手記8
長い、長い、両親の話をして。ようやく私のところまでやってきました。
改めて名乗りましょう。
私の名前はレィン。後のイライアス二世。
昼間の間は男の子。王子様として振る舞った。
夜になると女の子。死んだ姉の身代わりとして振る舞った。
父はイライアス一世。またの名をロステム。
母はリテリア。父の実の妹であった人。
公式記録では二度の結婚を経て、二度目の結婚で不義を起こして謹慎処分。その最中に病死したことになっていた。私はけして母の事を表で語ることができない。私の母は公表できないほど身分の低い女だったということになっている。
その通り、表沙汰になんかできるはずがない。
――殺された夫の姿を憎む相手に投射し、生涯息子を娘として扱い続けた気狂いのことなんか、話せるはずがないじゃないですか?
元から優しい性質の彼女は、父にどれほど酷いことをされても、引き離された元の家族への思慕によってなんとか気を保っていた。それなのに父は支えを壊してしまった。よりにもよって彼女の目の前で、希望を砕いてしまった。
結果、彼女の心は粉々に砕け、美しかった思い出だけが残りました。
私の知っているリテリアという女は、鳥籠の中でいつも夢を見ていました。愛しい夫と、可愛い娘と幸せに暮らす夢。彼女の理想が続く夢。
ただ、すべてを忘れてしまったというわけでもないらしく、時折現実に帰ってくると激しくわめきながら暴れることもありました。普段が天使や女神のように美しかっただけに、豹変した彼女は本当に恐ろしかった。
そんなときは大抵父が飛んできて、母を洗脳するのです。彼は積極的に彼女を幻想の中に誘いました。幸せな、家族ごっこを続けるようにうながしました。
彼は母を真実愛していて、それこそ骨抜き、首ったけでした。自分を恋敵の代替にされるのはどれほどの屈辱だったでしょうが――結局は、彼女の幸福のために、彼女の夢を守るために努力し続けました。
だから、私の事を、表では息子に、裏では娘に育てることに、あれはなんの疑問も躊躇も葛藤も持たなかった。
私は父に愛されなかったのか? いいえ、誰よりも愛されていました。母に顧みられない哀れな子を、精一杯愛してくれましたとも。
でもあの人にとっては子どもが男だろうと女だろうと、さらにはきっと異種族、果ては肉の塊だったとしても――どうでもよかったんでしょう。
……そういう男でした。そういう無神経を隠そうともしなかった人でした。
私はとても模範的な娘でしたから。
私はよくリテリアの鳥籠に遊びに行きました。父は私にだけは小鳥と話す事を許してくれました。そうしないと小鳥の精神が不安定になるからだったのでしょう。
彼女の事が知りたくて、色々な事を聞きました。すると彼女は狂気の中でも、時折私に「昔のこと」や「怖い夢」のことを話してくれました。彼女の主観、彼女の世界。だからこそ私は彼女の事をこのように語ることができるのです。
私が「レィン」であり続ける限り、彼女は美しく愛らしい女性で、親切で優しい、とても良い母親でした。
だから私は彼女の前では「レィン」であり続けましたし、父も愛する母のために――どんなにか、憎しみと、悲しみが、心を支配したでしょうが、結局は――私を「レィン」として育て上げることにしたのです。
愚かなあなた。ねえ、どう思います? 一体、誰が悪かったのでしょうね?
私はね、誰のことも、嫌いになんかなりたくなかったんですよ。
――ああ、お母様。
あなたのためなら一生レィンで居続けましょう。
私はただ、あなたに愛してほしかっただけなのです。
私たちはただ、誰もが愛されたかっただけ。
それなのにどうしてかなわないのか?
それはね、愛してくれない人を愛しているからです。
わかっていますとも。
でも、頭で好きな人が選べるなら、誰も苦労なんてしないでしょう?
ぼくは あなたのことを きらいに なりたくなかった。
すきなままで いたかったのに。




