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籠の鳥の卵が割れるまで  作者: 鳴田るな
リテリア編
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小鳥2

 バスティトー二世はリテリアをとびきり甘やかしていたが、ララティヤとのやりとりでもわかるように次女の言うことならなんでも聞いたわけではない。

 女王は自分がこうと決めたら誰に何を言われようとけして曲げることはなかった。

 また幼い頃からリテリアに何度も言い聞かせてきた。


「可愛い可愛い仔猫ちゃん。ほかの事ならなんでも聞いてあげる。でもね、宮殿の奥、神様の間だけには何があっても行っては駄目よ。たとえ可愛いお前でも、それだけは許すことができないの」


 金と銀の瞳をきらめかせながら、美しい母親はそう言って定期的に宮殿奥へと姿を消した。


「おかあさまはそこに、なにをしにいくの?」

「神様に会いに行くのよ」

「かみさまってどんなひと?」

「それは秘密よ」

「どうして、それだけはだめだとおっしゃるの?」

「仔猫ちゃん、詮索はおよし? お母様はそれだけは許さないと言っているでしょう。わかるわね?」


 バスティトー二世は穏やかに、けれどけして反論を許さない調子で繰り返す。

 リテリアは不満をありありと顔に出しながら、大人しくうなずいて引き下がらざるを得なかった。

 彼女には母親だけだったのだから。母がそのように仕向けたのだから。


「心配しなくても数日で戻るわ。わたくしは女王だし、母親なんですもの」


 実につまらなそうに吐き捨ててから、女王は姿を消す。

 リテリアはぐっと唇を噛みしめ、拳を握りしめて母を見送った。


「いってらっしゃい、おかあさま……」


 賢い彼女は行かないで、とは一度も言わなかった。




「ごらん、人の子が歩いている」

「シッ、目を合わせるな。女王に何をされるかわかったもんじゃない」

「大丈夫さ、何もしなければ言いつけないよ、あの王女様は」

「大変良い子でいらっしゃるからな、第二王女様は。第一王女さまと違って手のかからない……」

「おい、やめろ。どこで女王の耳に入るかわからない」

「ああ嫌だ、こっち見てる。はやく向こうに行っちまえよ、面倒くさいなあ……」


 バスティトー二世が「籠もって」しまっているときのリテリアの孤独と言ったらなかった。

 何せ亜人は本能的に、身体能力の劣る人間を下手に見る。

 けれどバスティトー二世が不在であるからと言って、ここぞとばかりにリテリアをいじめるほどの愚か者はいない。


 宮殿を歩けばリテリアの周囲だけ人気がなくなる。

 母のいない時の彼女は周囲から腫れ物のような扱いを受けていた。

 簡単な事だ。下手に関わってバスティトー二世の怒りを買うのが怖い。ならば関わらなければ良い。

 リテリアは誰よりも安全を保証されていたが、常に一人だった。誰もが積極的に彼女を無視したから。



 そしてそれは、血を分けた彼女の家族とて例外ではなかった。


「ララティヤお姉様――」


 妹のルルセラをあやしている姉を発見し、嬉しそうにリテリアが駆け寄ろうとする。

 怒る母がいなければ、彼女は姉とも仲良くできると思っていた。

 彼女自身は、母に似て美しい姉とも、自分のすぐあとに生まれた愛らしい妹とも、本当はずっと一緒に遊びたかったのだから。


 けれどリテリアが近づいてこようとするのを察すると、猫科の耳をぱたりと伏せ、幼い妹を抱き寄せながらララティヤは唸った。


「近寄らないでよ、疫病神! あんたと遊ぶと、わたくし達がお母様に怒られるじゃない!」


 長女は次女に向かって全身の毛を逆立て、拒絶の意思を示していた。


 姉から向けられた敵意に、リテリアは雷に打たれたように硬直する。

 無邪気に輝いていた大きな黒い瞳は揺れ、やがてじわりとにじんで視界が歪む。


 けれど泣き出しそうになる次女を前にしたララティヤの反応はますます冷たく、まだ物心もついていない三女の手を強く引っ張って立たせる。


「行きましょ、ルル。可愛い妹」

「らら? りーりー……」

「だめ! あの子はわたくしたちとは違う子なの、見てわかるでしょ? 構っては絶対にだめ! あんたもお母様にぶたれたいの!?」

「うー……」


 ルルセラはこの頃から、大人しく、ぼんやりしていて感情の起伏に乏しく、姉の言いなりになる傾向があった。

 ララティヤに引っ張って行かれると、リテリアの方に興味を示しつつも結局引きずられるままになる。


 一人取り残されたリテリアは、はらはらと大粒の涙をこぼしながらうずくまった。


「どうしてみんないってしまうの? わたしがわるいの?」


 そんな彼女を慰める相手はいない――。



 否。

 ただ一人だけ、女王の怒りを少しも恐れずに、私事で第二王女に構い続ける人物がいた。


「リティ」


 呼びかける少年の声に、リテリアは肩を跳ねさせた。

 目を腫らしたまま振り返れば、足音もなくいつの間にかやってきていたらしい、長兄ロステムがそこに立っている。


 黒い耳、少し癖のある黒い髪、褐色の肌。闇に溶けるような姿に、ぽつんぽつんと二つ浮かぶは金の瞳。

 リテリアより七歳年上の兄は、物静かで知的、そしてどこか神秘的な雰囲気をまとう少年だった。


「母上は神殿? またララティヤにいじめられたの?」


 優しく尋ねる兄から、リテリアはごしごし手で擦って顔を背ける。


「おにいさまも、わたしになんかかまわないほうがいいわ……」

「どうして?」

「ララねえさまもいってたわ。わたしにべつのひとがかまうと、おかあさまがおこるもの」


 ぐずぐず鼻を鳴らす妹に、長兄は伸ばしかけていた手を一度止め、すっと金の瞳を細めた。


「リテリアは僕と一緒にいるのは嫌?」

「……いやじゃない、でも」

「じゃあ、でもはいらない。母上なら大丈夫だよ。理由もなく跡継ぎを殺すほど馬鹿じゃないさ。そろそろ政治にもほとほと飽きてきてるだろうし」


 リテリアはぐずるのをやめたが、怯えるように肩をすくめた。

 兄のどこか浮き世離れした雰囲気は、兄妹の中で一番母によく雰囲気が似ていた。時々リテリアにはわからない、難しくて冷たい言葉を喋るのも。

 それは彼女に、親しみと共に無意識の恐怖を与える。


「おいで、リティ。本を読んであげよう。大丈夫、怒られるのは君じゃない、僕だけだ」

「……おにいさまはそれでいいの?」

「どうして? 難しく考えることはないんだよ。僕は君といたい。君は一人だと寂しい。だったらおいで、何も問題はないだろう」


 ロステムはリテリアに向かってかがみこみ、そっと頬に手を伸ばして涙をぬぐった。


「何も問題はないんだよ、リティ。可愛い仔猫ちゃん」


 暗闇の中に、兄の金の瞳が浮いている。

 甘やかで優しい言葉なのに、なぜ素直にうなずき、喜んで手を取ることがはばかられるのだろう。


 このときのリテリアには、わからないことだった。

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