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籠の鳥の卵が割れるまで  作者: 鳴田るな
愚者編 後
94/99

史書

 バスティトー二世はまさしくマリウス朝アレサンドロ王国、亜人共の頂点に立つ女神であった。

 在位期間は二十五年。彼女の代で亜人国家は一時的な頂点を迎える。


 女王は自らのカリスマ性で築き上げた絶対的な権力の下、民にあまねく富と財をもたらした。その勢いはわずか数年で帝国の領土を最大にまで拡張し、彼女の威光を世界中にとどろかせるほどであった。

 彼女が生きている限り、亜人の世は永遠に栄えるかのように思えた。しかし実際には二十年程度、一瞬の栄華に過ぎなかった。


 猫の神の名を持つ女王はその名の通り非常に気まぐれな女だった。

 四人産んだ子どものうち長男に冠を譲ってからは、王都を離れた離宮に拠点を移し、政治から興味を失った。

 譲位して後自らの築いた楽園に引きこもっていた女王だったが、あるとき自分の墓を作り始めた。

 そのちょうど五年後に、


「我が神が旅立たれた。我は彼の魂の伴侶にして永遠の下僕、ただちに後を追い、供をつとめるものとする」


 という言葉を遺し、棺桶の中に「神」と共に姿を消したとされる。


 従順なる臣下と言う名の彼女の魂の奴隷共がその骸を暴くこともなどありえるはずもなく、事前の遺言通り、王都郊外にあらかじめ設営が進められていた墓に埋葬された。

 葬列には都中の人々が押し寄せ、猫神に祈りを捧げ、死を、彼女に見捨てられた自分達の将来を嘆いた。



 彼女は四人の子を産んだが、うち二名は外国に嫁いで後消息が途絶え、一名は夭折したとされる。

 いずれも婚姻により王宮を出たことは口伝から確かなのだが、革命時の混乱のせいか、正確な記録が残っていないためわからない点も多々ある。



 二十歳で母親に譲位され戴冠した幼名ロステム、王名イライアス一世は、治世の前半はおおむね良き王であった。女王の無理に広げた領土を、可もなく不可もない程度に捌いていたが、いつまで経っても子が得られないと次第に思い悩むようになり、信仰に頼ろうとして、または母親である女王に対抗するように、神殿との仲を深めていく。


 王は正妃との間はもとより不仲であったらしく、愛人の一人を後宮に閉じ込めて息子を産ませた。これがイライアス二世である。一説によればその愛人が死去したことによりさらに心乱れ、息子が九つの年に発狂した。発狂の原因については王と対立した者の陰謀であるという説もあるが、とにかく強引に幼い王に譲位し、その後全く政治に関与しなくなったことは確かである。


 王宮の奥に閉じこもって後五年はかろうじて生きながらえていたが、やがて自らの生にも完全に無関心になり、四十四歳で生涯の幕を閉じる。



 九歳で即位したイライアス二世は、父王の傾けた政を立て直せるはずもなく、幼さに任せて享楽にふけり、最後は革命軍を率いたムロフェリに毒杯を授けられ倒れた。

 イライアス二世は容貌のみ優れた暗君として語られがちだが、貴重な同時代の別人の手記によれば、後に語られるほど物のわからない少年ではなかったという声もある。むしろ年の割に驚くほど聡明であった、毒杯も意味を理解した上で進んで自ら呷ったとその人物は語っている。


 彼の最大の悲劇は、あまりに早すぎる戴冠と父の放棄であったのかもしれない。父が狂うのが十年後であったなら、あるいは産まれてきたのが十年前であったなら、マリウス朝は後百年続いていたかもしれない――。



 イライアス二世が殺害されて後、亜人国家は亜人と人間の混合国家へとあらためられ、一時はムロフェリを初めとする革命軍の先導者達による四民平等を謳う共和政国家として歩みだそうとした。

 ところが王政貴族政の残る周辺国家はこの新しい国を歓迎しなかったし、恐怖の女王バスティトー二世への信仰によってかろうじて持っていた帝国は内部分裂を止められなかった。

 革命軍は自分達の境遇に不満を募らせていたことのみ利害が一致し、けれどそれ以外の部分では完全にばらばらな有象無象の寄せ集めだったのである。


 共和国家は一年ともたず、あっという間に瓦解した。

 先の革命時に目立ったムロフェリは外交内政様々な不満の矛先になり、市民の私刑で受けた怪我が元で亡くなる。

 この後、帝国は混乱期に入り、亜人達は互いに内乱を起こし合って急速に力を弱めていくことになる――。




 なお、本来ならば革命で真っ先に暴徒共に暴かれてであろう王族の領域についてただ一つ、バスティトー二世の庇護の厚かった箇所のみは、破壊や略奪を免れている。

 それゆえに現在までバスティトー二世、イライアス一世、イライアス二世の眠る王墓は残されているのだ。


 革命を起こす程にまで王の政治に不満を募らせてなお、バスティトー二世という圧倒的な化け物への恐れを、人々は忘れることができなかったのである。



 そしてそれは、数百年経過した今――人間達の国が当たり前になった今でもなお、続いている。


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