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籠の鳥の卵が割れるまで  作者: 鳴田るな
リテリア編
16/99

手記3

 当たり前と言えばそうですが、このときのことをリテリアはあまり思い出したがりませんでした。

 苦痛を伴う記憶ですし、母との断絶をこれ以上ないほど思い知らされたからでしょう。


 もちろん、薄々、無意識の部分では、リテリアも母と自分の差に勘付いていた。だからこそ彼女はこのささやかな背信を決意し、実行せずにいられなかったのです。

 けれど、バスティトー二世の反応は彼女の期待や予想をはるかに上回り、許容や共感どころか理解さえ軽々と越えてみせました。


 結局、自分が思っている程には、バスティトー二世は自分の事を思っていなかったのだ。

 リテリアはそんな風に結論づけ、傷ついていたようです。私もそんな彼女を見るのは辛い経験でした。



 しかし、私が思うに、バスティトー二世がまったくリテリアの事を思っていなかったと言うのには、少し語弊があるでしょうか。


 おそらく私の祖母は、きちんと娘に愛情を抱いていたし、注いでいたのだと思います。

 その方法や在り方が、根本的に常人とずれていただけで。


 たとえば、リテリアの感覚で考えるのなら、まずバスティトー二世はリテリアの裏切りに対して怒らなければいけなかった。怒って滅茶苦茶に痛めつける――リテリアはそれならそれで一貫した理屈に満足し、以後はまったく奴隷のように従順な娘となったことでしょう。

 あるいは、怒らずにいるのなら、真の意味で許すのなら、バスティトー二世はもっと軽い罰を与えるべきでした。変わらぬ笑みのまま、平然と自分の目を抉った――その事実が、リテリアに何よりも不信を植え付けたのでしょう。


 自分で禁則事項に首を突っ込んでおきながら何をと思うかもしれませんが、リテリアはおそらく、母が自分を叱って、それでいて許してくれることをこそ望んでいたのではないでしょうか。それも、神域に侵入する前に止められたかったのでは。

 彼女にとってはそれが、理想的に正しく健全な家族の在り方、関係というものだったのでしょう。



 ですが、バスティトー二世の出した結論は見事に、ことごとくすべてがリテリアの期待を打ち砕く選択となりました。



 ――私自身は、このバスティトー二世と呼ばれる超人、祖母と直接会った事はありません。

 私が即位する頃には既に故人でした。

 存命中は父に譲位した後も度々臣下に帰還を望まれたようですが、一度玉座を手放すとすっかり国政を見捨ててしまったようで、離宮に籠もりきりだったと聞いています。


 ですが、私はどうやら祖母に近い側の人間のようです。

 リテリアよりは祖母のことを理解できるような気がします。



 まず、なぜバスティトー二世がリテリアに怒りを感じなかったのか。

 これは本人の言葉から引用するならまさに、「憤る理由がなかった」からです。


 人が怒るのは大抵、自分の期待が裏切られたときです。

 自分に対する仕打ちが正当でないと感じたとき、人は攻撃性を伴う積極的な感情を覚えることで反撃し、以降自分が不遇な扱いを受けないように応じることができるのです。


 バスティトー二世はリテリアに期待していなかったのか? ゆえに失望しようがなかったのか?

 そうであり、そうではなかった。それが答えです。


 祖母はリテリアにある種の期待はしていたと思いますよ。一番手をかけていたぐらいですから。

 でも彼女が「普通」であるがゆえに、自分の予想を超えることはないという確信もあったのでしょう。



 次に、なぜ愛していたのに許さなかったのか、片目を抉らずにいられなかったのか。

 これに関してはおそらく、合理的な妥協点の結果がそこだったからではないでしょうか。


 バスティトー二世はリテリアを愛していました。だから殺したくなかった。

 けれど彼女の愛には優先事項があって、リテリアは一番ではなかった。

 嫉妬深い彼女は、己の性質や信念をぶれさせないためにも愛娘だろうとそれなりの罰を与える必要があった。

 彼女のためと言うより、彼女の「神」にささげる純愛のために。

 ただ、それだけのこと。たったそれだけのこと。


 ……と言っても親は自分を一番愛しているものと信じて育つ無垢な子どもにとっては、そんな信条は十分世界への失望を習得するに値するものなのでしょうけどね。




 さらに、リテリアがどうしてもわからなかったであろうこと――どうしてバスティトー二世はリテリアの行動を見逃し、あえて愚行を決行させたのか。祖母がリテリアには語らなかったその真の意味をも、私は祖母の思考をなぞり、推測することができます。


 バスティトー二世が本当に試したかったのは、リテリアではなく「神」の方だったのでしょう。

 これはリテリアへの処罰が片目だけで済んだ事にも関連しています。


 要するに、彼女は自分の調教の効果を知りたかったのです。

 檻の中に閉じ込めた愛しい人が、檻の鍵をちらつかせても出て行かないか――彼女の本当の興味は、そちらだったのではないのでしょうか。


 リテリアは、ちょうどそのときにタイミング良く動いたから利用されただけ。

 ついでに反抗心の芽生えてきた子ども達を支配下に置くため、「少し酷く振る舞える」理由を作ることだってできる。

 まさに、一石二鳥。言わば、それだけだったのです。


 そしてバスティトー二世は満足した。ゆえに、怒らなかった(・・・・・・)。神がもう少しでも逃げ出すことに積極的だったら、リテリアは五体満足でいられなかったと思いますよ。



 愛しながらひねり潰す。愛しているからこそ手にかける。

 バスティトー二世の中ではまったく矛盾なく成立する理論でした。

 そうですとも、愛と憎悪は同居できる感情なのです。あなたには理解できないことでしょうか?




 もちろん、このような残酷な真実、思いついたところでリテリアに直接言うことはありませんでした。

 リテリアにふるわれた暴力、リテリアに施された虐待こそが、逆説的にバスティトー二世のリテリアへの愛情の証明になるものだったなど。


 私はリテリアと共にいるとき、いつも彼女の顔色をうかがい、できる限り彼女が快適にこの世で過ごせるように振る舞っていたのです。

 どうしてあの壊れきった美しい鳥を、これ以上追い詰めることができたでしょう?


 愛していたのです。私だって彼女が大好きだったのです。本当に大事な人だったんです。


 たとえ生涯顧みられることがない我が身でも――それでもリテリア、私はあなたを、最期まで。






 少し取り乱してしまったようです。話を続けましょう。


 リテリアは十歳の時、禁忌を破って母に片目を抉られました。

 ただ一度の犯行であまりにも大きな物を失ったリテリアは、以後とても母に従順だったと聞きます。

 バスティトー二世はその後もリテリアを溺愛し、可愛がっていました。


 ですが、盆からこぼれ落ちた水滴が戻る事はないのです。仮初めの平穏は長続きしません。


 わずか二年後のことでした。

 かつてララティヤが予言した時が、リテリアに訪れたのは。

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