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籠の鳥の卵が割れるまで  作者: 鳴田るな
リテリア編
10/99

小鳥7

 退屈なリテリアが読みあさった本は、彼女にありとあらゆる知識を授けていた。

 秘密をのぞこうという好奇心を後押しするのに十分なほど。


 まずは基本からだ。

 神域に向かう母の後をつけてみようとして、リテリアはこの方法の不可能をすぐに悟った。

 バスティトー二世の勘は尋常のものではなく、不審な動きをするとすぐに察知されてやんわりたしなめられてしまう。

 それでも他の兄妹のように露骨に警戒を高められないのは、次女が寵愛されている証拠なのだろうか。

 ――あるいは母が自分を舐めているということなのだろうか。



 仕方なく、姿を見ることを諦め、遠方から気配を探る方法に変える。

 あちらが何をしているのか細かい点はわからなくなってしまうが、その分距離が取れているのでこちら側の動きも気がつかれずに済む。

 息すらも押し殺して母の動きに耳を澄ませていると、少し成果があった。


 鍵の音が聞こえたのだ。


 バスティトー二世がいつも首から提げていたそれを、リテリアははじめ何のことはない首飾りだと思っていたし、バスティトー二世本人も「お守りだ」と言ってそれ以上の詳しい説明はしなかった。

 今のリテリアになら、あれがただ首にぶら下がっているだけのものではないことがわかっている。



 尾行は不可能。ならば本人がいない間に忍び込むしかない。しかし鍵は彼女が四六時中肌身離さず持っている。盗むのも奪うのもとうてい無理な話だ。


 ――けれど、型を取るぐらいなら。

 リテリアにのみ、それはぎりぎり可能であるように思えた。

 バスティトー二世は次女のみ、しばし共に寝る事があったのだ。

 ――母が、眠っている間になら。

 リテリアの計画は静かに進んでいく。



 間を飛ばして結論を言ってしまえば、彼女はなんと無事に鍵の型を取る事に成功した。

 いっそ拍子抜けして笑えてしまうほどに楽に、くっきりと裏と表の型を取った粘土板を手に入れることができた。


 母はいくつか鍵をぶら下げていたが、そのすべてを写し終えた上に、起こすことなく元の位置に戻す。

 これは夢なのではないかと思わず自分の頬をつねりたくなったが、我慢した。



 翌日、知恵熱か興奮か単に夜中起き出していたせいで身体を冷やしたか、タイミングよく熱が出たせいもあり、バスティトー二世はリテリアの浮ついた様子も特に不審がらなかったようだ。


 休むようにと言われて上質な掛け布団の下に顔をうずめ、こっそりと中で自分の手にあるものを改める。


 何度確認しても、そこにきっちり型はあった。

 ぶくぶくと溶けて泡になってしまうようなことも、朝日を浴びてさらさら砂になってしまうようなこともない。



 大事に大事に自室にそれを隠して、リテリアは静かな興奮がこみ上げてきそうになったが、ふと気がついて頭が一気に冷える。


 ――ここからどうやって鍵を作ればいい?


 自分の読んだ書物――ちょっとした冒険譚――では、単に粘土で型を取って鍵を複製した、とだけあった。

 真似をして型を取ったまでは良かったが、この型を元にどうしたら複製の鍵ができあがるだろう。


 まず、柔らかいものを素材にしては駄目だ。

 ほしいのは鍵なのだもの、ある程度の硬度がなければ機能しないだろうし、万が一鍵穴から抜けなくなったらリテリアの侵入がわかってしまうから困る。


 どろどろの金属を型に流し込んで道具を作る、鋳造という言葉が頭をよぎるが、リテリアの住んでいる内宮にそんなことをできる施設や設備はない。


 そもそも、材料である金属をどうしたら用意できるだろう。

 一応鍵を作るだけだから、そんなに多くはなくていい。それこそ山ほど持っている手持ちのアクセサリーの中から溶かしてしまえば良いだろうか。


 けれど金属を溶かすにはかなりの高温を必要とするし、鋳造は大まかにしか形を整えられないから細部の調整が後で必要だと聞くし、リテリアにはそんな技術も経験もなければ、とてもそんなことをさせてもらえる機会が巡ってくるとも思えない。


 ――ああ、せっかくここまで来たのに、道のりが遠いわ。


 雅な遊び事や紙の本をめくることならいくらでも許してもらえるが、こと庶民的なこと、特に少しでも危険がある事をバスティトー二世は次女にさせたがらなかった。

 そもそも娘が不要に火に近づく事にすら彼女はいい顔をしないのだ。

 お願いするにしても、あまりに唐突な申し出すぎてきっと悟られてしまう――。



「リティ」

「えっ――はいっ!?」


 強めに呼びかけられてようやく、リテリアは自分が上の空になっていた事に気がついた。

 とっさに声を上げてから顔色を変える。


(いけない、今はロステムお兄様がいらしている時だったのに!)


 このところ多忙だったロスが、ようやく時間を見つけられたらしいとかで、リテリアの部屋まで遊びに来ていたのだ。


 彼女はいつも通りロステムの話を聞きながらニコニコ愛想良く笑っていたが、つい、たまたま話される内容が無難すぎて興味が湧かずにいるうちに、いつの間にかすっかり意識がそれてしまっていた。


 ロステムは金の目を細めてリテリアを見つめる。


「何か心配事でも?」

「そんなことは……」

「ごまかせると? 様子が違う」


 ロステムは穏やかな調子を保っていたが、やはりリテリアの明らかに注意散漫な態度が気に入らなかったのだろう。不機嫌そうな様子が見え隠れしている。

 リテリアはしょんぼり肩を落とし、どうやって不機嫌になった兄をなだめようか考える――。



 その瞬間、恐ろしいひらめきが彼女にそっと降りてきた。

 いけない、と自制する間もなく、リテリアは自分の唇が動くのを感じる。


「それは、ロステムお兄様がもうじきここからいなくなると聞いたので」


(何を言っているの、リテリア?)


 彼女は自分自身に困惑する。

 だが妹に痛いところを指摘されたらしいロステムの方が動揺は激しかった。目を見開き、さっと顔を曇らせ、いつもより少し早口に言葉を返す。


「縁談の事? 確かに……女王陛下はさっさと僕に王位を譲って面倒事を押しつけたいらしいから、成人ついでに結婚してとっとと内宮を出ろとうるさかったけど」

「この前もお隣の国の王女様がいらしていたとか」

「リティ、それは――参ったな、どこから聞いたんだ」

「内宮には意外と噂好きが多いのですよ、兄上」


 表のリテリアは、目を泳がせる兄にいたずらっぽく微笑む。

 リテリアの内面は、そんな自分におろおろしている。


(私、こんなことを言うつもりじゃ。こんな、兄上を責めるような事を言うつもりでは)


「責めているわけではないのです。ただ、兄上がいらっしゃらなくなったら……寂しい」

「リティ」

「私もそろそろ成人後の自分の身の上を考えなければ、と思い始めたら、なんだか不安で……」


 リテリアはするすると自分の口から流れていく言葉に唖然とする。


 けして嘘を言っているわけではない。リテリアが口にしていることだって、事実の一つではある。そう思っていないとは言わない。

 けれど今リテリアを一番悩ませていたことではなかったし、せっかく忙しい合間に会いに来てくれたロステムを前にして上の空になってしまったことを申し訳なく思っているのに。


(これでは私、まるでお兄様を)


「――ですから私、お守りを作ろうかな、と考えていて」


 それなのに、良心に逆らってリテリアの口は動き、兄に向かって人なつこい微笑みを浮かべる。


「お守り?」

「ええ。ほら、お母様がいつもしていらっしゃる首飾り。あれは、大事な人とお母様を結ぶお守りなんですって。私にもそういうものがあれば、内宮で一人でいても、寂しくならないかなと……」


(ああ、私って、こんな女だったかしら?)


 リテリアの良心が心の隅で嘆いている。

 けれどリテリアに芽生えた欲望はもはや止まろうとしなかった。


(お兄様の好意を、利用して)


「リティ、それなら僕がそのお守りを作ってあげるよ」


 気を取り直すようにロステムが言う。

 リテリアの想像通りの言葉を返してくる。


 品行方正、文武両道、非の打ち所なく素晴らしくて優しい兄。

 ――王宮の奥深くに閉じ込められ、外界とのつながりを遮断され、何も持たないリテリアとは違う兄。


 彼なら、母に内緒で鍵を一つ二つ作ることも可能だ。


(駄目よ、リテリア。こんなことをしては。ここでやめなくちゃ。駄目なのに……)


「本当? 嬉しい、お兄様」


 心の中で言い訳を並べてみたところで、罪悪感で胸が痛んだところで、結局リテリアが口に出したのはその言葉だったし、表情ははにかむように顔を赤らめさえした。


(私、どうしてしまったんだろう……)


 母に芽生えた初めての密かな反抗心は、小さく、確実にリテリアを変えている。

 それともそちらの方こそが、彼女の本質なのかもしれなかった。

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