小鳥8
一話目更新
折良く、それから程なくしてバスティトー二世が宮殿を留守にすることになった。そこそこ大事な視察があるとかで、一週間は戻らないと彼女は面倒そうに告げてくる。
普段ならリテリアは母の長期不在を心底残念がるが、今回ばかりは喜色を隠すのに苦労した。
母と入れ替わるように、ロステムができあがったばかりの鍵を持ってきた。こちらは留守の宮殿を預かることになったらしい。外宮には毎日いるようだが、自分のいない間にサボったら許さないとばかりに女王に案件を積み上げられ、内宮奥のリテリア達がいるところまで顔を見せに来る余裕はたぶんないだろうと彼はしょんぼりしている。
リテリアの心には相変わらず兄に対する罪悪感があったが、それでも勝ったのは純粋な欲望と好奇心の方だった。どこかしょんぼりした兄の後ろ姿を見送ると、胸をなで下ろす。
念のためさらにララティヤとルルセラの動向も探ってみるが、一度リテリアを冷やかしにやってきた時以来、彼らが(というかララティヤが)こちらに興味を示す様子はない。
絶好の機会だった。
それぞれが猫の血統ゆえ、いつ何時気まぐれを起こすかわからない部分はあるが、ひとまずリテリアはいつも以上に孤立している状況と言っていい。
作ってもらった鍵を両手に、リテリアはごくりとつばを飲み込む。
まず、最初の関門。
神域の入り口には交代で寝ずの番を勤める門番がおり、決められた者――つまりバスティトー二世以外の出入りをけして許さない。
ところがこれには一部の例外があることを、調べを進めたリテリアは知っている。
嫉妬深いバスティトー二世は、神の姿を自分以外の者が見るのを嫌がり、少しでも神域に別の者が近づく気配を見せれば過剰なぐらいに厳しい処罰を与えたが、いくら超人じみていると言っても人の子であり王、彼女自身が神域を見舞うのにもさすがに限界がある。
そこで、彼女が表の事で忙しい時や、今回のように外に長期間出なければいけない時にのみ、特別に神域への出入りを、つまりは神の世話を許されている者があったのだ。
彼女は単に、「手」とバスティトー二世に呼ばれていた。
元は別の人の奴隷だったのを、その特性を知ったバスティトー二世が求めたため献上されたらしい。「手」は生まれつき目も耳も聞こえず、ゆえに文字を読むことも話す事もできなかった。性格はきわめて素朴で従順で、主に指文字で指示された事のみ淡々と行う。
リテリアが数ヶ月かけて根気よく得た情報によれば、「手」はバスティトー二世から一つだけ――おそらく外壁を開ける――神域の合鍵を託されており、それを使って部屋の前まで行き、食べ物等を差し入れ、空になった器等を回収してくる。
等、とつけたのは、母や「手」が何やら荷車のような装置に必要な物を詰め込んだ後全部をすっぽり布で覆ってしまうため、実際何が運び入れられて出されているのかわからない部分もあるからだ。大体は生活用品の中で取り替えの必要のある、たとえば清潔な布とかなのではないかと推測はできているが。
ともあれ、リテリアの侵入計画の第一歩とは、この「手」に成り代わって神殿に忍び込むことだった。
子どもの浅知恵と言えば、実際その通りだ。
けれどそもそもリテリアは元々この密かな反乱を、駄目で元々ぐらいに感じていたのではないか。
どこかで見つかってとがめられ、怒られるだろう。
彼女はどちらかというと自分でも、こんな安直な考えが成功するわけがなく、不可能や挫折を経験するだろうと予想していたし、むしろそれによってバスティトー二世の怒りを買うことをこそ、本来望んでいたのかもしれない。
特別扱いに対する優越感を不安。支えの崩れたアンバランスな感情をもてあました彼女の、可愛らしい暴走。
再び過程を飛ばして結論を言うのなら、このなんとも安直な計画は完璧に成功した。
リテリアは「手」に母の伝言係のふりをして接触し、自分が代わりに行くための準備を整えることができたし、心臓をはちきれさせそうになりながら「手」の装束を身にまとって門をくぐっても、真面目な門番達はいつも通りやってきた係の者に一瞥もくれなかった。
快哉を上げるべきか、悲鳴を上げるべきか迷った。
リテリアはそんな風にこのときの複雑に興奮した胸中を語っている――。




