小鳥5
その日、いつも通り一人のリテリアが、数多く与えられている自室の一つで母から習った弦楽器をなんとなく遊ぶように奏でていると、奇妙なざわめきが耳に入ってくる。
顔を上げた彼女は、思わずあっと口を開けた。
普段は見ない顔が部屋に入ってくるのがわかったのだ。
「リテリア、今日も一人で暇そうね。このわたくしが邪魔しに来てやったわよ!」
「ララティヤお姉様!?」
ド派手に、下手をすると女王よりも豪華に着飾った十四の姉は、動く度にじゃらじゃらと重たそうな飾りの音を鳴らす。成熟の早い彼女は凹凸の出始めた身体に結構きわどい露出衣装をふりまいていて、それが妖しい色気を醸し出している。
リテリアはいかにも意地悪そうに言い放たれた割に、嬉しそうな反応を返した。
ララティヤは激しい気性の持ち主だったが、その分裏表がなくはっきりと物を言う。
その性格はむしろうらやましいとすら思えるもので、あちらから一方的に嫌われているから交流がないだけ、リテリア自身からはララティヤに敵意の類いや苦手意識すら抱いていなかった。
長女は次女の反応がお気に召さなかったのか、フンと大きく鼻を鳴らし、本来の部屋の主であるリテリアを差し置いて、一番座り心地の良い場所に腰を下ろす。
すぐに、いつも長女にくっついて回っている九歳の三女もやってきて、こちらはそのすぐ脇にまるで侍女として控えるがごとくすっと収まった。
こちらの方は装飾品だけは姉と同じように豪華なものの、年相応の可愛らしく落ち着いた布で、手堅く身体のラインを守っている。
「ごきげんよう、リテリア姉様」
「ルルセラも元気そうで何よりよ」
ルルセラの方は相変わらず声をかけても反応が鈍く、何を考えているのかわからない。
ただ、長女が駄目というから声をかけてこないだけで、たぶん嫌われてはいないだろうとリテリアは感じている。
それにしてもいつも徹底してこちらを避けているのに、今日はまたどういう風の吹き回しだろう?
リテリアは内心首を捻りつつも、いそいそとクッションを差し出す。早速我が物顔で三つほど占領し、優雅に寝そべりながら、ララティヤは切り出した。
「わたくしが来たのが腑に落ちないって顔ね」
「ええと……その」
「ま、いつもだったらあんたの顔なんて見たくもないけど、今日はいじれるネタがあるから来てやったのよ。だからもっといやそうな顔しなさいよ、さあもっと不快でたまらないって態度になりなさいよ……涼しげな顔しちゃってなんて子なの、これだからあんたは嫌いなのよ!」
ララティヤはお得意の高慢な顔をして得意そうに言い放つが、リテリアは思わずぽかんとした後、苦笑いが飛び出そうになるのを必死で抑える。
何せいじれるネタとやらにまったく心あたりがないし、姉のいびり方が清々しすぎて逆に悲壮になる余地がない。
わがままで、関係者に当たりが強い事で有名な長女だったが、慣れてしまえば割と単純な人物だ。
案外、四兄妹の中で一番つきあいやすいのは彼女なのではないかと思ってしまうほどに。
ともあれ、リテリアの余裕が崩れないからだろう。
ララティヤはイライラとした様子で尻尾を素早く振り回しながら、優雅に行儀悪く頬杖をついた。
「フン! そんな顔をしていられるのも今のうちよ。ロステムは今日ここに来られないんだから」
「ええ、そうらしいけれど」
「あら何よ、もっと残念がってるかと思ったら案外淡泊じゃない。いつもべったりしてるくせに」
ララティヤがルルセラに目配せすると、ルルセラはこくこくうなずく。
リテリアはびいん、と楽器を指で弾きながら苦笑して答えた。
「別にそんなつもりはないわ。お兄様が少し……その、過保護というか、構い過ぎというか……それだけよ。だってお母様やお姉様が冷たすぎるんだもの、きっとその分を私で紛らわせているんです。お姉様、せっかく兄妹なのですから、もう少しお優しい言葉をかけても」
「いやよ。絶対に、いーや。わたくしあいつのこと大っ嫌いだし、苦手なんだもの。あのツーンとすました横顔、お母様にそっくり。外面が良いだけにより一層腹が立つわ、絶対中身はろくでなしなのに、なっかなか尻尾を出さないんだもの。ああ寒気がする」
ララティヤが大げさに腕をさすると、横でルルセラも真似をして二の腕をさすさすしている。
リテリアがどうしてここの家族達はお互いに似たような事を言ってお互いを遠ざけ合っているのか、と少々気を遠くしていると、ふと長女の鋭い視線を感じた。
「ふうん。なぁんだ、わたくしたちに対抗してそっちでまとまるのかと思ったら、あんたからはロスにぞっこんって程でもないのね」
何かまた知らないうちに機嫌を損ねたのだろうか、と身を縮める次女を見たまま、長女はごろんとうつぶせに体勢を変えて目を細める。ルルセラも姉の上にころんとうつぶせに転がったが、三女のことは怒らない。リテリアはわずかにうらやましげな視線を二人に投げかけた。
「お兄様はお忙しいお人だもの。それに王太子よ? 私とは立場が違います」
「そうね。もうすぐ大人になるんですもの。だから縁談の一つや二つ来てもおかしくない」
ベン、と間抜けな音が弦楽器から漏れた。
いまいち話がどこに向かうのかわからず曖昧な表情を作り続けていたリテリアだったが、ララティヤのちょっとした爆弾発言に今度こそ目を丸くする。
「え、縁談?」
「なんだ、そのぐらいの反応はしてくれるのね。良い子のあんたのことは嫌いだけど、そういうちゃんと生きてる人間っぽいところは嫌いじゃないわよ」
「もしかして今日来られないのは、今朝方あんなにいつにも増して身なりを整えてお外にいらしたのは……ああ、そういうこと! つまりお見合いをしてらっしゃるのね?」
「そうよ。説明の手間が省けて何より。それにしても、はん、やっぱりあのグズ隠して後でうまいこと丸め込むつもりでいたのね。そんなことだろうと思ったわ、いい気味よ」
今度こそ自分のほしいリアクションが返ってきたのか、満足そうにララティヤが喉を鳴らして笑う。
しばらく呆然としていたリテリアだったが、ララティヤの長い尻尾がべしんと床をはたくのを聞いて我に返った。
「ええとそれはその……おめでとう、と言っておくことなのでしょうか?」
「何が?」
「だってお兄様は大人になられるのでしょう? 良いことのはずだわ。どうして私に隠そうとしたのかしら、別に怒ったりなんかしないのに。変な人ね」
恋人の事で私が何か困らせる事でも言うかと思ったのかしら、あの人ったらどれだけ私の事を幼く見ているのでしょう。
頬を膨らませるリテリアに、ララティヤは何故かやや冷たい視線を投げかける。
「あんたはそれでいいわけ?」
「はい?」
「だから――たとえばね。恋人ができたら、前ほどあんたのことを構ってくれなくなるかもしれないじゃない。それこそちょうど今も長期ご不在中の、うちの女王様みたいに」