004 たまには真面目に訓練です
「アクセル、訓練の相手してくれない? ……ってひどい隈ね」
「んぁ? まあ俺の相手してくれるやつもあまりいないから、正直助かるけど」
学園設備の訓練場にやって来ていた俺は、馴染みのある声に振り返る。
そこには俺のクラスメイトのミアと、その契約精霊である火属性の高位精霊が立っていた。
因みに俺たちは今、精霊の力を使役するための訓練の真っ最中だ。
「まあ隈に関しては、主にこいつのせいだな」
「ルルちゃんの?」
俺は相変わらず隣から離れないルルをジト目で見ながら呟く。
ミアは俺の言っていることがよく分からないのかルルに視線を向ける。
そしてそんなルルは当事者にも関わらず、まるで無関係のような表情を浮かべている。
「淫夢を見せてくれるっていうから頼んだら、悪夢を見せられたんだよ」
「い、淫夢っ!?]
俺の言葉に驚きの声をあげるミア。
おお、やはりミアも俺の気持ちが分かってくれるか。
「……へ、変態」
俺が感動を露にしていると、ミアが物凄く冷たい視線で俺を射抜いてくる。
まさかそんなことを言われるとは思ってもいなかった。
俺の感動を返せ。
あ、でも客観的に考えて、幼女にえっちな夢を見せてくれというのはどこからどう見ても変態だった。
あれ、俺って変態?
「どこが悪夢ですか、全く失礼な人ですね。アクセル好みの魅惑的な私がたくさんいたでしょう?」
思わぬ自己嫌悪に駆られていた俺だが、ルルの発言はさすがに看過できない。
しかもミアが聞いているところでそんなことを言ったら……。
「……き、きも」
ほら、こういうことになる。
ミアの冷たかった視線がさらに冷たくなる。
もはや視線だけで人が殺せそうな勢いだ。
「何が俺の好みだ! 俺が好きなのはナイスバディなお姉さんだっつうの!」
「————はい?」
何とか誤解を解くべく俺がそう言い放った瞬間、世界が止まった。
俺の手を握るルルの力が次第に強くなっていて、今では離すに離せなくなっている。
「ル、ルルさん?」
俺は決して隣を見ないように気を付けながら、恐る恐る名前を呼ぶ。
心なしかルルの手が震えているような気がするのは、怒りからの震えではないと祈りたい。
そして俺の身体の震えは、もちろん恐怖からだ。
「アクセルは、ナイスバディなお姉さんが好みなんですか?」
隣から凍てつくような声で、ルルが聞いてくる。
思わず全力で否定したくなるが、ここで退いてしまったら、またルルの思うつぼだ。
そもそも俺はルルのご主人様なのであって、ルルに対してびくびくする必要など全くない。
威厳をもって話せばきっとルルも分かってくれる――
「————浮気ですか」
「ルルが世界で一番好みです!!」
無理でした、はい。
諦めます、ルルが世界で一番可愛いです。
「本当ですか?」
だが俺の言葉が信じられないのか、ルルは疑いの視線を俺に向けてくる。
そんなルルの空いている方の手には闇魔法で作ったのだろう黒い物体が浮かんでいた。
「ルルが世界で一番大好きです!!」
やはり人間、恐怖には勝てない。
それが真理だ。
「ま、まあ、当然ですよね」
僅かに上擦った声でふふんと胸を張るルル。
因みに張れるだけの胸があるのかと聞かれれば、微妙なところだが。
しかし何にせよ、どうやら危機は去ったらしい。
「……ち、小さな女の子に告白したぞ」
「ついに自分の契約精霊に手を出したか……」
「ち、近付いちゃだめよっ! 孕まされちゃうわっ!」
え? 訓練場で大声で叫んだから、ミアを含む周りの人たちから散々な言われようだって?
そんなの、死ぬよりはマシだろ?
「じ、じゃあそろそろ気を取り直して、訓練を再開しますか」
「おう、そうだな」
そういえば今は授業中だったことを思い出した俺たちは、互いに向かい合う。
ミアの声が若干上擦っているのは、恐らくさっきのことを未だに引きずっている証拠だろう。
「訓練の仕方はどうする?」
「そうね。出来れば精霊たちの力をどれだけ引き出せるか試したいから、一対一がいいわ」
「じゃあそれで」
基本的にこの授業は精霊を使役するための訓練なら、何をしても構わない。
だが俺は、周りの生徒たちからは訓練の相手として避けられている節がある。
それは断じて俺が幼女趣味の変態だと噂されているせいではなく、高位精霊と契約しているからだ。
少なくとも俺はそう信じたい。
そのせいで俺の訓練相手は主に俺と同じ高位精霊と契約しているミアになっている。
とはいえお互いに高位精霊同士を戦わせれば、少なからず周りにも影響が出るだろうし、契約者同士で戦おうというミアの提案は悪くはない。
「じゃあルルは大人しくしててくれよ?」
「分かりました」
日々、俺にもっと精進するように言って来るだけあってか、訓練を邪魔する気はルルにもないらしい。
ミアの方も準備ができたのか、既にいつでも戦える体勢に構えている。
「よし、俺も準備できたからいつでもいいぞ?」
「そう? じゃあ遠慮なく――ッ!」
そう言うと同時に、ミアは掌に大きな火の玉を生み出し俺の方へ放って来る。
だがそんな単調な攻撃、当たるはずがない。
「防げ」
俺が手をかざすと、目の前に影が生まれる。
その影は俺に迫りくる火の玉をもろともせず、完璧に防ぎきる。
「くっ! フレイム!」
俺が防ぎ切ったのを見て、ミアがすぐに次の玉を放って来る。
しかしそれも同じように影が防ぐ。
「これならっ!」
すると今度は先ほどよりも一回り以上大きな炎をこちらに放って来る。
顔に必死さが見えるあたり、これが今ミアが出せる全力なのかもしれない。
でも、それじゃまだ影は超えられない。
「————喰らえ」
俺の言葉に呼応するように、影が蠢く。
そして迫りくる巨大な炎を一瞬で吸い込んでしまった。
それこそまるで呑みこむように。
炎が消えた後に残されたのは、影を操る俺と、その場にへたり込むミアだけだった。