覚悟と壁の向こう側 10
「――何が……何が起こったんだ?」
朝霞が無事だったのを喜ぶのも忘れて、神流は自問する。そして、すぐに答えを見出す。明らかに、これまでのレベルを超えた能力を見れば、分かって当然だ。神流達は現在、それを実現する為の修行を続けているのだから。
「これが、交魔法……」
呆然とした口調で呟いてから、神流は声を張り上げ、朝霞に問いかける。
「朝霞! 壁を……越えたのか?」
立ち止まっていた透破猫之神……朝霞がまとっていた青白い炎は、消え失せていく。既に瞬延が切れ、普通の感覚に戻っている朝霞は、首が無事なのかどうか、一応は確認する様に擦ったり、手足の状態を確認するかの様に動かしていた。
そんな状態で、神流の問いかけを耳にした朝霞は、軽く足を開いて身構え、右拳で突きを放つポーズを取る。
「越えたというよりは、壁ごと……ぶっ壊したって感じかな」
そして、朝霞は幸手の方を向いて、訊ねる。
「時間は、どんくらいだった?」
「――何が起こったのか、良く分からなかったから、正確な秒数までは分からないけど……」
神流と違い、瞬延には入れない為、何が起こったのか幸手には見えていなかった。朝霞が体勢を崩し、そこに神流が切り込んでしまったのまでは見えていたのだが、その後は朝霞が姿を消し、別の場所に青白い炎をまとった状態で現れたのを、目にしただけなのだ。
まるで、瞬間移動でもしたかの様にしか、幸手には見えなかったのである。
「朝霞が消えた時に、壁を越えたか壊したのなら、たぶん……十二分三十秒くらいだと思う」
秒数が曖昧なのは、幸手も朝霞が危険なのは察して、その身を案じていた為、ストップウオッチを止めるのを忘れてしまい、朝霞が姿を現して数秒後に、慌ててスイッチを押して止めたからだ。
「交魔法の壁は、十二分台と考えていいのかな?」
朝霞の方に歩いて来ながらの幸手の問いに、朝霞は頷く。
「負荷が軽くなるタイミングも、三人共九分台だし、そう考えていいんじゃないかな」
「――異常に速いのは、見て分かるが……どんな感じだ、交魔法?」
続いて問いかけて来た神流に、朝霞は答える。
「負荷自体は……気にしなくていいレベルだと思う。普通の仮面者の時と、大差無い。全身に魔力が満ち溢れている感じがするが……さすがに身体の方が、限界みたいだ」
言葉通り、交魔法発動修行中の様な負荷は、既に消え去ったも同然。それどころか、魔力的な意味でのエネルギーは、朝霞の全身に満ち溢れている感じだ。
しかし、繰り返し負荷に耐え続けた状態で、神流の打突を受けた朝霞の身体の消耗は、既に限界を向かえつつあった。
「――出来れば色々試したかったんだけど……能力や、蒼玉粒を使い果たした段階の状態とかを。今回は、ここまでって事で……」
朝霞はナイルの解説書に記されていた、交魔法の解除方法を思い出し、解除に入る。発動の修行とは違い、難しくは無い。交魔法だけ解除するなら、額の五芒星を指先で押さえたまま、その指先を仮面から離さず、五芒星を指先で描いて、乗矯術の魔術式を解除すればいいだけだ。
略式において、指先でなぞる程のサイズが魔術式に無い場合は大抵、こういったやり方で解除する。その上で、仮面者の変身の方は通常通りに、六芒星を指先でなぞり、解除すればいい。
まず、六芒星の角の中にある五芒星を、右手の人差し指で抑えつつ、朝霞は五芒星を指先で描く様に動かす。すると、額の五芒星から灰色の煙が、発動時程では無いが大量に放出されつつ、乗矯術の魔術式が解除され、煙の中から姿を現した透破猫之神の額からは、五芒星が消えている。
更に、朝霞は額の六芒星を指先でなぞり、仮面者になる魔術式を解除する。全身が青い炎に僅かの間だけ包まれ、炎が消え去ると、黒いタンクトップにスパッツという出で立ちの朝霞が、姿を現す。明らかに体力を消耗し、肩や手首などに打ち身の様な痣が出来ている状態で。




