001 ウチの闇精霊は嫉妬深い
新連載です。よろしくお願いします。
「今回の依頼って何だったっけ?」
「オーク五体の討伐です。そんなことも覚えていないんですか?」
何もない平原を歩きながら、隣を歩く幼女に尋ねる。
しかし返って来るのは普段通りの毒舌を含んだ答えだ。
そもそも聞いたのが間違いだったか。
「うっ、ちょっと確認しただけだろ」
本当は全く覚えていなかったのだが、それを言えばまた毒を吐かれるのは目に見えている。
わざわざ自分から毒を浴びに行く必要はないだろう。
「どうだか。まあそれよりも、あそこにちょうど五体いるようなので早く終わらせてください」
俺を疑うような言葉を言いながらも標的を教えてくれる幼女の視線の先を見てみれば、確かにオークが五体いる。
その手には槍のようなものが握られ、離れていてもその巨体はよく分かる。
並みの冒険者じゃ単独ではとてもじゃないが戦いたくない相手だ。
五体ともどこかへ向かっている様子を見ると、もしかしたら今から自分たちの縄張りに帰ろうとしているのかもしれない。
縄張りごと潰してしまうのも手だが、今回の依頼はオーク五体の討伐だ。
それ以上の数を倒しても討伐分の報酬しか手に入らない。
それだけでも冒険者の稼ぎとしては十分なのだが、別にそこまでして稼ぎたい欲もなければ、正直こんな依頼ぱぱっと終わらせて、早々に帰ってしまいたいという気持ちの方が強い。
その点だけ言えば、幼女と考えが同じだ。
「まあ暴れられても厄介だし、いつもの頼めるか?」
「はぁ、仕方ないですね」
幼女が遠くにいるオークへ手をかざすと、その途端、オークの挙動が明らかにおかしくなる。
まるで突然何も見えなくなったように辺りをきょろきょろと見回している。
事実、オークたちには何も見えていない。
それはこの幼女の闇魔法による力だ。
「じゃあ後は適当にやってください」
「はいはい、分かりましたよ」
これ以上毒を吐かれるのも面倒だ。
オークには申し訳ないが、早々に終わらせてもらおう。
俺は視界を奪われたオークに近付く。
「突き刺せ」
その瞬間、俺の足元の影が伸びる。
その影はあっという間に伸び切ったかと思うと、五体のオークの腹を容赦なく突き刺す。
オークたちは何が起こっているのか分からぬまま、断末魔の叫びをあげて力尽きた。
「うわっ、汚っ……」
オークの死体に近付くが、地面には溢れんばかりの血だまりが出来ている。
見ていて思わず気分が悪くなるが、ここで反応すれば幼女の毒の種になるのは間違いない。
我慢だ、我慢。
俺はこみ上げてくる吐き気を何とか堪えながら、オークの討伐部位である耳を五体分切り取る。
「ただいま」
「遅かったですね。怪我はありませんか? まあ怪我なんてしてたら雑魚いにも程がありますけど」
「……心配するなら最後までしてくれよ」
残念な幼女に思わずため息を零す。
しかし幼女の言葉も一理あるから困る。
「だってそうでしょう? そもそも闇属性の高位精霊である私がオーク退治など、不敬です」
そう、何を隠そうこの幼女。
何と稀少属性と言われる闇属性の、しかも高位精霊————ルルだ。
人型をとれるのはつまりはそういうことである。
ただなぜ幼女なのかは分からないが、どうやらそれはルル自身も分かっていないらしい。
だが見た目は幼女とはいえ、仮にも高位精霊。
その真の実力は竜をも圧倒し、天変地異を起こすとも言われている。
とはいえ俺の魔力でこの場に顕現している以上、ルルは本来の力を出すことは出来ないのだが、それでもオーク五体を討伐するなどお遊戯の域を出ないのだろう。
本来ならオーク一体でも手間取る俺が、いとも簡単にオークを倒すことが出来たのもルルの恩恵によるところが大きい。
「そりゃあ俺の実力不足ですみませんね」
「本当です。早く強くなってください。私に見合うくらいに」
しかしこの幼女、如何せん生意気だ。
誰の魔力で、この場にいられると思っているのだろうか。
「何か言いたいことでもあるんですか?」
「イイエ、ナンデモ」
ルルがジト目で振り返って来る。
こいつ、考えを読み取ることが出来るのかと一瞬焦ったが、恐らく俺の不満の気配を察知したのだろう。
油断大敵とはまさにこのことだ。
「……まあいいです。依頼も終わりましたし早く帰りますよ。ほら、いつもの」
「リョウカイデス」
ルルは相変わらずジト目のままだ。
これ以上刺激するのは得策ではない。
ルルの言葉に、俺はその場で体勢を低くする。
すぐに背中に感じる確かな重力感。
いわゆる”おんぶ”というやつだ。
ルルはこういう依頼の時などの移動の際、大抵、俺の背中でおんぶされていることが多い。
何でも身体を密着させている方が顕現のための魔力消費が少ないということで、そう言われれば出来るだけ魔力を節約したい俺は断れない。
ルルの手が、俺の首に回される。
この状況で幸いなことと言えば、ルルが幼女であるおかげで身体の起伏が少ないということだろうか。
グッジョブ幼女。
「うっ……」
ルルの手が俺の首を絞める。
「失礼なこと考えましたね?」
「……ソ、ソンナコトハナイデスヨ?」
「ほら、馬鹿なこと考えてないで早く帰りますよ――アクセル」
「はいはい、お姫様」
何か考えてもルルにバレてしまいそうな気がした俺は、これ以上何も考えないように気を付けながら街への帰路についた。
◇ ◇
冒険者ギルドの扉を開ける。
その瞬間、ギルド内の屈強そうな冒険者たちから威圧的な視線が向けられる。
しかし俺の背中ですやすや気持ちよさそうに眠るルルにすぐに表情が崩れだす冒険者たち。
騙されるな皆。
こいつは口を開けば毒を吐く、ひどい幼女なんだ。
「——いてっ」
眠っているはずのルルから背中を叩かれた。
一体どういう仕組みなのか、ぜひ教えてほしいところだが今回は見逃してやろう。
決してまた殴られるのが怖いわけではないぞ?
にやけ顔の冒険者たちの視線をすり抜けながら、受付まで迷わず進む。
「テトラさん、ただいまです」
「あれ、アクセルさん。おかえりなさい」
俺が声をかけたのは数ある受付の一つ。
茶髪の癖っ毛がチャームポイントの受付嬢、テトラさんがいるところだ。
別にテトラさんが一番好みのタイプとかっていうわけじゃなく、単純に冒険者になりたての頃からお世話になっているが故の選択である。
「ってもう依頼終わらせてきたんですか? 相変わらず早いですね」
苦笑いを浮かべるテトラさんは、俺の周りにいる数少ない常識人の一人かもしれない。
そんな常識人っぷりがたまらないぜ、全く。
「まあこれでも精霊使いなんで」
「この子が高位精霊だなんて、信じられませんよね……」
俺の背中におんぶされているルルを見ながら、思わずと言った風にテトラさんが呟く。
全く以てその通りだと思う。
高位精霊なら高位精霊なりの威厳というものを持った姿で現れてほしいものだ。
例えばそう、お姉さんボディのような。
「あ、これが討伐部位です。よろしくお願いします」
「はい。オーク五体、確認しました」
そう言いながら、今回の依頼の達成報酬を手渡ししてくれるテトラさん。
これまではいつも専用のケースのようなもので渡されていたはずなのだが。
突然の変化に戸惑いつつ、もしかしたらケースが壊れたのかな? などと推測しつつ、テトラさんからの手渡し報酬を受け取る。
「————っ!?」
その瞬間、首が絞められた。
咄嗟のことに何事かと視線だけで確かめると、そこには普段以上に無表情のルルがいる。
その瞳の光は消え、どこか虚ろだ。
「……今、その女の手を触りましたね?」
「え˝……!?」
ルルの言葉に、思わず唸る。
確かに触ったと言えば触ったかもしれないが、報酬の受け取りの時にほんの少し触れただけだ。
弁解を試みるが、首を絞められているせいでそれも出来ない。
一体この幼女の身体のどこにそんな力が隠されているのか分からないような強い力に、俺は拘束を抜け出すことができない。
「……目の前で浮気するなんて、いい度胸ですね。そんなに私の闇魔法が恋しかったなら、言ってくれればよかったのに」
『誰もそんなの恋しくないいいいい――――ッ!?』
そんな叫びは、視界が真っ暗になると同時に消え去った。