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返事がない…。と言うことはそれが返事なのだけれど。

作者: 日下部良介

スマホの画面を確かめる。ずっと目の前に置いてあるスマホの画面を。何もない事は分かっているのだけれど、もしかしたら、気が付かないうちにメールが入っているのではないかと。

分かってはいるのだけれど、やはり、なんの着信もない事に気持ちが沈む。


彼女とは先週の週末に会ったばかりだった。それから一週間、ボクのなかで禁断症状が始まっていた。

『今夜はどうですか?』

彼女にメールをしたのは昼頃だった。彼女も仕事があるのですぐに返事が来ることを期待はしていなかった。

時計を見る。23時を回っている。

「今日は無理なんだろうな…」

ボソッと呟く。

「何が無理だって?」

キッチンで洗い物をしていた妻に声を掛けられた。

「いや、なんでもない。先に寝るよ」

そう言ってボクは書斎へ引き上げる。ここ数年、妻とは同じ部屋で寝ていない。


結局、彼女からの連絡はなかった。それに対してボクは彼女を責められない。彼女はボクのものではないのだから。返事がないということは、それがNGだと言う返事なのだとボクは理解している。

ボクたちの付き合いはそういうスタンスなのだから。


「そんな風に連絡も寄越さない女なんかあり得ないだろう」

友人たちはそう言う。

「考え直した方がいいんじゃないか」

とも。

考えてしまえば、ボクは彼女とは付き合うべきではないのかも知れない。世間とはそういうものなのだから。

ボクにも彼女にも家庭がある。


翌日、彼女からのメールの着信があった。

『昨夜はごめんなさい…』

そんなメールをボクは期待していない。案の定、彼女からのメールは別の要件だった。昨夜のボクのメールに対することなど一行も記されていなかった。ボクは要件に関する返事だけを打ち込んだ。

『了解です』

そして、続けてこう打ち込んだ、

『相変わらずわ忙しそうですね。今度時間があるときにまたお願いいたします』

けれど、それはすぐに削除して『了解です』それだけ返信した。


ボクたちは普通のカップルじゃない。だから、普通の付き合いは許されない。

ボクたちのことを見ていた友人が同じ様な事をやった。ただ、ボクたちの様な付き合いは出来なかった。普通の付き合いをした結果、二人の家庭は崩壊した。


その週末、再び彼女からのメールが入った。

『今日なら大丈夫ですが、いかがですか?』

いかがもクソもない。ずっと待っていたことだから、すぐに返信メールを送った。

『大丈夫ですよ』

会う場所、時間、全て決まっている。そこに顔見知りは来ない。そんな場所でしかボクたちは来ることが出来ない。

「そんなんで楽しいのか?」

そんな風に聞いてくる友人もいる。けれど、ボクたちはお互い、楽しむために会っているわけではない。会うことがお互いにとって生きていく上で必要なことなのだ。

そして、ボクは2週間振りに彼女の顔を見た。さして会話もない。ただ、一緒に居るだけ。時間は当たり前に進んでいく。

「そろそろ帰りますか?」

「そうですね」

誰も歩いていない時間を見計らって、ボクはタクシーで彼女を自宅まで送る。

「今日もありがとうございました」

「こちらこそ」

彼女を降ろして、再び、タクシーを走らせる。少しだけ。ボクは彼女を降ろした場所を振り返る。彼女の姿は既にない。


そんな付き合いが10年続いている。

ボクはまた彼女にメールをする。けれど、彼女からの返信はない。ボクは送ったメールを削除する。

なろう投稿700作品。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 大人な付き合い方が良かったです。 文章も読みやすいと思いました。
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