった本来は口も利かないはずのそれに怪異も驚いて目線を上げる。
「驚いた、お前猫又だったのか。長年生きてるが初めてお目にかかったよ。」
軽口をたたくそれはふわり宙に舞って頭を垂れた。
「我は、七つの大罪が一人色欲のアスモデウス。世に言う悪魔ってやつだよ。」
「ナナツノタイザイ?悪魔?なんだそれは?」
「人語を操っても所詮は獣か…人の中に巣食う7つの罪それを7つの大罪という。」
「キリストとかいう宗教のやつのアレか?だったら吾輩の方が格は上だな。吾輩は魂7つ目の神獣だ、ただの猫又ではないぞ。」
直立二足歩行で、胸を張る黒猫の姿を目にしてあっけにとられているアスモデウス。
「…ッフ。神の小間使いって奴か…お前ごときに、我がやられるとでも?」
「小間使いじゃねえし。むしろ神と同格だ!そして吾輩には主から賜った大切な『アオ』という名がある!お前言うなこの下っ端め!」
猫が吠えるというのも言いえて妙なものに聞こえるが、アオは全身の毛を逆立てて自らの主とアスモデウスの間に立つ。
「下っ端とは失礼な物言いだな、獣の魂には興味はないが…お前もお前の主人同様魂を喰らってやる…!」
アオに向けてアスモデウスはその鋭利な爪を向けた。
「下っ端に下っ端というて、何が悪い?」
その声はアスモデウスでもなく、又アオでもない。落ち着いた透き通る様な声が滑るように彼らの後ろから発せられた、その瞬間ごつりとした鈍い音とともに、アスモデウスは額に手を当てて地面に伏した。
「!?」
辺りに霧が立ち込め視界を悪くしていく、事態の把握ができない状態ではあったがアオが先に変化に気が付いた。
「主!!」
「おのれ…魂を喰らってやったはずなのに‼なぜ立ち上がれる」
「己の身の丈に合わない魂は引きずりだせぬのよ?知らんかったか?」
どうやら懐から出した大きな鋏の柄で殴ったようだ。
辺りの霧が薄らいで、人の形が見えてくる。腰に手をやって自分の魂を喰らったと喚いている悪魔だと名乗る彼を見下ろしている。
「結果的に記憶と、元の力が戻ったことには感謝する。アオ、感謝する。妾の体を守ってくれていたのだな、神獣の猫又だったのには正直驚いたが。」
「エヘヘ…それほどでもー!」
すり寄って、ゴロゴロのどを鳴らすさまは普通の猫なのだが。
「何者だ!確かに我は、お前の魂を抜いてやったはず…!」
「妾の名は、菊野くろ。」
「人間ではないだろう?!」
「まぁ、人ではないわな。妾は、縁と縁を結ぶ八百万の神『菊理媛神』よ。ついでに、教えてやるとな、お主が喰らったといった魂は外側の入れ物だけじゃ。中身の魂はお主の身の丈に合わぬ大きさだった故手が届かんかった。外側の殻を壊されたことで本来の姿と記憶を取り戻したというわけじゃ。もちろん、縁の神としての力と過去の記憶は魂とともにある。不幸中の幸いといったところかの?幸いの方が大きい気もするけどの。」
鈴を転がすような笑い声が小さな空間を埋めていく。
「縁の神だと…?莫迦な…神は絶対神一人だけだぞ!」
「ずいぶん信心深い『悪魔』じゃのう。ここをどこだと思っているの?八百万の神が住まう神の国、暁の国よ。お主がその絶対神とやらに駒として扱われていることも知らぬとは、哀れとしか言いようがないのう。」
額に手を当てて憐みの目をアスモデウスに向ける
「神の駒だと…?我は色欲のアスモデウス。人間の堕落を促す悪魔だ!神の手先では決してない。」
「お主は、忘れている。お主は魔族の中で鬼神という存在、本来であれば現世と幽世の番人であるべきモノ。そうじゃの、百聞は一見にしかずじゃ。見せてやろうかの絶対神という偽りの神と無理やり結ばれたお主の悪縁を、そしてそれを断ち切ってやろうこの『菊理の大鋏』で!!」
アスモデウスの額を殴った鋏を天高く振りかざした。
吾輩の主殿はちょっと世間からは外れた生き方をしていらっしゃる。持って生まれた魂の質のせいなのか、現代社会にうまくはめ込まれずはじき出されてしまったような方だ。
少し変わった精神の病を患っていらっしゃり、この現代一般の社会でいわゆる『普通』のお務めはできない人なのだ。飼い猫である吾輩にその『普通』はわからないが、魂7つ目を生きている吾輩にはこの現代社会の方が主殿よりも歪であると思う。
主殿は国からもらえるお金と、紐と玉とをその手で結んで紡いだ装飾品を売って生活をしていらっしゃる。
そんな生活なのに吾輩を養っていることはどうなのか?と思ったことは何度もある。しかしながら主殿曰
「私が死なないために、必要な存在なの」
だそうだ。吾輩の命は人の命よりもおそらく軽んじられている、神獣である吾輩は過去の記憶もすべて持ち合わせており野良で暮らしても問題はない。ただ、この人をほっておけば本当に一人で死を選んでしまう人だと危惧している。
他が命を背負って生きることで、自分の生きる道を作る…この方はなんと複雑な生き方をしているのだろうか。
「生きているだけなのに、なんでこんなにお金がかかるのかしらね。」
吾輩には主殿の命をお支えすることしかできない。吾輩が身銭を稼ぐことはできない、歯がゆいばかりで何もできない吾輩をそれでもお側においてくださる。せめて、あなた様の背負ったその荷を少しでも軽くして差し上げることはできないだろうか。
たかが飼い猫一匹に何ができる、寄り添うだけ。吾輩が神獣位の猫又だとしても…吾輩の力はこの黒い毛並みから発せられる守護の力だけ『魔の力』から主殿をお守りすることだけ。
鋏を振りかざし祝詞を口にする。
「高天の原に神留座す 皇親神漏岐神漏美の命をも 八百萬の神等を 神集に集め給ひ 神議に議給ひて 吾皇御孫の尊をもて 豊葦原の水の國を 安國平けく所知食と …」
流暢に、また荘厳に辺りに響き渡っていく祝詞。
「なぜ⁉動けぬ?」
「神自らが口を利いているんだ。唱え終わるまでおとなしく聞いてろ。」
アオが自体が呑み込めていないアスモデウスに対してぴしゃりと言う。
くろは慌てているアスモデウスに目線を動かしはするが、言葉は留めず祝詞を唱え続ける。
「残れる罪は不在者ぞと 祓ひ申し清め申す事の由を 神等に平けく安らけく 御いさみ給いて聞食せと申す…。」
大鋏は宙に浮いている。祝詞が終わって一度大きく手を鳴らし合掌する。
「なんだ!何なのだ!何をした!」
「今のはの、祝詞というて言葉自体に払いの力が宿っておる。」
アスモデウスの体から地上へ向けて黒い無数のツタが這っていく。
足へ、腕へ、黒いツタが這って行く。
「なんだ…これは!」
「古よりこれを唱えるだけで自身を祓い清め願いをかなえるとされておるありがたーい、お言葉じゃ。」
自分の手に絡みついたツタのような奇妙な黒いもの
「それが、縁ってやつだよ。主殿が見える形にしてくださった。お前は本当に唯一神というやつに好かれているんだな。その黒いツタがその縁だよ。」
アオがこともなげに説明しだす。
「わかるか縁の禍々しさが、『唯一神』とやらがあんたに与えた契約みたいなものだ。しかも、これは悪縁本人の意思とは無関係に『縁の神』も介さずに無理やりに結ばれた縁だ。」
にやりとしたり顔をしてアスモデウスを見据える。
「日本という国には宗教はないはずなんじゃ。それは神という存在自体が人の生活に密着した状態でその信仰を糧に生きとし生けるものに公平な糧を与えて育まれた国じゃからの。神なんて言う存在自体は畏怖の存在であって、人に有益な存在ではないからの。祈りという人のエネルギーをささげることによって、一人ひとり身の丈にあった糧を与え、共存していたのが昔の日の國じゃ。今この技術の発展しきった状況からは考えられぬほど神と人間のつながりは強固じゃった。しかし、妾が魂の封印をされたことにより、緩やかに誰も気が付かぬほどゆっくり人は神々の縁から切り離されその影響が現代に大きく響いてきておる。人々が死を恐れるのがなぜか、生きることに執着をするのはなぜか、それも誕生と破壊の神々との縁が薄まってしまってきたからじゃ。」
「その話が、我のこの状況と何が関係しているというのだ!」
懇切丁寧に今の時代と過去の時代についての説明を聞かされてもまだ納得のいかないアスモデウスにアオが口をはさむ
「それは、お前さんが「唯一神」というこの星作った奴に利用されてるのに気が付いてないっていうのがそもそもの問題だ」
「我は人の影に、心の闇に取り付いてそのものの精神をむしばみ魂を喰らう存在。それが神への報復だと我は認知している。
それ自体が間違いということなのか‼」
アスモデウスには、くろの言い分がやはり理解できていないようである。禍々しい黒いツタが自分の足元から徐々に上半身へと延びていって自由を徐々に奪っている。
「お主は勘違いをしておるようじゃ。そもそも人の黒い魂を喰らっているというが、本当に 『食べている』のか?
妾には、その精神を壊して、人々を疲弊させているだけの存在にしか見えんのじゃが…。」
アスモデウスはくろを睨みつけ、その一挙手一投足に目を配る。
「百聞は一見にしかずじゃ。妾は「縁の神」いうなれば「縁」を結ぶことしかできないが、縁といういのは絶大な力を持つ。
妾が結んできた縁はもう数えきれん。妾が人として封印され、今日までに数千年かかっている。その間に人と神、人と人
死と生、神々と神々の縁は妾が封印されたことによって、少しずつすり減って今にいたる。ただ、運よく力を取り戻したことによって、最悪の事態は免れた。奴の思惑通りこの星が自然に消滅することは食い止められるかもしれん。
縁の力とはそれくらい影響力がある。だから妾を一番最初に封じ込めたのじゃろうな。」
「「唯一神」が結んだという縁だとしても切れるものなのか?」
「ふん。『縁の神』を甘く見るなよ。妾はすべての縁を司るもの、創造の力を持ってるものが相手だとしても切れない縁はない、繋げない縁もない。今からお主に絡みついた悪縁を切ってやる。この面白くない戯れをひっくり返す。」
くろはにやりと口角を上げて、アスモデウスにそう告げ、宙に浮いた大鋏を手に取り黒く太く伸びた蔓を断ち切った。
「な、何を!」
「妾には直接の生殺与奪の力はない。安心しろ悪いようにはせん、ちょいと意識が混濁するやもしれんがの。」
黒い蔓が霧散し、大気に溶けるように消えていくと同時に彼はふらりとその場に膝をついた。
「さて…アオ、選択権はお前にある。妾と眷属の縁を結ぶか?結べば縁を結ぶ力も使えるようになるぞ。ただし、独立した神獣としての地位ではなく縁神の眷属としての神獣になることになるがな。」
「地位には興味などないのだ!主のためならば!眷属の神獣として残りの魂を全うする!」
間髪入れず返事をするアオに満足げに笑みを浮かべ手を組む。
「縁結!眷属の縁。」
藍色の無数の帯がくろの袖口から現れ、アオを包み込んでいく。
「よし。これでお主は妾の眷属じゃ!これからも頼むの!」
満面の笑みを浮かべて黒猫を持ち上げて頭を撫でる。
「さて、アスモデウスとやら…意識の混濁はいかほどじゃ?」
頭を抱えてうずくまるアスモデウスに目線を落とす。
「…は!私は…!」
「人格まで変わるのか、無理やり結ぶって恐ろしいな。」
アオが呆れたように声をあげた。
「申し訳ありません…。黒い縁を結ばれていた間の記憶はハッキリ覚えていません…ただ、モヤモヤと何かした映像としての記憶はあります。なんで…こんなことに。」
「お主のせいではないが、人の精神に介入したことには変わりはない。」
アスモデウスの胸を人差し指でとんとんと叩く。
「お主の”本当の名”は?」
くろが少し含みを持たせて尋ねる。
「魔族の中でも鬼神には元々”名”を名乗る風習がないのです。生まれた落ちたその瞬間から鬼神として生きることが使命」
「ふむ…。一括りで『鬼』じゃからの。名は体を表す、そこに付け入る隙を与えてしまったようじゃの。」
少し考えこんでから言葉を紡ぐ。
「さあ、名もなき哀れな鬼神。お主にも選択権をやろう。ひとつ、このまま鬼神として幽世へ行って過ごす。」
時間にしてほんの数秒間をあけて続ける。
「ふたつ、妾の眷属…縁神の眷属の鬼神として利用された鬱憤を晴らす!どっちか好きな方を選ぶとよい。ちなみにじゃが、このまま無防備な状態で現世にはおいておけぬからな。」
また無理やり変な縁を結ばれるかもしれない、と付け加えてアスモデウスもとい鬼神に問う
「迷う必要はありません。『 菊理媛神』様、あなたの…縁神の眷属として人の世のために日の國を救うために、尽力させてください!」
くろに目線を合わせ膝をついて頭を垂れる。
「うむ。しかと承った!さすれば、そなたに『名』を与えよう、そなたは紅い鬼神の一族これからは”スオウ”と名乗れ。」
再び手を組みなおした。
「縁結エニシユイ…眷属の縁」
再び藍色の無数の帯が二人を結び付ける。
「このすおう、縁の鬼神として人との縁のために働いてまいります!」
「おぉ!期待しておる。しばらくは地盤固めが必要じゃから外で働いてもらうことになるやもしれんからの。それから、妾のことは『くろ』と呼ぶように。」
「承知いたしました。くろ殿。」
人の世は混沌を迎えている、日の國の縁は世界のため人のため。このはじまりが世界に変革をもたらしていくこととなる。
最後まで読んでいただいてありがとうございました!良ければ感想などいただけると嬉しいです。
読んでいて飽きない文章を必死になって考えておりますので遅筆ながら長々とほのぼのと連載していけたらなとおもっております。




