鳥12
オディロンの収める領地は、先代女王バスティトー二世から賜ったものだ。アルトゥルースの代になってからも、国王に忠義を誓う姿勢は変わらない。
ただ、リテリア18歳、アルトゥルース20歳の春。
これまでも度々宮殿とやりとりをすることはあったが、そのときやってきた使者は、いつもと明らかに様子が異なっていた。
「姫殿下に、陛下からお届け物でございます。お納めくださいまし」
やけに着飾ったなりが目立つ美しい女性が、恭しく両手に、これまたやたらと光る装飾の目立つものを捧げ持ってやってきたので、領主も前領主夫人も困惑をありありと顔に浮かべる。
「あの……それは、どなたのことでしょう? 私はもう、領主夫人です。王女の位はなくしています」
少し考えてからリテリアが控えめに言うと、使者はかえってむっとした表情になった。
「いいえ、殿下。国王陛下からの書簡を持って参りました。どうぞお受け取りいただき、すみやかにお返事を」
「え……手紙に返事を、ですか? 今すぐに?」
「できるだけ早く、と仰せつかっております。お返事をいただいたら、私は都に戻りますので」
ということは、返事をしなければこのきらきらしい場違いな者達はいつまでも領地に居座るということである。
前領主夫人は困った顔で一度受け取りつつも、こっそり新領主をうかがう。
案の定彼は「なんだこいつ、道理をわきまえない無礼者め」という気持ちをありありと顔に浮かべ、眉間に思いっきり皺を寄せこめかみに青筋を立てていたが、言葉は丁寧だし、そつなく使者への応答をしている。
領主になってからのアルトゥルースは、かっとなる癖自体は治りきっていないものの、思わず口からそのまま出してしまう、ということが格段に減った。
養父の早すぎる死と、今は王太后になったバスティトー二世から送られてきたねぎらいと期待の言葉が響いたのかもしれない。
リテリアと二人きりになると相変わらずくってかかってくるのだが、公的な場で怒鳴り散らすことはなくなった。
年上の義理の息子の成長は、義母にとっては嬉しくもあり、また不思議とどこか寂しいような――置いていかれたような気もする。
ただ、顔には思いっきり本人の感情がにじんで出てしまう辺り、まだまだ心配なところもある。
オディロンが亡くなった後、リテリアはしばらく気落ちして伏せっていたが、アルトゥルースが影で落ち込みつつ、表では気丈にしっかり次期当主として振る舞っている様子を見ると、自分もいつまでもこうしてはいられないと立ち上がった。
未亡人となった彼女は引退してひっそり夫の事を偲ぶだけの生活を送ることもできたらしいが、アルトゥルースを、ひいては領民を助けることこそ嫁いできた自分にでいることだ、と彼女は考えた。
前述の通り、アルトゥルースがまだまだ危なっかしいところをみせていたせいもある。
私的な場面では気が済むまで前領主夫人に口論をしかけるアルトゥルースだったが、公的な場面では頭が沸騰してきた頃に彼女にそっと横からたしなめられるといい具合に正気を取り戻すらしい。
若い二人は喪失を埋めるように仕事に没頭し、お互いを補完するかのように働き、喪も明けてようやく、オディロンのいない二人きりの空間にも、墓参りをすることにも慣れてきた――その矢先の、突然の王都からの奇妙な使いである。
二人とも――特にリテリアにとって、あまり穏やかな気分でいられないことは確かだった。
前領主夫人は何気なく中身を確認するために文箱を開け――瞬間、顔色がさあっとみるみるうちに青くなっていく。
「奥様?」
不安げに声をかける使用人に釣られて、使者と無難な社交辞令をかわしていたアルトゥルースの視線が飛んでくる。
それをかわすようにさっと目を伏せ、勢いよく文箱を閉じてしまって、リテリアは小さく早口に言った。
「少し、気分が悪くなって……失礼をお許しください、今日はこれで下がらせていただきます」
何かから逃げるように小走りに退出した彼女を、気遣わしげな、または不思議なものを見る目が追ってくる。
けれどその中で、一際強い、貫くような強い視線がどこまでも追いかけてきて、自分の中を見通すようで――リテリアは動機が激しくなるのを感じた。
ぜいぜい、と鳴る自分の喉が聞き苦しい。
(そうだ。こういうときは、ゆっくり、息を吐いて……)
昔、こういう状況になったとき、老夫が優しく彼女をなだめてくれたときのことを思い出す。真似をしていると、少しずつ心拍が収まってきた。ある程度身体が落ち着いたのを確認してから、心を決め、もう一度自室で中身を改める。
血の気を失ったリテリアの顔はすっかり白くなっている。
国王から――つまり、兄から直々に送られてきた文箱には、手紙の他にも入っているものがある。
一つは眼帯。リテリアが普段使っているものではなく、嫁入りしたときに花嫁衣装として身につけていた物に負けず劣らずのきらびやかで美しいものだった。
けれど彼女を真に怯えさせたのは、もう一つの物の方。
折りたたまれた手紙の上に重しのようにふと乗せられたそれは、紐が通されており、首からかけるようになっている。
鎮座しているそれを、かつて誰かはお守りと称し、そして後に鍵であると自らの手で証明した――何年経とうとも鮮やかに覚えている。
(どうして、お兄様――)
リテリアはめまいを覚え、膝からがくりと崩れ落ちる。
窓から入り込んだ夕暮れが、彼女の横顔をぼんやりと映し出していた。




