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籠の鳥の卵が割れるまで  作者: 鳴田るな
リテリア編
41/99

鳥のつがい4

連続二話目

 リテリアが案内されたのは、豪奢な披露宴から大分離れた人気の少ない小部屋だ。

 中にはルルセラの姿はなく、ララティヤだけがいらいらした様子を隠そうともせずに待ち構えている。


「主役がこんなところにいて大丈夫なの?」

「口の上手な花婿様がいればどうとでもなるわよ」


 はん、とララティヤは鼻を鳴らす。確かに次女が思い返してみれば、花嫁達から少し離れた場所にいた新郎は、整った顔立ちに隙のない笑顔を浮かべて会話に花を咲かせていたように見えた。

 それにしてもルルを伴わずララティヤのみとは珍しい。姉の顔色をうかがいながら、小さく妹は切り出した。


「……来ない方がよかった?」

「当たり前でしょっ、この大馬鹿もの!」

「でも、降嫁したら二度と会えなくなってしまうかもしれないし……」

「あんたねえ。あれだけわたくしたちから拒絶されたくせに、正気?」

「だって私はお姉様のこともルルも嫌ってなんかないもの。昔も今も、ずっとよ」


 微笑んでリテリアが返すと、毒気を抜かれたのかララティヤががっくりとうなだれ、頭を押さえる。


「わたくし、あんたのそういうところ、本当に嫌いよ」

「前にも言われた気がするわ」

「敵意を向けられたら敵意を返しなさいよ、それが普通ってものよ」

「お姉様は私に敵意を向けていないもの」

「……だからあんたは、嫌い」


 ぽそっと言い捨てて、ララティヤは黙り込んでしまう。しばし部屋には静寂と、時折遠くの披露宴の音が漏れ聞こえてくる。

 目を伏せて動かない姉の様子をそっとうかがいながら、リテリアは思い切って口を開いた。


「お姉様とルルの旦那様になる方はどんな方?」

「浮浪者。たぶん極悪人なんじゃないかしら」

「まあ、そうなの……えっ?」


 思いもよらない言葉が返ってきて素の反応を返してしまえば、長女はお得意の皮肉っぽい笑みと口調で突っ立っていた。意味を妹が正確に理解する前に、早口で次から次へと言葉を続けていってしまう。


「一応名無しの旅人ってことだけど。あれはたぶん詐欺師か何かだと思うのよね。案外別の国の指名手配犯かも。だってあの人、上手すぎるんだもの。すべてにおいてね、完璧すぎるの」

「ら、ララ――」

「でもいいのよ、わたくしはこの結婚にとても満足しているの。期限内にあの人の粗をうまく見つけることができなかったし、犯行の現場をおさえられなかった。だったらわたくしの負けだもの、煮るなり焼くなりあちらの好きにすればいいわ」

「ララ、待って。どういうことなの」

「……わたくしももう二十を半分越えたわ。十分好き勝手させてもらったもの、潮時でしょ」

「やめてよ。なんだかあなたが本当に死んでしまいそうな言い方」


 姉が人に厳しく皮肉っぽくて意地悪な物言いをするのは昔からだが、話題は彼女の結婚のことなのだ。どうしてそんなことに、と問い詰めようにも、リテリアの心には驚きと困惑が満ちてうまく言葉が出てこない。


「生きていればいつかは死ぬわ。今日か明日かは知らないけど――わたくしはね。同じ死ぬなら、この退屈で窮屈な檻の中は嫌。だから出て行く。きっと満点の夜空の下で劇的に死ぬのよ。他殺がいいわ、ロマンチックなら多少痛いのも我慢する。最期だって自由に選んでやるの。だってわたくしはララティヤだもの。唯一、ルルだけが心配だけど……それも大丈夫だと思えたから、もういい」


 妹の反応をさもありなん、と言うように眺めながら、長女は微笑みを深める。

 実に彼女らしい、わがままを貫き通してきっぱりとして明るく――どこか遠いところに一人で立っているような、そんな態度。けしてリテリアを、何者をも寄せ付けようとしない。ひょっとすると、ルルセラさえも。


 花嫁はしばらく自信に満ちた笑みを浮かべていたが、顔をしかめる。


「でもね、まさかあんたがここで来るとは思ってなかったわよ。ロスの時だって来なかったのに、本当どういう風の吹き回し?」

「お兄様の時は、病気で来られたなかったの。……そういえば、そうだわ。挨拶をしたいのだけど、王妃殿下はどこにいらっしゃるの? 謁見の時も国王陛下の近くにお姿が見られなくて……ご病気なのかしら?」

「なるほどね、そういうことか。……だとしたらますますまずいじゃないの」


 妹の前半の言い訳に、姉は何か心あたりがあったようだった。けれど後半の質問には積極的に答えようとしない。


「王妃殿下? 深入りはよしなさいよ、ろくなことにならないわ。あんた悪いことは言わないから、今から体調不良を訴えて部屋に引きこもって――そうね、レィンがぐずったことにして、それでさっさと帰りなさい。なんでもいいから長居だけは避けて。宮殿に泊まれなんて言われても絶対に受けては駄目。ああでも、もう遅すぎるぐらいかもしれない……本当になんで来ちゃったのよ、馬鹿な子ね」

「お姉様?」


 眉をひそめ首をかしげる妹に、姉はことさらに小声になって、周囲を警戒するように目を動かしながら耳打ちしてくる。


「なら、抜け道は? 内宮に籠もりきりのあんただったら、構造は把握しきっているはずね。奥の中庭の塀を上ったら簡単に外に抜け出せるって知ってる? うーん、でも種族が人間だからジャンプ力が……まあとにかく、やるしかないでしょう。いい? 今日はこの後、急いで夫と合流しなさい。それで二人から、特に赤ん坊から目を離さないで、なるべく早く帰るの。領地まで戻ってしまえば、王太后はまだ生きているんだもの――今回は出遅れているのかもしれないけど、お母様はあんたの味方よ。利用しない手はないわ」

「さっきから何を言っているの?」

「何を言っているですって? わからない? 大盤振る舞いのお節介よ、肝に銘じなさい。こんなおとぼけ、自己責任って切っちゃいたいぐらいだけど、わたくしとルルを撒き餌に使われたのは心底腹立たしいもの。あんたにだってできれば逃げ切ってほしいの、頑張ってよね」


 ばしん、と背中を叩かれたかと思うとリテリアは部屋から追い出される。

 名残惜しくまだ話をしたい様子を見せても、「早く! 間に合わなくなって泣くのはあんたなんだから!」と怒られ、しょんぼりその場を後にする。

 この後に及んでまったく事情をわかっていない様子を隠しもしない妹の背中を、ララティヤは鋭くにらみつけ、見えなくなった頃に険をゆるめてひとりごちる。


「……たぶん、もう手遅れなのでしょうけどね」


 取り残された花嫁は、迫り来る夜の冷気に一人身体をぶるりと震わせた。

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