夏タクシー
酷暑はいつまで続くのか…。
全身の至る所から吹き出た汗を拭いたタオルを見つめながら思う。
早くタクシーが来ないのか…。
昼時の夏の太陽は、本当にとてつもない。こんなに暑くて、熱中症で倒れる人が出てもおかしくない。もしかしたら自分が熱中症になるかもしれないな…と、祐吾は苦笑しながら腕の汗を拭き取る。
それを繰り返しながら、まだか、まだか…と、時折スマホのロック画面の時間を睨みながら待つ。
ついさっき時間をみた時から、1分しか経過していない…本当に気が遠くなるようだった。
空を見上げれば、灼熱の太陽と、入道雲。
下を向けば、いかにも熱が溜まっていそうなコンクリートの地面。
周りは360°ビルだらけ。こんな暑苦しいビルがずらずら並んだ所じゃ、そりゃあ風なんて来るわけない。
ああ…暑い…。
ふと、道路の向こう側のビルの二階にあるカフェを見ると、幸せそうな顔で何かを食べている赤ちゃん連れの母親が二人いた。
なんて幸せそうなんだ…。
恨めしかった。
その時、遠くからタクシーが走ってくるのが見えた。
よかった…。
祐吾は、安堵の溜め息をつき、タクシーを停めた。
タクシーの車内は、とても涼しかった。エアコンは車内の隅々まで効いていた。
「はは、お暑いですね」
一気に冷却された乾きかけの汗を拭き取っていたら、運転手がいかにも涼しそうな顔でそう宣った。
苛立つ。
「…は…はあ、外はもう…暑いれす」
疲労で呂律が回らなかった。
恥ずかしい…。
祐吾は眉間にしわを刻んだまま、溜め息をつく。
「そうですか…。この暑さ、どうにかしたくありませんか?」
「まあ…どうにかできるなら……ですが…」
「成程。それなら私がこの暑さをどうにかしてあげますよ」
「…?」
祐吾は、(この人頭おかしいんじゃないか?)と思った。暑さをどうにかするなんてそんなことできる訳がないだろう、と。
「疑っていますね」
「は、はあ…」
ハッ、そりゃそうだろ…。
内心、祐吾はかなり呆れていた。やはりこの人は頭がおかしいのだろうと。
「今も、そりゃそうだろ…。とか、思っていたのでは?」
「!?」
「図星でしたね。顔を見なくても分かるのですよ」
「は…………ぁ…………」
ちょうど信号が赤になり、タクシーは止まる。
「まあ、この夏の暑さを一瞬で吹き飛ばせるということは変わりないですから」
運転手は、にこやかな顔でこちらを向いてそう宣った。
開いた口が塞がらない。
「ほっ本当に…」
「できますとも」
マジかよ…。
祐吾の足が勝手に震えてきた。何故か、だんだんと、運転手の言うことがハッタリに聞こえなくなってきたのだ。でも、本当にこの暑さがなくなるなんてあるわけがない。
「それでは、この信号が青になった時ですね。夏の暑さはどうにかなります。」
ドクンドクンドクンドクン…!!!!
胸が早鐘を打つ。
「はい、もうすぐ青になりますよ。」
「……………………」
もうすぐ、もうすぐだ。
「はい、3………2………1…………。」
ド……ク…ン。
「…………………………………なにも、起きません。」
「なんなんだよ!!!!!????」
思わず、窓を叩いて大声でつっこんでしまった。
「はは、信じてませんでしたね…?」
「え?あ…はい、正直…。」
祐吾は、がっかりして大きく溜め息を吐いた。
「…もう、いいです。…降ります。」
「はい、分かりました。」
祐吾は、すっかり騙された気分で、ふらつきながらタクシーを降りた。
外は、相変わらず暑いまま。
いつも通りだった。
そんな相変わらずな外を、祐吾はとぼとぼと歩き出す。
そして、祐吾はいつも通り仕事場に向かっていった…。
一方、車内で運転手は微笑んでいた。
「ははは、外はこんなに涼しいのに。私の言うことを信じないからこうなるんですよ」
なんと、タクシーから見た外では、何故か雪が降っていたのだ。
「ちゃんと人の言うことを信じないからこうなるんです…これは自業自得でしょう。…それにしても、相変わらず彼ら人間は、自分が一番正しいと思い、非常識な事は信じない、そんな都合のいい人間ばかり。」
ーーーー人間とは同類の言うことを信じられない愚かで醜い生き物ですよ、まったく。
運転手は、呆れた様子で笑った。
ありきたりな話だったかもしれません。
読んでくれてありがとうございました。