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籠の鳥の卵が割れるまで  作者: 鳴田るな
リテリア編
27/99

鳥8

 一応の和解は済ませたものの、アルトゥルースのリテリアに対するわかりやすい拒絶は、その後もことあるごとに続いた。



 たとえば朝、彼は夫婦と共に食卓に着くことを嫌がることから始める。


「俺は部屋でいただきますので」


 父が入ってくると嬉しそうな顔をするが、年若の義母を見るとさっと顔をこわばらせて立ち上がる。


 周囲の付き人達も動揺するし、オディロンもリテリアも不快の表情を――この二人の場合、それよりも困惑の色を濃く顔ににじませた。


「アルトゥ。身体の調子でも、悪いのか」


 父が言葉を選んで――あからさまに対立を煽るのではなく、まずは彼の身体の調子を気遣って話しかけると、息子はぴくりと身体を反応させる。

 リテリアと一瞬目が合ったようにも思えたが、激しい勢いで逸らしてしまったので定かではない。


「……ええ、そうですね。少し、気分が優れませんので。お二人に移してしまう病気だったら申し訳ないですし、今日はこれで失礼させていただこうかと」


 アルトゥルースが感情を抑えて言い放つ。

 リテリアは困ったように男二人を見比べていたが、本当にそのまま出て行ってしまおうとするのを見て慌てて口を開いた。


「あの! その……ご家族の団らんに、新参者の私がお邪魔ということでしたら、むしろこちらが失礼させていただきますので、どうぞ父と子とでごゆっくり――」

「いいや! あんたはここにいるべきだ。新婚夫婦だろ、何を言ってらっしゃる? 気分が悪いのは俺なんだ、あんたじゃない。……だから、その。父上と仲良く談笑したらいいじゃないか。俺がいらないお邪魔虫なんだから」


 そんなことはない、と揃って言う夫婦の声を置き去りに、結局アルトゥルースは素早くその場を去ってしまった。

 残された側はお互いを見比べ、そっと徒労のにじむ息を吐き出すのだった。




 アルトゥルースは、オディロン一人を相手にしているときは、今まで通りの態度でいられるようだった。

 まだ若い彼は、領地を運営する父の後について回ってやり方を学んだり、オディロンが招いた講師から講義を受けたり、武術の稽古をしたりして、日中を過ごしているらしい。


 ただ、そこにリテリアが入ってくるとぎくしゃくした感じになり、最終的に何やらへたくそな理由を言って出て行ってしまうのだ。


 自然と、元々自我が強すぎるわけでもなく、争いごとをそこまで好まないリテリアの方も、アルトゥルースに遠慮するようになっていく。

 リテリアは当初、オディロンがいいという言葉に甘えきって、夫の仕事現場についていっては知らない話に興味深く耳を傾け、大きな目をこれでもかと見開いて現場の人達を見つめていた。

 愛妻家だったはずの老夫が若い妻を迎えたらさっそくデレデレしてと冷ややかなまなざしだった周囲も、リテリアに実際接するとすぐに評価を正さずにいられない。


 ところがそこにアルトゥルースが出くわすと、よっぽど距離を置いた場所に行ってしまうか、その場から立ち去ってしまう。

 領主夫人は、アルトゥルースの姿を見かけない間は若い新婚の妻らしく夫の後についていってニコニコほのぼの可愛がられているが、ひとたび苦手な相手の気配を察知するとすみやかに自分の部屋に戻り、館内で静かに刺繍をしたり女達から話を聞いたりするようになる。


 すると今度おかしくなるのは領主子息の方で、領主夫人が部屋に引っ込みがちになるとそれはそれで気に入らないらしく、顔を見せないとやれ出てこいやれ妻のつとめを果たせとうるさいのに、いざ顔を見れば顔をしかめ、くるっときびすを返してどこかに行ってしまう――そんな奇行を続けるのである。


 リテリアは、おそらく自分が格別嫌われているのだろうという確信はあったが、ではどうすればアルトゥルースが満足するのかわからず――かといってオディロンに泣きつくのも何か違うような気がして、結局一人大きく嘆息するにとどまる。

 オディロンはオディロンで、息子の新しい母への反発をどう収めたものかわからず、もてあましているような感じがあった。




「奥様とアルトゥルース様は、お互いにご領主様を譲り合っているようですねえ。本当は取り合いたいのでしょうけど、我慢なのか意地を張っているのか、なんだかとても変な事になってます」


 一月が経った頃、未だに続くアルトゥルースの反抗を見かねたのか、出て行く背中を見送ったオディロンの部下の一人がそんなことを言った。

 アルトゥルースと違って館の大半の者は、最初こそリテリアに警戒心や好奇心を隠しきれずにいた頃もあったが、彼女の穏やかな気性、また存外仲の良いらしい夫婦の様子を見ているうちに、あっという間に彼女を領主夫人として受け入れてしまった。

 領主子息は、そんな館全体の雰囲気すら気に入らないならしい。


 領主はすぐにたしなめたが、夫人がきょとんと目を丸くし、どういうことなのかと問うように言った方を眺めていると、部下が話を続けるのを許した。


「アルトゥルース様のあれは、どう見てもやきもちですよ。新しい奥様が嫌な人だったならすっきり嫌えたのでしょうけど、あなた様のような文句をつけがたい方だったので、こう、一生懸命難癖をつけるのに必死というか。まあでも、あの方もかなり性根のすっきりした方ですからね、ご自分の不毛さには内心気がついてらっしゃるのでしょう。いじめ役に徹するにはちょっと無理があったかなと――あ、いえ、褒めてるんですよ奥様。もうべた褒めしてるんですよ、ご領主一家の素直なご気性を、はい」


 リテリアがしょんぼりした雰囲気を醸すと、オディロンに責めるような目で見られ、馬の獣人は慌ててフォローする。


「アルトゥ様が打ち解けてくれるのには、長い時間がかかりそうですね……」

「申し訳ございません。その……色々と、真面目すぎる子で。領主の事なら厳しくもできるのですが、親子のことになると……どうしても臣も、あの子を甘やかしてしまうのです」


 リテリアが聞いてもいいのだろうか、と言う顔になると、領主と部下は顔を見合わせ、部下達は一礼して少し離れた場所に移動し、そこに控える。

 話をしているのはわかるが、内容までは聞こえない、と言うような辺りで彼らは待つつもりらしかった。


 不安そうに瞬きするリテリアを落ち着かせるように微笑んでから、ふと遠くを見つめ、オディロンは静かに話し始めた。


「アルトゥルースは、前も申し上げたとおり、臣と前の妻の養子です。……捨て子でございました。十四年前、川遊びに行ったウレイスが――前の、妻が、発見し、連れ帰ってきたのがあの子でございます」


 生まれて間もない乳飲み子が、籠に入れられ、すっかり腹を空かせて泣きながら川を流れてきたのだ、と老父は語る。


「実の両親の素性はわかりません。何か……当人達が育てられない、よほどの事情があったのでしょう。あの子の入れられていた籠は、丁寧に編まれていました。あの子をくるんでいた布は、けして高価な物ではありませんが、清潔な物でした。……それでも、あの子の実の両親か、その関係者は、あの子を川に流したのです」


 オディロンの前妻、ウレイスは大層な子ども好きで、素性の知れない赤子を引き取るのになんの躊躇もなかった。

 唯一心配された都への申請は――密かに凡愚の動向を見て楽しんでいたらしいバスティトー二世の耳に話が届いたらしい。女王は大層面白がって、気前よく正式な領主夫妻子息の座を投げて寄こした。オディロンが、息子がバスティトー二世に反抗的なのを厳しく諫めるのは、このためなのだとか。


「……あの子が三つの頃、妻が身ごもりまして。ですが……子どもと共に、旅立ちましたので。以降は、あの子のみが臣の家族でございました。すぐ、激してしまうのが短所ではありますが、心身共に健やかで、他人を思いやれて……なにより、自分の非を認めて、素直に謝罪することができる。臣はあの子のそんな気質が、愛おしくてなりません。あなた様とも、気性は合う方だと、思うのですが……」


 リテリアは軽く同意の言葉を返し、そっと目を伏せた。

 その瞳にきらりと何か怪しい光が走ったのを、温厚なオディロンは気がつかなかった。


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