第9話 初依頼
街に来て二日が過ぎた。
宿屋で過ごすにもパグコがじっとしていられないので仕方なくギルドで依頼を受けることに。
そう、ギルドへ依頼を受けに…。
「がははっ! 来たぜ、来たぜ! 『早逃げ黒騎士』様がよ!」
「マジかよ! よくギルドに顔を出せたな!」
「えー、あれが『早逃げの黒騎士』? あんなに立派な鎧を着ているのに?」
何だよ『早逃げの黒騎士』って、死にたい…。
別の街に行こうかな。
「ねー、ごしゅじんさま、なにするの?」
「…依頼」
俺は掲示板に貼られている依頼書を見つめる。
早く決めてさっさとここを出ようと思ったけど、…俺字が読めない。
こんちくしょうがっ!
俺をなめるなよ!
俺は適当に依頼書を取り受付に持っていく。
受付嬢は前回と同じ青髪のクールビューティーさんだ。
「こちらはFランクの雑務依頼となっておりますがよろしいですか?」
「はい、いいです。なんでも」
「分かりました。『マリーさんの家の花畑の手入れ』を受注しました。
期日は2日以内で報酬は銀貨4枚と銅貨5枚です。
こちらの依頼書に依頼主のサインを貰えれば依頼完了です」
「…」
うそーん。
「がははっ! 花畑の手入れだってよ! 腹いてぇ!!」
「「「――――!!」」」
ドッとギルド内の冒険者達が笑い声をあげる。
それぞれが笑いながら「黒騎士様がお花の手入れ!?」とか「あの装備で?」とか「依頼書の文字が読めなかったんじゃないの?」とか好き勝手言って笑っている。
受付嬢を見ると吹き出された。
クールな人だと信じていたのに裏切られたよ。
死にたい…。
俺は依頼書を片手にギルドを飛び出した。
その姿に「早逃げが出たぞ!」とか言われてまた馬鹿笑いされた。
ちくしょう! こんな街出て行ってやる!
「あ、あなたが依頼を受けてくれた冒険者ですか?」
「そうですけど」
「そ、そうですか。依頼を勘違いしているわけじゃなさそうですね」
依頼主のマリーさんはクリーム色のふわふわヘアで二十代前半ぐらいの美しい人だった。
昔、足に大きな怪我をして不自由しているそうで車椅子に乗っている。
それで自分の代わりに花畑の手入れをして欲しいとのこと。
やることは周辺の雑草を抜くことと水やりをするだけの簡単な依頼だ。
…花畑が公共の場でさえなければ。
「ごしゅじんさま! にんげん、いっぱいみてるよ」
「そうだね」
「どうしてにんげん、みているの?」
「そうだね」
マリーさんの依頼は公園にある花畑の手入れだった。
俺はてっきりマリーさんの所有する土地の花畑の手入れだと思っていたのに、まさかの街の公園にある花畑の手入れだ。
そんな場所で黒い鎧を着た男が花の手入れをしているのだ。
人が通るたびに立ち止まり「え? 黒騎士が花畑の手入れ?」みたいな顔をして見物してくるのだ。
俺、今物凄く目立っています。
「なんだか申し訳ありません」
「謝らないでください。意外と楽しんでいますから。
なー、パグコ?」
「ぱぐこ、くさむしる、おにくいっぱいたべる」
そう。俺は若干開き直ってきた。
どれぐらいかというと水やりをしながら「お花さん元気になーれ」と言って見物人から笑いをとるほどである。
パグコにも頑張れば肉を食わせてやると言ったら張り切って雑草をむしってくれている。
花畑が予想以上に広く依頼を達成する頃には夕方になっていた。
今日の俺の仕事報酬は銀貨4枚と銅貨5枚。
日本円だと銅貨一枚が百円で銀貨は千円、金貨が一万円なので俺は4千5百円稼いだことになる。
安い気もするけど俺が得たのはお金だけじゃない。道行く人の笑顔や笑い声が何よりの報酬さ。
皆の笑いの種類が違う気がするけど、気のせいだよね!
マリーさんにはとても感謝されて是非次の時もお願いしたいと言われた。
はは、死んでもゴメンだ!
「文字を覚えよう」
ということで依頼書をギルドに提出して報酬を受け取ったあと本屋に行くことにした。
もう日が暮れてきているので明日で良いかと思ったが、ギルドで報酬を受け取るときまた馬鹿にされて大笑いされた。
くそうっ! 早くランク上げて見返してやる!
何か俺の思考も小物感染してきた気が…。
昔はキングだったのに落ちぶれたもんだぜ。
「いらっしゃい。何をお求めだい?」
本屋に入ると店のおばあさんが話しかけてきた。
しわくちゃで鼻が高く魔女みたいな婆さんだ。
俺が文字を読めるよう教本がないか聞くと婆さんはすぐに店の本棚からいくつかの本を持ってきた。
「選びな」
婆さんは一言そう言って三種類の本を見せる。
中身を簡単に確認させてもらい一番単純なものを選んだ。
子供の絵本よりも薄く紙も黄ばんでいる、それでも銀貨2枚と値段は高い。
「あの~文字が読めないので一度だけ上から順に読んでもらえませんか?」
「あん? そこの女子に教えるのかと思えばお前さんも読めないのかい」
「ええ、お願いします」
俺は銀貨1枚を婆さんに渡す。
「はぁ、仕方ないね。
一度しか言わないからよーく聞きな」
ついでにペンも借りて聞いた文字をそのままあいうえお表に書き直す。
この世界の文字は思ったより単純で助かった。
こうして俺は今日から文字を学ぶことができるようになった。
覚えるには少し時間がかかりそうだが俺はデュラハンなので幽体の間は睡眠を必要としない。
一人の夜は嫌だよ、とか言いさえしなければ勉強する時間は十分に取れるのだ! 実体がないので目も疲れなければ頭も痛くならない! これがデュラハン流勉強術。
明日までに文字を完璧にマスターしてやんよ!
「えっ? こちらの依頼を受けるのですか?」
「ああ、そうだ」
「『オーク討伐』ですとEランクの依頼になります。
初心者の方には少々討伐の難しい魔物ですが…」
「大丈夫です!」
次の日、ギルドで討伐依頼を受ける。
俺の力強い返答に受付嬢も依頼を受注しないわけにもいかず、オークの討伐部位や生息地を説明してくれた。
オークの危険性も教えられ再度考え直すように言われたが俺は気にせず依頼を受ける。
オークとか山にいたときは普通に狩っていたし。
「おいおい兄ちゃん、いくら格好つけたいからって死に急いじゃいけねぇよ。
黒騎士様はお花のお手入れの方が似合っているぜ」
「「「―――――!!!」」」
ドッ、とまた冒険者たちの笑い声が上がる。
俺、現在絡まれる率、笑われる率ともに100%。
「せぇいっ!!」
「ぷぎゃっ!」
「死ねぇぇぇっ!!」
「ぷぎゃぁぁ!」
森の中にオークの断末魔が響く。
ただいま二匹のオークに止めを刺したところです。
「パグコ他は?」
「あっちにも、おーくが、に」
「分かった」
倒したオークの死体をアイテムポーチにしまう。
パグコの指差す方へ俺は駆ける。
そこにはパグコの言ったとおりに二体のオークがいた。
豚頭の筋肉野郎。
武器を扱う程度には知能があり人間の女性を犯すことで忌み嫌われる凶暴な魔物。それがオークだ。
体は大きく力も強いが余裕で倒せる。
腰に差した剣を振るう。
【剣術Lv.1】では素人よりは多少マシ程度だが俺にとってはそれで十分。
剣での攻撃はオークの持つ錆びた剣に防がれる。
オークが剣撃を防いでできる一瞬の隙、そこへ本命をブチ込む。
「ひゃっはー!」
右手に持つ斧がオークの首を刈り取る。
これが【斧術Lv.3】! 一流の斧使いとして俺は二体目のオークも瞬殺した。
「ふぅー、これで依頼達成だな」
オーク討伐達成は二体だが俺は日頃のストレス発散も兼ねて四体のオークを倒した。
「ごしゅじんさま! ぱぐこ、おーくたべてもいい?」
「ダメ! これは全部ギルドに持っていく」
「く~ん」
パグコは涙目で俺を見つめる。
やめて! そんな目で俺を見ないで!
「わ、わかった。オークはダメだからこっちにしろ」
アイテムポーチからホーンラビットを取り出す。
ゴブリンキング時代に狩っておいた魔物だ。
アイテムポーチ内では時間が止まっているので食料や物の品質が落ちることはない。
「わーい!」
「こらっ! 生で食べちゃいけません!」
パグコはコボルト時代の癖で生肉のまま食べようとする。
生肉のままではお腹を壊す可能性があるので俺が調理する。
魔法が使えないと火を起こすのも一苦労だ。
小枝を集めて火打石をカッチャカッチャ、あー、面倒だ。
ホーンラビットの丸焼きを作るだけで大分時間をかけてしまった。
森の中で調理したため匂いに誘われた魔物が寄ってくるが返り討ちにして次のパグコの食料になる。