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籠の鳥の卵が割れるまで  作者: 鳴田るな
リテリア編
21/99

鳥4

 リテリアがヴェールの奥からどきどきと様子をうかがっていると、おもむろにどすんと響く音がある。

 周囲から一斉に、何かを――失笑を? 押し殺すような息づかいが聞こえる。


(……何事かしら? 花婿様に何かあったの?)


 彼女は首をかしげたが、いよいよ間近に誰かやってきたので、慌てて元の姿勢に戻ってかしこまる。


「さ、花嫁様。婿殿の手を取って、皆様にご挨拶をしに参りましょう」


 案内人だろうか、後ろの方から耳打ちされて花嫁はうなずく。

 おずおずと婿殿がさし出した手を、リテリアもまたぎこちなく取った。


 ――大きくて、固い!


 見知らぬ感触にびくりと彼女が手を引っ込めそうになると、相手もほぼ全く同じようにしたらしい――というかたぶん、驚いた花嫁に釣られたのだろう。

 途端、たしなめるような咳払いが周囲から聞こえ、お互い気まずくなりつつも再度手を取り合う。


(やっぱり、意に染まぬ婚姻だったの? 私みたいな世間知らずな小娘のことは、本当は触るのも嫌なのかしら……)


 何せ相手は世慣れた四十過ぎの男手、しかも最愛の妻を今でも慕っていると聞く再婚者だ。

 消極的傾向な相手の態度に思わず萎縮するリテリアに、見知らぬ男がささやきかけてきた。


「足下にお気をつけて。……特に、裾のあたりなど」


 それが婿殿の声だと気がついたのは、言われるままに歩き出した後。

 そして瞬間、はっと思い当たった。


(――ああ! さっきの物音、この方もひょっとして、慣れない衣装につまずかれたのね!)


 花婿衣装がどういうものかは知らないが、普段着慣れていない物に着られて足を取られそうになったとは。思わず笑いが漏れそうになるが、前が全く見えないほど分厚いヴェールで顔を隠していようとも、声を出したらさすがにばれる。震えそうになる身体をなんとかお腹に力をこめてこらえる。


(少なくとも、ネィメン卿は、冷たい方ではなさそう……)


 笑いが収まる頃には、ふっと自分の身体のこわばりが溶けているのを感じていた。

 そっと握り返してみた手は、温かく、どこか優しい感じがした。


 初日は披露宴の日、と言ってよかった。

 ただ着飾ったまま二人で並んで歩いたり、来賓の客や参列者に一緒に挨拶をしただけで、お互いの顔も見ることもない。

 たぶんお互いがお互い、粗相のないようにと自分の事に一生懸命だったせいで、相手のことはまだわからなかった。特にリテリアは、まだ分厚いヴェールをしていたのだし。




 婚姻関係を本格的に成立させるための儀式は、翌日の二日目に行われた。

 庶民なら同じ花嫁衣装を着るところだが、そこはバスティトー二世の愛娘、リテリアには二日目用の花嫁衣装もきちんと用意されていた。


 途中までは一日目と大差なく、上座に座って客人達や宴の様子を眺めているだけだったが、日が暮れてくると神殿に招かれる。

 ここからが一番大事な儀式だ。

 神殿奥の暗く小さな部屋で行われ、担当の神官と見届け人、新郎新婦のみが立ち入る。

 基本的には夫婦生活とはどういうものかについて神妙に語り上げているだけなので、新郎新婦も神妙に傾聴し、時折やってくる問いかけにはいと答えるだけの作業が続く。


 ようやくすべての誓約が読み上げられると、これからの夫婦関係が円満に行われることを祈って、杯を夫婦で交わしあい、互いにパンをちぎって相手に食べさせる。

 このとき初めてリテリアのヴェールが上げられ、二人は互いに相手の顔を直接見ることになる。

 やっぱりというかなんというか、婿殿はウェールを上げる手も大層危なっかしかった。


(……よかった。想像通りの、優しそうな人)


 リテリアは花嫁を見てぎくしゃく微笑もうしている人の柔和な顔立ちを見て、とっさにはにかむような笑みを向ける。明らかに服や装飾品に着られている相手は、動揺なのか視線をさまよわせたが、なぜか頼りなさや不安より先に親近感のようなものを感じる。


 安堵のまま、花嫁は神官から受け取った杯に口をつけるが、慣れない飲み物の独特の風味に思わずうえっと顔をしかめてしまった。


(なにこれ、変な味! こんなもの本当に飲めるのかしら?)


「舐めるだけでも良いのですよ。あとはこちらでなんとかしますから」


 するとオディロンの方が花嫁の様子に敏感に気がついたようで、気遣うようにささやきかけてきた。

 同じ杯で半分半分飲むのが本来の作法だが、リテリアがいいのだろうか、と思ってちらりと横目でうかがえば、証人達は渋い顔をしつつ、何も見ていませんよ、と言うように明後日の方に顔をそらしている。

 ならばと新郎の言葉に甘え、口だけつけた杯を渡すと、ぐいっと一息にあちらは飲んでしまった。


(……確か、あれは儀式のための特別なお酒と聞いたけど。お強い方なのかしら?)


 感心しながらそっとうかがっていると、婿殿もやっぱりちょっと辛そうな顔をしていた。

 彼に無理をさせてしまったのだろうか?

 申し訳なくなる一方で、心遣いがありがたい。


 パンを渡してくる手つきもやはり優しかった。リテリアの方はおっかなびっくり返すが、なにぶん経験のほとんどないリテリアには相手の反応が自分をどう思ってのことなのか、まったく関係ないことなのか、判断がつかない。


(私も、少しは気に入っていただけるといいのだけど……)


 咀嚼しつつ、すっかり興味津々に夫の様子を盗み見ながら、新妻はこっそりそんなことを考えていた。




 いよいよ夜がやってくる。

 リテリアは再び一度夫と引き離され、朝以上のお色直しをされた。

 丹念に身体を隅々洗われて何やら不思議な香りのする油を塗り込められた後、今度は奇妙に薄い服で覆われて、いよいよその場所に送り出される。


 案内の者にここから先は一人で、と言われても最初は躊躇する。

 けれど再三促されれば、覚悟を決めて入るしかない。




 場所で言えば、そこは内宮の普段は人があまりいない部分で、この日のためだけに飾り付けがされ仰々しい床が用意されている。


 ――正式な婚姻成立のためには、一つ目に証人を伴う神殿での儀式、二つ目に床入りの成就。

 本来なら新婦を迎え入れ新居で行うところだが、道中でごたごたがあれば面倒になるのは前にも言った通り。

 これ以上外野にうるさいことを言われないよう、すべて済ませてしまおうということらしい。


(……お母様は、お前は何も知らなくて良いから夫にすべて任せなさいとおっしゃっていたけど。こんな格好で、何をするのかしら?)


 彼女が無邪気に考えながら、そっと部屋の入り口の垂れ幕を上げて入っていくと――部屋の中を所在なげにぐるぐる歩き回っていたらしい夫と、ちょうど目が合った。


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