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第10話 受付嬢のミライさん

 冒険者ギルドの受付担当ミライといえば冒険者たちの間ではアイドル的存在だった。

 決して優しい笑顔や親切にしてくれるわけではないが彼女の真面目な性格とその美貌は冒険者たちを魅了していた。

 そして彼女の人気の一番の理由はその強さであった。

 十二歳で冒険者になり僅か三年でBランクへ昇格した。

 神童と言われ、『氷剣の人形』の二つ名を持つラバーネの街でも指折りの実力者だ。

 そんな彼女が突然冒険者を引退してギルドの受付嬢になった理由は知られていない。

 たまに尋ねる冒険者はいるがミライの返事は決まって、「特に理由はありません」だった。

 無感情でそう答えるミライにそれ以上質問するものもおらず、冒険者達の謎になっている。

 事実ミライは冒険者をやめた理由など無かった。

 ある日偶然にギルドで受付の募集を見かけ、なんとなく面接を受けてみれば採用されただけなのだ。


 それから三年、現在十八歳になるミライは淡々と受付の仕事をこなす日々を送る。

 

― Side ミライ ―

 私が冒険者をやめた理由は特にない。

 神童と呼ばれBランクにもなった。

 けれど冒険者であることへの執着は何もなかった。

 

 私は元々孤児だった。

 いずれ自立して生きるためお金を稼ぐ必要があった。

 年齢制限も経験も技術も必要ない、冒険者がその条件を満たしていたからなっただけ。

 自分の力が普通の人より強いのは分かっていたから冒険者になることは決めていた。

 三年の冒険者生活でお金は大分貯まり、もう少し楽な仕事はないか考え始めていた頃ギルドで受付の募集があった。

 面接官はBランクである私が冒険者をやめることを惜しんでいたがギルド長の一声で採用が決まった。


 受付嬢の仕事は冒険者に比べてはるかに簡単だった。

 孤児院で文字の読み書きを習っていたので書類作業はできた。

 初めの頃は手順を覚えるのに少し苦労したがそれも最初だけ。

 命の危険はないし毎日家に帰れる。

 元々他人との交友が少ない私はそれから変わらぬ日々を過ごす。

 朝起きて、仕事して、寝る。

 そんな繰り返しの毎日。

 人にとってはつまらない毎日だと思うかもしれないが私はそれでよかった。

 別に日々に刺激を求めているわけじゃない。


「冒険者の登録をしたいのですが」


 それなのに私の日常に変なのがやってきた。

 全身黒鎧の男、それが冒険者登録に来たのだ。

 となりには幼い獣人の子供が。

 それはとてもおかしな組み合わせだった。

 最初は貴族か騎士かとも考えたがそれならば冒険者になるはずがない。

 顔を見れば鎧には不釣合いな私と同い年ぐらいの男の人だった。

 イケメンの部類だが強そうには見えないし文字も書けないようだ。

 肌も白く温室育ちのお坊ちゃん、それが私の彼への印象だった。


 男は慎重でおかしな質問をしてくる。

 仕事なので私は質問に答えると彼は素直に聞いている。

 態度は良いが冒険者としてはやっていけるか怪しい。


「そんないかつい鎧を着てどんな奴かと思えば女みたいなヒョロ男じゃねぇか」

「がはははっ!」


 早速他の冒険者に絡まれている。

 ギルドは酒場も副業しているのでこういうトラブルが多い。

 私も最初の頃は良く絡まれたものだ。

 こういう時、ギルドは無干渉を通す。

 冷たい気もするがいちいち介入していたらキリがない。

 まあ、このままだと黒鎧はちょっとマネーを渡してぼこられることになるだろうが、私は気にしない。

 彼らも荒っぽいが獣人の少女にまでは手を出さないだろう。

 あっ。


「パグコ! 走るぞ!」

「わん!」


 黒鎧と獣人の少女がギルドから走り去った。

 冒険者たちは唖然としている。

 あんな立派な鎧を着ているのにプライドの欠片もなさそうな見事な逃走。

何アレ? 面白い。

 ギルドが笑いに包まれる。

 その日彼に二つ名ができた。

 『早逃げの黒騎士』、それを聞いて私は顔には出さないが心の中で笑っておく。


 それから二日して再び彼がギルドに現れた。

 全員が彼に注目する。

 姿が目立つうえ、先日の一件で彼は冒険者の間で注目の的なのだ。

 暇人? いえ、私はちゃんと仕事をしています。


 彼は依頼書を見てその内の一枚を引き剥がして持ってくる。

 それはFランクの雑務依頼だった。

 内容を見て私は思わず吹き出しそうになる。

 私は念のためこの依頼を本当に受けるのか聞きなおす。

 依頼内容を確認すると周囲の冒険者が笑い出す。

 黒鎧の彼が私を見つめる。

 ぶほっ!

 私はついに吹き出した。

 お腹痛い! 鎧の上からでも彼の切なそうな表情が見て取れる。


 彼はまたギルドから走り去っていった。

 しばらく笑っていたが気がつけば周りの冒険者や同僚は唖然と私を見つめている。

 冒険者の中から「嘘だろ、あの氷の令嬢が」とか「笑っているとこ初めて見た」とか「笑えるんだ?」など失礼な言葉が聞こえてくる。

 ごほん、私は咳払いを一つしていつものように無表情で仕事を始める。

 久しぶりに笑った気がするが同時に恥もかかされてしまった。

 これからは彼に注意しよう。

 彼の名前は確か…ザイカ、冒険者ザイカ。




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