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籠の鳥の卵が割れるまで  作者: 鳴田るな
リテリア編
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小鳥3

 ロステムはよくリテリアに本を読み聞かせてくれた。

 手を引いて一緒に宮殿を歩いてくれることもあった。

 七つも年上、男の彼が幼いリテリアの遊びにつきあう光景はいささか滑稽に見えていたかもしれない。

 リテリアは度々、ロステムの外面や彼の都合を考えて恐縮の態度を示したが、ロステムは言葉巧みにリテリアを説き伏せては、強引にでも一緒にいることを選んだ。


 長男である彼の自由時間は姉妹達ほど長くない。リテリアから見たロステムは、母と同じようにいつも忙しそうだった。

 ただ、母が忙しい場にリテリアを連れて行きたがらないのと反対に、ロステムは忙しい時でも可能な限りリテリアを伴いたがった。


 リテリアは長男のそうした行動を、彼の義務感や信念から来るものであろうと推測していた。

 ロステムはおおむね非の打ち所のない王子で、人間関係もそつなく、誰に対しても平等に優しかった。

 それこそ次期国王、万民のお手本のような人だった。王女たるリテリアの孤立を、良いものと感じていないのは確かだろう。

 あるいは、優しい人だから、純粋に母に置き去りにされたリテリアの事を哀れんでくれているのかもしれない。

 幼い彼女はそんな風に、当時の彼を理解していた。


 リテリアは聞き分けの良い子だったので、ロステムが何か、たとえば勉強をしている横で、大人しくちょこんと座って本を読んでいる。

 けれど母が帰ってくると、手にしていた物もそこそこに、歓声を上げて彼女に駆け寄った。


「仔猫ちゃん、元気にしていた?」

「おかあさま!」


 母もリテリアには会いたくてたまらなかった顔をするが、娘が不在中に誰と一緒だったか知ると、大抵目に見えて不機嫌になった。


 リテリアが母の腕の中で頬ずりしている間、ロステムの金目は静かに置き去られた遊び道具や本へ、そして母へと向かって動く。一方、バスティトー二世の金目と銀目は、じっとひたすらロステムをにらみつけている。


「ごきげんよう、母上」

「息災か、ロステム」

「ええ、おかげさまで。特に不自由なく過ごさせていただいております」

「そうか。今は何を?」

「勉強を。問題ありませんよ、何も」


 リテリアは母と兄が言葉を交わし始めると、自然と緊張を覚えた。

 二人の言葉は王族、大人同士の分別とやらを考慮しても随分と他人行儀だった。

 リテリアがまだこんなに幼かった頃から。


「……リテリアが世話になったようだな」


 次女をしっかり抱え上げながら母が固い声で言うと、長男は微笑んだ。

 微笑んだと言うよりは、皮肉っぽく口をゆがめた、という表現の方が正しかったかもしれない。


「どうぞ、気に入らないなら好きになされば良い。あなたがこの世の頂点だ。あなたのなすことはすべて正しい。僕を下したいのなら、ララティヤと同じように気絶するまで打ってみては?」


 棘のある言葉にリテリアは息を呑む。

 さっきまでただ挨拶を交わしていただけのはずなのに、なぜ二人ともこんなに怖い顔をしているのか?

 母に抱かれながらおろおろと二人を見比べるしかない。

 バスティトー二世がうなるように牙を剥いた。


「そうですとも。バスティトー二世がなすことは正しいのです」

「ですが、ロステムも王太子でございます、母上」

「王太子だ、王ではない。……それとも何か?」


 二人は自分たちのことなのにまるで他人のように話す。

 幼いリテリアはぐずりかけ、鼻をすすった。

 するとそれを聞きつけた母ははっと耳を立て、あやすようにリテリアを揺らす。


「おお、リティ、仔猫ちゃん、心配することなんて何もありませんよ。……ロス。お前もまだまだ子どもですね。次はもっと上手におやりなさい」


 再びロステムに向いた彼女は、相変わらず冷たい調子ではあったものの、先ほどより大分険のゆるんだ調子で話しかけた。


「戻ります。未熟な王太子は、引き続き勉学に励むよう」


 バスティトー二世はそれ以上興味をなくしたようで、長男に一言素っ気なく言葉をかけると、くるりときびすを返した。


「打つぐらいでその曲がった性根が治るなら、それこそとっくに死ぬまで打っているのに」


 いたく不穏なつぶやきを小さく残して。



「おにいさま……」


 抱え上げられたままのリテリアが、残されてうつむくロステムの事を気にかけようとすると、甘い調子を帯びつつも、低く鋭く母は呼びかけた。


「仔猫ちゃん、ロステムはおよし。あれは駄目です。最悪と言っていい男ですよ。もうちょっとまともな奴にしておきなさい。苦労で済みませんよ」


 リテリアは母の言葉の意味するところはわからなかったが、彼女と兄が不仲であることはわかっていた。

 母の柔らかい身体に身を寄せて、そっと尋ねる。


「おかあさま、どうしてそんなにおにいさまをおきらいなの?」

「わからないか? 説明するまでもないではないか」


 母はぴしゃんと言い放つが、少し間を置いてから立ち止まり、気を取り直すようにやや優しく言い直した。


「……仔猫ちゃん。わからないのなら、そのままでもいい。けれどお母様がお前の事を思ってこう言っているということだけは、きちんと理解しておきなさい。ロステムに近づきすぎてはいけない。あれは、お前が思っているほど良い性格をしていないし、お前が思っているよりずっと不器用な男ですよ。もっとマシなのになさい。世の中にはたくさん人があるのですから」


 そう言い聞かされてしまっては大人しくうなずくしかない。


 しかし、バスティトー二世は我が子をそうやってたしなめはしたものの、積極的に自分で対策を講じるまでには至らなかった。

 結局、母親が姿を消している間、構ってくれる相手は変わらずロステムだけという状況が続く。


 リテリアは対立する二者の間で軽く板挟みになっていたが、優先順位は確実で、母がいれば母に従い、いなくなればロステムに従った。そしてロステムとは、母の言葉を守ってちょっとした距離を保ち続けた。

 それでしばらくは、緊張がありつつも均衡は保たれていた。



 あんなに立派な兄なのに、才能あふれる母には物足りなく見えているのかもしれない。

 リテリアはそう自分を無理矢理納得させる。


 実際、バスティトー二世にはリテリアにはわかっていなかったロステムの問題がはっきりと見えていたのだろう。

 けれど、彼女は結局長男を終始捨て置いた。

 興味がなかったのか、余力がなかったのか、あるいはさらに別の考えがあったのかまではわからない。



 結果として、ロステムは満たされない青春期を過ごす。

 そしてそのふくれあがった飢餓感は、後に彼を凶行に走らせることになるのだった。


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