第03話 ♨ フード少女と温泉街 ♨
フード少女っていうのは、ひなののことです。
妹の話に発展したのは数十秒前。
電車内は混んでいるので勇たちは座れなかった。入ってきたドアとは反対のドアに寄りかかって、話をしていた。
「なんか都会っていいよね。みゃーは昔から田舎生まれ田舎育ちだから、羨ましくなる。」
「そうかな? 俺は都会育ちだけど、たまには田舎に行きたいなー、ってときもあるよ。都会って発展してるように見えるけど実はそうでなかったりするし。」
「そうなの!?」
驚いたようで今までの可愛らしい顔とはちょっと違い面白い表情をした。玲奈と同じような。
「なんかその驚きかた、昔、亡くなった妹と同じような顔をしてる。」
このようにして妹の話題へと進んでいったのだ。
しかし、
「その、亡くなった妹さん、近くにいるけど、見えてるの?」
そう言われたのだ。
これはどういうことを意図して言われたのだろう。
ひなのは真剣な顔をして、勇を見つめている。近くにいる玲奈も、え⁉ と困惑して勇と、ひなのの顔を交互に見ている。
これは完璧ひなのも見えているということだろう。でも確認せざるを得ない。
「俺の妹、玲奈は今俺たちのことをキョロキョロ見てる?」
「う、うん見てる。もしかして上川君も幽霊のこと……」
ひなのは自分から話だしたのに、まさか! という顔で勇と玲奈を見ている。
「まあ、幽霊のことが見えるわけではないと思ってる。たぶん見えるのは妹だけ。」
「そっか。上川君も見えてたんだ。」
「よろしくお願いします~。勇にぃの妹です。」
やっと話が回ってきたと、うれしかったのか、少し声が高くなっている。
というか、玲奈が幽霊になって勇以外の人との会話だ。
玲奈も敬語が使えるようになったのだと感心する勇。
「よろしく。上川君の妹の……」
「玲奈です。勇にぃのことこれからお願いします。」
「よろしく。玲奈ちゃんって呼ぶね。 私のことはひなのでいいよ。」
「年上なので、ひなのさんって呼びます。」
ひなのは玲奈に「電車内だと一般の人に不審に思われるから、向こうついてから話そうね。」と約束し、話を終わらせた。
すると今度は勇に視線を向け、話し出す。
「勇にぃって呼ばれてるんだ。じゃ、私もこれから同級生なんだし、勇にぃって呼んじゃおうかなー」
さっきまでは明るい子だったのに今は少しいじ悪な要素が入っているひなの。まるで小悪魔な猫。
そんな猫であっても勇を勇にぃと呼ぶのだけは勘弁してほしい。
「いや、宮日、それだけは勘弁してくれ……」
「ま、いいや、でも上川君ってのは私も慣れないんだよね。勇でいい? 」
勇は少し考えたのち、答えを出した。別になんてこともないのだが、先ほどのからかいもあり、少しだけ警戒をしている。
でも、いいけど、と小さな声で言ったのだった。
その後は、長い沈黙が続いた。それは何といっても玲奈と勇が疲れていたからだ。
玲奈はたぶん昨日興奮して寝れなかったせいで、勇は、朝から予想外のことが起きたりと散々な目にあったからだ。
玲奈は宙に浮きながら、勇はドアに寄りかかりながら、寝てしまっていた。
ひなのは、というと全然疲れている様子はなく、ポケットからスマホをとりだして音楽を聴いていた。
スマホは偶然なのか猫耳のスマホカバーをつけていた。
音楽を聴きながら、ひなのは変わっていく景色を見て楽しんでいた。
三十分くらい寝ていた勇だったが、電車の揺れで頭をドアにぶつけて眠りから覚めた。
隣にいた、ひなのはクスクス笑っている。
「勇、面白いね。 いやー、今の計算してやってた?」
「いや、今のは受けを狙ってたわけじゃない…… おっと、」
否定しようとした時、電車が急ブレーキをかけ、体勢を崩してしまった。
それは思いもよらない形となる。体がよろけたのでそれを支えようと反応した右手の先は電車のドアで、
その数センチ先にはひなのがいる。
さらに最悪な事態は起こる。玲奈が急ブレーキの音に反応して、起きてしまったのだ。
「あれ? 勇にぃ? もしかして、ひなのさんに壁ドンって言うやつしてるの?」
寝ぼけながら本人は言っているつもりであろうが中々痛いところを突いてくる。
「やっぱ自覚ないだろうけど、勇は面白いよ。その後の玲奈ちゃんの反応も。 私久しぶりに面白い人達と出会った気がする。 でも、壁ドンじゃ、ない……よね?」
「あ、ごめん。 無意識に。」
さすがのひなのも急な壁ドンには驚いたらしく、少し顔を赤くさせている。
勇が弁解すると少し玲奈に誤解されそうだ。今発した、無意識に、という言葉もたぶん誤解されている。
そう、無意識に壁ドンしたと思われているのだ。
「勇にぃ、 無意識に壁ド……」
その玲奈の不審に思う言葉を電車が発車する音でかき消されてしまった。
運がいい。
周りの人の注目も浴びてしまったが、発車してしまったので、誰も気にしている様子はなかった。
すぐに発車しなかったらどうなってたか、わからなかったのだが。
玲奈はまたすぐに寝てしまった。今度は深い眠りについたようだ。
その後も沈黙の時間が続いた。気まずかったわけではない。
少し話す話題が尽きたというか、話すことがなくなったという感じ。
だが、朝、玲奈と話したことで思い出したことがある。
それは旅館についてのこと。全く知らないというよりはちょっとくらい知っていたほうが安心する。
「あ、そうだ。 旅館の人たちってどんな感じの人?」
ひなのは右耳からイヤホンを外し、もう一回言うように合図した。
「あー、旅館の人ね。みんな優しい人たちだよ。といっても三人くらいしか住んでないんだけどね。」
「あれ、そうなんだ広そうだったからアパート的な感じでたくさん住んでるのかと思ってた。」
「私たちが住んでる所は、確かに広いけど、駅から遠いからちょっとだけ不便なんだよね。」
その後、だからみんな駅の方の家を買うなどのことを教えてくれた。
また、施設についても色々と。何やら温泉付きだし、温水プール付き、卓球する場所もあるらしい。
これだけの話を聞いただけで容易に楽しいことが想像できる。
ひなのには詳しいことは旅館についたら大体のことはわかると言われた。
たぶん教えてくれるのだろう。
その後、またまた睡魔に襲われて寝てしまった。
「……-い、おーい。終点だよ。」
ひなのの声がする。もう終点のようだ。ひなのは甘い優しい声で勇を起こそうとしてくれた。
「あれ、もう終点か、意外と早かったような。」
「いやいや、勇さぁ、めっち爆睡してたよ。一時間半くらい。玲奈ちゃんも。」
時刻を確認すると十一時になっていた。二時間くらい電車に乗っていたことになるが、短く感じられる。
寝ると時間なんてあっという間に過ぎていく。
周りを見渡すとひなのと玲奈二人しかこの号車にいない。人が降りている様子もない。
それほど、ここを利用する人が少ないのだと推測できる。
「あれ、ひにゃのさんに、勇に…… むにゃむにゃ。」
目をこすりながら玲奈も目を覚ます。目覚めはそれほど良くないようで、寝ぼけている。
ゆっくりと電車を降りる。一回受験のときに来たが、別の場所のようだった。もちろんいい意味で。
辺りは自然に囲まれている。爽やかな風が勇たちを歓迎してくれているようにも感じた。
そして静かな改札を出るのであった。
改札を出た直後、
ぐぅ~、勇のお腹が鳴る。玲奈もひなのもお腹を確認する。
「お腹すいたし、昼にでもする?」
勇がどうする? と合図を送ると二人ともこくっと首を縦に動かした。
「あ、ちょっと待って、旅館に連絡してみる。」
ひなのがスマホをポケットから取り出し、メールを送信する。相手は女将さんだろうか。
するとピロンと音がなり、メールが返ってくる。
「まだ、用意が完璧にできてないから、昼は食べてきてだって。 今日は特別だし、みゃーがおごってあげる。」
笑顔を見せると、ひなのは歩きだしていった。駅周辺の店にいくのだろう。
駅周辺はそんなに都会とは変わらず、飲食店や、コンビニ、タクシー乗り場もあった。
すると、ひなのがあそこと指をさした。ラーメン屋のようだ。
雰囲気は昔ながらの店。ひなのはここの店主と仲がいいと教えてくれた。
店員は店主を含む一人しかいないらしい。
ちょっと早い昼時なので勇たち以外に客はいなかった。
ラーメンを三人は黙々と食べていた。玲奈は久しぶりのラーメン、可愛い口をしているが、勢いはすごく麺はあっという間になくなっていた。
ひなのは猫舌のようで食べるのに苦戦していた。途中、勇が大丈夫? と声をかけたが、心配はないと返事をもらった。
しかし、先ほど、三人分注文した時違和感なく、店主はあいよ、と威勢のいい声で言ってくれたが、今誰が食べているのかわかっているのだろか。
「なあ、宮日、今玲奈が食べているラーメンはどうやって見えてるんだ?」
「ああ、そのことなら大丈夫、だってこの店主、玲奈ちゃんのこと見えてるから。」
店主がうん、とうなずく。最初から見えていたようだ。
「いやー、長年幽霊見えるんだけど、幽霊のお客さんなんて初めてだね。」
その店主は優しく、珍しいものを見れたと、おまけをしてくれた
店を出たが、まだ時間はかかるらしい。
準備は念入りに、ということだろう。
この近くには何があるのだろう。さっきのラーメン屋で時間を潰せばいいと思うが、そういうわけにはいかない。
とにかく、この近くを満喫したい。そして町に馴れたい。
ひなのにそのことを伝えると、この近くを案内してくれることになった。
「この近くは温泉街なんだ。ここからちょっと遠いけど。」
「学校は確かこの辺だったよね?」
「そうだよ、神田旅館から徒歩十分くらいかな。 ちなみにここから旅館までは三十分。温泉街まではそこから少し歩く。」
すると玲奈が温泉街という言葉に反応する。
「ひなのさん、温泉街って温泉まんじゅうとかも売ってるんですか?」
「売ってるよ、おいしいって評判の店知ってるよ。行ってみる?」
「ぜひ、行ってみたいです! お兄ちゃんもそれでいいかな?」
勇も行くか、と玲奈の願いを聞き入れ温泉街に行くことになった。
歩いていると、昔ながらの家や、一軒家などが多くなってくる。
たまにすれ違う人もいたが、その人たちのほとんどは浴衣を着ていた。
ここに宿泊施設などが多いのだろうか。
「やっぱりここって旅館多いのか?」
「うん。たまに宿泊する人がいるってくらいかな。 温泉とかに入りに来ている地元の人も多い。」
その後、勇は景色を堪能して、玲奈とひなのは仲良く話をしていた。
女子同士だからなのか、ちょっと性格が似ているからなのか話が合うらしい。
――三十分後――
温泉街に着いたが、やはり駅周辺とは違い人が多い。
いい香りがしてくる。食べ物などを売っているのだろう。
「まんじゅうはどこですか? 私めっちゃお腹すいてます!」
「おいおい、お前さっきラーメン食べたばっかだろう。」
「デザート……ではないけど、それは別腹なの! ひなのさんもそうですか?」
急に話を振られたのがびっくりしてちょっと困惑している。
「え?、まあ、みゃーもデザートは別腹って感じかな。」
「ごめん、宮日なんか妹の話に巻き込んじまって。」
「女子の前でデザートの話をすると大体はこう言われるよ。女子の口癖かな?」
そうなのか、と勇は頭の隅っこにその知識を入れておく。たぶん使うことはないが。
そろそろまんじゅうが売っているところらしい。いい香りもだいぶしてくる。
少し離れたところから見ても、まんじゅうを買う列もそれなりに並んでいる。
「だいぶ並んでるなー、さすが人気店だな。」
「今日はいつもよりすいてるよ。でも並んだかいがあったってくらいおいしいから。」
列に並んでいると、
「あれ?ひなのさん?そちらの方はもしかして?」
前にいたのは背の低い女の子。薄い水色の髪をしている。
身長は150後半くらい。ひなのよりも少し小さい。中学一、二年生くらいだと考えるのが適しているだろう。
「あれ?ミナちゃん、用意はできてるの?」
「いえ、これから夕飯の支度をしなければいけません。どうしても、上川さんにここのまんじゅうを食べてもらいたいと思いまして。だから準備はまだなんです。」
母親の手伝いなのだろうか、素朴な疑問をひなのに聞いてみる。
「宮日、女将さんの子供?」
すると女の子は
「あ、これは上川さん、申し遅れました、神田旅館の女将をしています眠木ミナです。」
「え⁉」
ミナは勇たちに向けて優しい笑みを送った。
明けましておめでとうございます。今年も書いていきます、伊月優です。
新年早々の第三話となりました。四話は投稿は明日は難しいと思います。明後日とかに投稿予定です。