008 美人生徒会長
昼休み、周りからの視線が痛い。
理由は分かっている。
今日の精霊召喚の授業のせいだ。
俺は今、幼女な契約精霊に命令して新任の女教師を泣かせた挙句、授業の評価をもぎ取った極悪非道の男として噂されているらしい。
既に学園ではかなり広まっているらしく、廊下を歩いた時に「ひっ」と避けられた時はさすがにやばいと思った。
とはいえルルの行動は端から見ればその通りなので、弁解することも出来ない。
ルルが闇魔法で担任を脅し、結果、俺は授業の評価を得ることが出来た。
精霊召喚の授業で一匹も精霊を召喚していないというのに、だ。
「……はぁ」
思わずため息を吐く。
俺の学園生活はこのまま皆から避けられ続けるのだろうかと考えると、さすがに憂鬱な気分になって来る。
「アクセル君はいますか?」
「……ん?」
そんな時、教室の外から声をかけられる。
振り返ってみれば、そこには見知った顔があった。
「生徒会長、どうしたんですか?」
「あ、アクセル君。って、私のことは名前で呼んでください、と言ってるじゃないですか」
「あーはいはい、ウラ先輩」
こちらに気付いた生徒会長――エレオノーラ先輩は文句を言いながらこちらに近付いてくる。
「それで今日はどうしたんですか?」
「いえ、ちょっと話があったんですけど大丈夫ですか?」
「あー……、今から弁当を食べようとしていたんですけど」
「それなら話をしながら食べていただければ。私もまだ食べていなかったので大丈夫ですよ」
因みにだが全然大丈夫ではない。
何を隠そうエレオノーラ先輩は美人だ。
しかも超がつくレベル。
そのうえ生徒会長というだけあり、周りからの信頼も厚い。
それに比べて俺は幼女趣味の変態だと噂される日々を送っている。
そして今日の授業ではその幼女に担任の女教師を脅させたという話まである。
そんな対極的な二人が一緒にお昼ご飯を食べるなど、大問題だ。
事実、周りのクラスメイトは今にでも生徒会長に考えを改めるように進言しようとうずうずしている。
俺も逆の立場だったらそうしているだろう。
「じゃあ行きましょうか」
「は、はい……」
しかしその美貌から繰り出される笑顔に断ることなど出来るはずがない。
俺は周りからの視線に耐えながら、ルルを連れてエレオノーラ先輩の後を追った。
◇ ◇
「まあエレオノーラ先輩って言ったら、ここですよね」
俺たちが連れてこられたのは生徒会室。
普段からここのリーダーとして活躍している彼女には、昼休みにここを利用することなど造作もないことなのだろう。
「というか俺たちが来なかったら、ぼっち飯だったんですか?」
無人の生徒会室に、思わず聞いてみる。
すると笑顔だった先輩の表情が一瞬で凍り付いたのが分かった。
「ぼ、ぼっちじゃいけないんですか?」
「い、いやそういうわけではないんですけど……」
「わ、私なんてどうせ周りから嫌われてますよーだ。生徒会のメンバーにだって、いっつも避けられてますが何かっ!?」
若干瞳を潤ませながら文句を言ってくるエレオノーラ先輩を見ていると、途端に可哀想な人に見えてくる。
しかもどんな勘違いを拗らせれば、そんな結果になるのか不思議だ。
だが普段の先輩とのあまりの格差に、思わずにやけてしまいそうになるのを何とか堪える。
「は、早くご飯を食べましょうか」
「…………」
苦笑いを浮かべながらの俺の提案に、無言で従い席に着くエレオノーラ先輩。
俺とルルもそんな先輩に釣られて正面に座る。
「それで話って言うのは?」
弁当を用意しながら、先輩に聞いてみる。
そもそも俺がこんな場所に来たのも、それが理由だ。
じゃなければ、また良からぬ噂のたちそうな行動は控えるに決まっている。
「アクセル君が精霊を使って新任の先生を脅して泣かせたって報告が来たんですけど」
「そんな事実はありません」
エレオノーラ先輩の言葉を即座に否定する。
まさか先輩がそんな噂を鵜呑みにする人だったなんて、俺ショックです。
「じゃあ何もしなかった、と」
「あー、うちのルルが少しやんちゃしたかもしれません」
「……はぁ」
俺の言葉にため息を零す先輩。
その気持ち、嫌というほどによく分かります。
「あなたはそのやんちゃで、新任の先生をやめさせるですか……」
「そ、そんなつもりは全くないんですけどねー……」
全くうちの精霊ちゃんには困ったものである。
俺は隣で弁当を食べ終わっているルルを見る。
「ってそれ俺の弁当じゃねえか!? しかももう何も残ってない!?」
気付けば、俺が用意していた弁当がなくなっている。
更にルルは既に自分の弁当だけでなく、俺の弁当までも全て食べ終わっていて、俺には何も残っていない。
「何をやってるんですか……。自分の精霊のことはちゃんと契約者が責任を持たなければいけないんですよ?」
「うっ……」
呆れたような先輩の声。
あまりの正論に思わずぐうの音も出ない。
「それを言うなら先輩の精霊だってけっこうやんちゃじゃないですか」
「私の精霊はちゃんと言うことは聞いてくれるので――ララ」
「ひゃっほーい」
先輩の声に、そんな頓狂な声で答えたのは先輩の契約精霊――ララだ。
ちょうど俺たちの真ん中ら辺に実体化したララは明らかにテンションがおかしい。
しかし何を隠そう、このララという精霊はこれが普通のテンションなのだ。
人型をとれるララは光属性の高位精霊で、そしてルルと同じ幼女だ。
だから普通なら煩いと思ってしまうようなテンションでも、年相応で可愛く見えてしまう。
まあ実際可愛いのだが。
「あ、ルル! やっほー!」
「……ん」
そしてそんなララは、ウチの契約精霊のルルと仲がいい。
お互いに合わなそうなテンションなのに、やはりお互いが幼女なのが関係しているのだろうか。
何はともあれ幼女がいちゃこらしているのを見るのは癒されていい。
「アクセル君、ちゃんと話を聞いていますか?」
「あ、すみません」
二人の様子に目を奪われていた俺に、先輩が不服そうに言う。
「だからちゃんと自分の精霊のことは自分のことだと思って、ちゃんとしてくださいね?」
「は、はい」
先輩の言葉に、俺は頷く。
確かにいつまでもこのままというわけにはいかないだろう。
時間はかかるかもしれないが、ちゃんとルルの手綱をとっていけるように頑張るしかない。
「あ、あとお弁当がないなら、これどうぞ」
「え、良いんですか!?」
そう言ってエレオノーラ先輩がこちらに一切れの卵焼きを差し出してくる。
いわゆるあーんというポーズに思わずごくりと唾を飲むが、躊躇っていてはこの機を逃してしまうかもしれない。
慌ててぱくりと口の中に含む。
「ど、どうですか?」
「お、美味しいです、すごく」
心配そうに呟く先輩に何度も頷く。
実際かなり美味しい。
食べさせてもらったということも無意識の内に味の評価に含まれているのかもしれないが、それでも十分に美味しい。
「そ、そんなこと言ってもこれ以上はあげませんからねっ?」
しかしそう言うエレオノーラ先輩の頬は若干赤く染まっている。
何だかんだ言っても自分の料理を褒められるのは嬉しいのだろう。
「そ、そういえばアクセル君、生徒会に入るつもりはありませんか?」
唐突に思い出したようにそんなことを言ってくる先輩。
しかし俺は首を振る。
「以前からその件については丁重に断らせていただいていますよね?」
「そ、それはそうですけど、闇精霊の高位精霊と契約しているんですから生徒会に入っていないのは不自然じゃないですか」
「確かにそうかもしれませんが、単に俺がそういう役柄が苦手なんです」
実は生徒会に入らないかという話はこれまでにも何回も先輩から交渉されていた。
その度に断って来たのだが、もしかしたら今日も最初からこの件について話そうと決めていたのかもしれない。
「うー……」
「じゃあ話はこれくらいみたいなんで、俺はそろそろ教室に戻りますね」
これ以上ここに留まっていれば、また先輩が何かと説得を試みてくる気がする。
案の定、俺が立ち上がった時、残念そうな声があがる。
俺はララと遊んでいるルルの手を取ると、最後に挨拶だけ残して生徒会室を出た。
「なあ、そういえばルル」
「何ですか?」
教室への帰り道、俺はルルに声をかける。
「エレオノーラ先輩が俺に色々してくれるのは何も文句言わないんだな?」
つい先日も同じようなことを聞いた気がする。
確かあの時はミアについて聞いて、ミアの胸が小さいから大丈夫だと言われたはずだ。
だがエレオノーラ先輩の胸はターシャほどではないが普通に大きい方だと思う。
なのにどうしてルルは何も言わないのだろうか。
「え……」
しかしルルは若干引いたような視線でこちらを見てくる。
そんな反応にむしろ俺が驚かされる。
「まさかあんな綺麗な人にアクセルなんかが相手にされると思っていたんですか……?」
「…………」
こいつ、絶対泣かす。