鳥14
「確かに、最初は……最初だけは、確かにあんたが嫌いだったよ」
息を呑み、硬直しているリテリアを前に、アルトゥルースは手を握ったまま言い訳なのか説明なのか、勝手に語り始める。
自分のことでいっぱいいっぱいなリテリアには知りようがなかったが、彼も彼で少し動転していたのかもしれない。
「愛され放題のわがままな王女で、父上も俺たちも困らせるとんでもない奴だと思ってたから。だから……初めての時は、本当に悪かった。こっちの勝手な思い込みで、あんたにひどいことをした」
アルトゥルースがぐっと眉根を寄せると、思わず見ているリテリアの方もつられるように顔をゆがめてしまう。するとますます領主が辛そうにするので、彼女もおろおろする一方だった。
「あんたに言い返されて、俺も間違っていたとは思った。だけど、どこまで信用できるかはわからない。父上があんたに優しくて甘く見えた分、俺はしっかりしなくちゃって、その後も意地を張ったよ。ああそうさ、つまらない子どもの意地だった」
領主のただひたすらにまっすぐな独白は、初心な彼女の心をぐらぐらと揺らす。
頭がくらりとして倒れそうになれば、支えようというのか引き止めようというのか、アルトゥルースが握る力が強まった。
「それであんたが熱出すほど思い込んでたって知ったとき……俺も、さすがに酷かったなって思った。父上から少しだけあんたの事情を聞いたのも、そのときだ。だけど、それでも、あんたに俺は近づき過ぎちゃいけないと思った。……だって、見れば見るほど、あんたが本当にいい奴だったから。俺が、知れば知るほど、きっとあんたを好きになることが――わかっていたから」
リテリアは自分の顔が燃え上がっているのではないかと感じた。顔だけではなく全身が熱い。心臓が勢いよくばくばくと胸の内を叩いて主張する。
逃げ出して、安全なところに避難して、冷水でもひっかぶりたいところだった。
けれどアルトゥルースはそれらの選択を許さず、正攻法にリテリアを追い詰めていく。
「父上の事は……正直、今でも、色々とぐちゃぐちゃで、あまりうまく話せない。好きだったし、尊敬してた。だけど、あんたの夫でもあって……だから、自分が、本当に嫌だった。たぶんあんたにも何度か八つ当たりした。だって全然気がつかないんだ、いや気がつかれたら困るけど、でも、けど――ああ、くそっ、だから、俺は!」
オディロンの事情が混じると、確かに彼の自己申告通りまだ気持ちの整理がついていない部分が大きいのだろう。言葉がぐしゃぐしゃになる。それがより一層、生々しく相手の感情をむき出しにする。アルトゥルースは言葉を探して黙り込み、目を閉じる。リテリアは固唾を呑んで続きを待った。
「……俺は、あんたが好きなんだ。それで、言いたくなった事を、我慢できないたちなんだ。リテリア。もし、あんたがこんな田舎からさっさと帰りたいって様子だったら、何も言わずに済んだと思う。けど……そんな顔してるのに、引き止めないなんて、黙ってるなんて、俺には無理だ」
ぽたり、と何かが落ちたのを感じる。
追いかけるように下に視線を向けて、彼女は初めて自分がいつの間にか涙を流していたことに気がつく。
一度気がついてしまえば、堰を切って次から次へをあふれ出す。
再びアルトゥルースとの距離が近づく。彼は声もなくはらはらと静かに涙を流し始めた彼女の頭を抱え込み、しっかりと背中に両手を回す。そうされるとほっとするような感じがするのに、さらに涙がこぼれていくのだから彼女は戸惑う。
けれどすべてを許すように、うながすようにアルトゥルースが抱きしめて背筋を、頭をなぞってくるので、ついには彼にすがりつく。
「わ、私――わ、わからない。わからない、これからどうすればいいの?」
しゃくりあげながら幼子のような言葉を出してしまうリテリアに、彼は熱のこもったまなざしを向けた。
「それは、あんたが自分で決めていいことだ。でもまず最初に――」
「最初に?」
「手紙に返事をしてほしい。ここにいたいと、あんたの言葉で言ってほしい。……あんたが嫌じゃないのなら」
リテリアはすぐにうなずいた。
――もともと、そうしようと思っていたはずなのだ。同封されていた鍵に思い出を刺激され、かつての罪悪感が芽生えもしたけれど、あの頃に戻りたいと彼女はとうてい思えない。オディロンの優しさに触れ、アルトゥルースの情熱に触れた今はなおさら。
「嫌じゃ、ないわ。嫌なはずがないわ、だって……」
アルトゥルースに必死に答えようとするが、言葉が浮かばず落ち込む。
すると彼は、彼女の心を見透かすように言った。
「いいよ、続きは今度言ってくれれば。俺たちには、まだ時間があるはずだから。ゆっくり、話をしよう……」
リテリアの涙腺がぶり返した。
わあっと大声を上げて泣き出した彼女を、若き領主は収まるまで――収まってもなお、一晩中、抱きしめて離さなかった。




